近況

大学が夏休みに入り暇ができるはずだが8月があわただしい。7月末に病状の連絡をもらい見舞いに、と考えていた小谷喬之助さんが8月早々に亡くなられた。ご存知だろうが、劇場建築を専門とするひとであった。もう以前、日大で定期的にお目にかかっていた。気風のいい人であった。前川さんとの共同の仕事の話などを教官室で楽しく聴いた記憶がある。吉田鉄郎についての富山放送製作のきわめて質の高いプログラムで内田祥哉さんとともに出演されコメントをされていた。それを懐かしく見た。その放映は昨年の春だから逝去は急であったのではないか。残念である。冥福を祈る。3日が通夜であった。懐かしい顔にあう。
5日に飯田市での環境省のエコハウスプロジェクトの第一次審査に立ち会う。飯田市を訪れるのは初めてである。戦後すぐの大火の後に作られたというりんご並み木の道が町のシンボル。人形劇フェスティバルの最中であったが審査のみで帰る。次回第二次審査の折には少しゆっくりしあちこちをみてみたい。翌6日、JIA環境建築賞の第一次審査であった。今年から難波和彦さんが加わる。幾分厳しい書類審査となるがJIAのほかの顕彰とのバランスもある。これから9月にかけ審査員は手分けして各地に出向き現地審査をおこなうこととなる。7日、豊田市での学校エコ改修のWSに立会う。思うところを話した。改修の小学校は敷地に特長がある。周囲の緑も豊かだ。少しでも先進的なよりよい提案がされることを期待したい。実に暑い。名古屋泊まり。携帯を紛失したものと思い込み大騒ぎをした。何のことは無い、かばんのそこに潜んでいた。続く8日は三重の山中へ、ゆっくりと進行中のプロジェクトが急にあわただしくなった。その会議であった。何とか上手くいくといい。
10日からの週は立川の現場を始めとしておおむねお盆休みである。事務所もエンジン停止。と言いつつ、中で一人飛び回る羽目になったスタッフがいる。彼は再び三重へ。そして突然飛び込んだ初めての打ち合わせにと駆け回った。
この間に私は「ニューエネルギー」という季刊誌の原稿を仕上げ「住宅建築」の原稿を推敲する。
終戦の今日は一日家である。裏側の窓を覆うゴーヤーの手入れをする。高く伸び過ぎた蔓を高枝鋏で撤去しようと勇躍作業をしたが,蔓にまぎれていたJcomのケーブルを切断してしまった。大掛かりな作業車が程なく到着、接続してくれた。これを機に久しぶりにブログに向かうこととした。たかがハウスキーピングもなかなか事前のデザイン、状況の把握が重要である(笑)。来週前半は北海道へ出向く。快適な気候の中で休暇を兼ねるつもり。
by noz1969 | 2009-08-15 19:13 | 日記
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