JIKU 深沢直人さんの書評 吉村順三「建築は詩」

偶然JIKUというサイトに出会った。そこに「建築は詩 建築家吉村順三の言葉100」の書評があった。深沢直人さんの手になるもの。AXSIS紙上に掲載されたものの再録のようだ。この書籍は2005年、芸大美術館で催された「吉村順三建築展」の折に刊行されたものだ。奥村が去った今、吉村順三の仕事に直接関った人々がますます少なくなっていくことになるのはいたし方がない。私の目にこの記事が今日飛び込んだのは何かの因縁かと思う。幾分の躊躇はあるが 公表されている記事である、より多くの人に触れていただきたい。転載させていただくことに問題は無いのではないかと考えた。お許し下さい。以下書評

「そうなんだよな」

 友人と喋っていたときに、私がちょうど読んでいたこの本がテーブルの脇にあった。友人はぱらぱらと本のページをめくりながら、私の話を聞いていたが、だんだんうわのそらになって、興味が本に移っていくのがわかった。建築家・吉村順三の言葉を、氏の存命中に活字となった新聞、雑誌、書籍から選び、まさに詩のように集めたもので、1編が300字から400字程度の語りで完結しているからさくさくと読めてしまう。そしてその言葉は淡々として深く、建築の心を、あるいはものづくりの心を確かに捉えていた。1つを読んですぐに次の語りが読みたくなる。友人の興味が吸い込まれるようにこの本に移っていったのがよくわかる。

 「なるほどなぁ」「やっぱりそうだね」と当たり前のようなことに感動するということは、今の時代がよほどねじまがって混沌としている証拠だと思えてくる。淡々と当たり前のことが語れるということは、易しくはない。そこまでやってきた仕事への情熱とか、経験に裏打ちされた思想や、質の探求と継続があってこそのことだと思う。吉村順三が最近多く話題に上るのはなぜだろう。混沌とした時代に、常に真理と誠意を貫いて建築を見つめてきたからなのだろうか。日本という風土のなかで人間の住み心地を考えてきたから、今の人々に「やっぱりそうか」という感触を与えているのではないだろうか。
 人は自分が生きている今より前に、もっといい時代があったのではないかと想像しがちである。最近は、世界がどんどん良くなっているというふうにはなかなか思えず、今が最悪のときだと思ってしまうことさえある。しかし、過去の偉大な作家たちの言葉がみな、その時代の危なげな状況に警鐘を鳴らしていることをみれば、やはりその時々でさまざまな問題を抱えていたことがわかる。吉村順三も混沌のなかで建築家として戦ってきたのだろうが、彼の作品を見ていると、いい時代があったのだろうと思えてくる。その時代の良さに戻りたいと思ってしまう。

 先達は常に偉大な言葉を残しているが、そのどれもが当たり前で、単純である。文中の言葉はどれもとてもいい。「誠実さ」の語りでは、「……建築における誠実さということは、ちょっとわかりにくいかと思うが、これは建物の目的を忠実に解決する、ということだと思う。いいかえると、建築の造形を誇張しないことである……」といい、「品」では「……品のあるものは、“必要なものだけ”で構成されていることが多い」といっている。また「一本の線」では「……よく事務所の連中にいうんですよ。“きみたちがなにげなく直線をさっと引いたために職人も泣くしクライアントもよけいな出費をする。そのうえホコリなどたまって外観もきたなくなり、みんながいやな思いをすることがあるんだよ。だから1本の線が大切だ”とね」。
 結局友人はその場でこの本を読み始めてしまった。そして、ぽつっと言った「そうなんだよな」と。(AXIS 121号 2006年5・6月より)
# by noz1969 | 2013-02-18 15:53 | 日記

住宅建築 奥村昭雄 講演

「住宅建築」誌4月号が発刊された。隔月刊行のため2月に4月号が出る。「奥村昭雄特集」である。昨年末 奥村は他界した。 出版の準備中の最中であった。記事は住宅作品の他に様々に展開した彼の興味とその成果を知る手がかりを与えるものになっていると思う。大量に生産される既製品を壊れれば捨てる社会、産業が用意するものをただ消費することに慣れきった社会は、考える面白さ、考えるという「参加」「関ること」の大切さを人々から奪い去っている。言うまでもないことだが 奪い去ることでしか こうした消費社会は存在しないのだろう。思考停止の恐ろしさと消費社会は深く通底している。

奥村がし続けたの「面白いこと」をつなぎながら考え 試みてみることは、建築を大きな足がかりにしながら多様に多方に展開していった。私達はそれに関りながら、それと応答しながら、感じ入り、感心し、呆れ、驚き、「面白い」と思うことの大切さと充実を教えられた。

今号の発刊を機に講演をしろということで昨日 話した。懐かしい顔が来てくれていた。参加者の年齢が比較的高いのは「住宅建築」読者の層を示しているのだろう。ただ 数人の教え子たちを見かけ話もした。こうした機会にこれらの人に会うことに 望外の喜びを思う。講演は半分を奥村の思い出話とした。、4月号を読むに当たってのガイドとでも言うべき話のつもりであった。話しながら様々に思い出す。こうしたコミュニケーションを通じ人は連関するのだ、心からと思う。
後半は大きな「事態」と人々が「考える」ことの関連について話しながら3,11以降を生きるわれわれの「考えること」についての話をした。既成に甘んじることから独自に考えることへ。
# by noz1969 | 2013-02-18 12:19 | 日記

竹橋のあとで

ブログに記事を書くことが続く。頻繁になるとそれが癖になる。きっかけは某女から「読んでますからあまりサボらないでくださいよ」との直訴!があったことによる。
連休はアクティブであった。竹橋の後に汐留へ「二川幸夫日本の民家1955」を覗く。1955年の日本の集落の景観は全て美しかった。このことの確認。戦後10年である。ここには戦前から、明治から、ひょっとすると江戸からつづく変わらぬ景観がある。それらのほぼ全ては今日では失われ既に無いものだ。1955年、景観の中に建築があることが美しい。今日はどうだろうか。景観は建築があることで大きく損なわれている。5年ほど前 大橋富夫さんの「日本の民家屋根の記憶」が出版された折にも同様の感慨を持った。大橋さんの出版記念の席で原広司さんが「私達が見に行ったときには既に無かった」といっていたことを思い出す。急速な景観の改変があった。もちろん生活の劇的変化も。
人口の劇的縮減が始まっている。この先に再び美しい景観が急速に復元される、建築家の仕事がそうしたきめの細かいものにシフトする、そんなことを夢想する。ハインリッヒベルの「9時半の玉突き」はたしか三代に渡る「建築家=土木技師」の一族の つくり 壊し 再び作ろうとする話ではなかったか。
# by noz1969 | 2013-02-12 15:23 | 日記

竹橋 近美へ

リニューアル。残念ながら評判の東京国立近代美術館『美術にぶるっ!』展を観ていないのだ。昨日常設展を観にいく。と言うか、今回の「改修」を観に。とても良くなっている。改修は西澤徹夫さん等の手による。展示空間を以前より注意深く分節したことに気付く。特に日本画の黒い展示室がほかとのコントラストを際立たせている。部屋の中央にいくつもの、昔、山川ラタンが作った籐のスツールが散置されている。剣持勇デザイン。
赤柿色のカーペットの「眺めのよい部屋」。ここのベルトイヤチェアが以前からの白い塗装のものをクロームメッキに仕立て直されたものであるという。しかも京橋のフィルムセンターから10年前に持ち込んだものという。なんのという物持ちのよさ。
新たに用意された「建物を想う部屋」は谷口吉郎オリジナルの当時からの開口部を見てもらうための部屋だ。ここには竣工時使用の柳宋理のバタフライチェア、剣持勇のベンチがある。この建築の意義と時間を尊重する仕掛けは今回改修を手がけた建築家の手柄であろう。
ほかにも木材を際立たせる表示、グラフィックの工夫も心憎い。ただ新たに置かれた小ぶりな木製の家具のきゃしゃさ、これが気になった。
西澤徹夫さん、芸大で教えていた数年前に教官室で何度か話をしたことがある。当時彼が展示に関わったクレー展のことなどであったと記憶する。芸大の建築が輩出すべきタレント、今回の改修はそのまさにかたちではないだろうか。
# by noz1969 | 2013-02-11 21:04 | 日記

宍戸錠さんの家の火災

今朝のモーニングショーで宍戸錠さんの家が原因不明の出火で焼けてしまった、とのニュースを見た。宍戸邸は鈴木恂さんの設計、確認はしていないが確かコンクリートと木造の混構造、当時たくさんの素敵な住宅が現れたがその住宅のなかでも特にすばらしいものであったと記憶する。確か宍戸さんの奥さんが鈴木恂さんの建築を好み設計を依頼したということではなかったか?鈴木恂さんは植田実さん編集の雑誌「都市住宅」のなかで宮脇檀さん、東孝光さん、山下和正さんなどと並ぶ常連であった。この家の主人であった宍戸夫人が数年前に亡くなっていることをこのニュースで知った。どのような事情であったかに記憶が無いが数度お目にかかったことがある。そのことをふと思い出した。なんとも残念なことだ。
# by noz1969 | 2013-02-08 20:05 | 日記

「ソーラータウン府中」のドミノ

OMエコナビというサイトをみて欲しい。ここでは数十棟の住宅の集熱量、温熱状況、などが逐一表示されている。府中のソーラータウンではモデルハウスがこのOMエコナビのより環境状況の追跡がなされている。今日のデータを見る。外気温の最低が未明に1度Cに至っているが、室温の最低が17度C,室温はほぼ昼夜常に20度Cをキープする。しかも湯温が35度Cのレベルに達している。室温の保持に要する太陽熱は2月初旬に既に余力を持ちそれが給湯のほうに廻っているのだ。データを極寒期と置き換えて見ると一目瞭然なのだが太陽高度の低い十二月の末から一月半ばにはさすがに室温の保持が手一杯でお湯に廻る余力は無い。ただその期間はきわめて短い。府中でのドミノのこの力量には驚くほかに無い。ほとんど無暖房、しかも給湯エネルギーまでもがそのかなりの部分を太陽エネルギー依存で実現することが出来ているということになる。PVによる発電もある。東村山で開発され展開を続ける「木造ドミノ住宅」はここまで来た。この装備が坪70万を下回る価格でこの装備性能の住宅が供給されることにまで。

https://eco.navidoco.com/om/EconaviOM/omsolar_detail.aspx?userid=6703&category=
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# by noz1969 | 2013-02-05 14:00 | プロジェクト

横浜国大 卒業設計講評会

昨日横国で学部の卒業設計の講評会があった。この大学での卒業設計が著す傾向についてはほかと比しても特に誠実で時代の課題に真摯に向かう顕著な姿勢を表すものがあるのではないかと私は思っている。だから参加が楽しみでもある。
今年、敷地が都市を離れ、または都市のただ中であっても荒廃と縮減に見舞われるエリア、それらを対象とするプロジェクトが目立った。言うまでも無く それらは現代が抱える難しい課題である、それでもあえてそれを課題としそれにポジティブに向かう、若いその姿勢その傾向を私は特に多としたいと思った。新潟の農場地帯が二例、青森二例、市街地と温泉地である。水害に見舞われることを常態とする高知が一例。稲城、相模原、東京近郊といえど乱開発化、混乱する里山エリアが二例である。都市を対象としたものも墨田区京島、そして荒川区の木密エリア、そして横浜寿町のいわゆるドヤ街を対象とするもの。後者、都市の課題の大きいエリアへの提案はここ数年の卒製のテーマとしてそれほど珍しくは無いのかもしれない。しかし前者の事例がこれほど多くあることは極めて珍しいのではないかと思う。そしてこれらどれもが極めて難しい課題であることは異存の無いところであろう。結果に仮に届かないところがあるとしても彼等はそれらの課題に果敢に取り組んでいる。しかも 面白そうに、ポジティブにそれら課題を引き受けて。
もうひとつ 注目したものがある。東海村にバイオマス発電所を作る、この地の特有の産物である「干し芋」を資源として、というプロジェクトがあった。本当に収支は合うのか?とも思うのだが、明らかに3,11が彼に選択させた課題に果敢に取り組んだ、作為にあふれたものであった。
こうした作品の射程は必ずしもその奥底にまで届くものではなかったといえるのだろう。しかし、これらの提案が講評するわれわれから様々な多様な言質を引き出したのは今日私たちが考えることごとにつながり私たちが共感する提示をこれらが持っていることに拠っていたことは言うまでも無いだろう。
結果として、最も多い票を得て最優秀に選ばれたのは 金沢の水路の改修をテーマとする建築的提案と言うより穏やかな土木的提案とでも言うべき、実に真っ当なものであった。私もこの提案を 推した。水路を拡幅、友禅流しを復活、雨季に水に覆われ、乾季には川原となる新しい水環境の提示。これを補強するコンテクストがこの提案の中身をより深いものとしていた。豊かな都市環境都市景観への修復を垣間見せるものだ。ここでもこれが新たな建築の提示ではなく景観の「修復」であることが改めて注目されよう。
建築はこれら前者が示す社会的課題と後者の提示する景観的環境的課題、この二つに積極的に答えを出す可能性を持つのではないか。短絡的にシニカルになることは無いこと、引き受ける覚悟とその可能性を彼等の提案は示し彼等はその価値を信じている、私はそう考え安堵している。
# by noz1969 | 2013-02-01 21:42 | 日記

三加和起工式

昨日 熊本和水(なごみと読む)町へ。三加和小学校木造校舎と体育館の着工を迎える。午前、式典が催された。晴天。町長、町議会議長、町議全員、町の関係者、職員、われわれチーム、そしてもちろん工事を担う建設関係各社のひとびとが多数参加した。
プロジェクトは熊本アートポリス構想の一環 先年のプロポーザルによりわれわれにその任務が託されたもの。九州の建築家中村、柴田、東大森の三氏との共同作業である。
熊本県北のこの町も少子化の渦中にある。小学校の統合により複式学級の解消を図ることを既存のRC造の中学校と一体に計画することをプログラムとしているものであった。われわれは中学校校舎の一部に小学校高学年の教室を組み込み新規に建設する小学校校舎を縮減、この部分を平屋木造とする提案を行った。木造架構は山辺さんの知恵を借りつつ組み立てたが基部から立ち上がる本格的な木構造となる。教室棟もかなり面白いものとなろうが、体育館の架構はきっと劇的なものになると期待している。もちろん屋根集熱による室温確保を教室棟、体育館棟ともに装備する。今回建設に着手したのはこの小学校部分、これの竣工後に中学校部分の既存改修にも着手することになる。中学校部分は中央部の一部を切除、減築し環境の改善を図るとともに温熱環境に配慮し開口部の補強、外断熱、屋根集熱システムの搭載などを行うことになる。
式典の終了後 今回の工事で世話になる木材加工工場を見に行く。なんといっても今回は木構造部を担う組織、体制、そして人材のことが重要になる。訪問先では早速打ち合わせとなり図面をはさみ様々な応酬が始まった。これがこの仕事の何よりの楽しみと思う。
一方 愛農でも減築後の木造校舎の新築が始まっている。おもに図書館となるこの建物も面白いものになろう。こちらは稲山正弘さんとの協業である。
 木造校舎については夏には三加和、愛農、このどちらもが姿を現す。そして三加和の減築改修が終了し外周部のキャノピーなどが作られ最終の形が姿を現すのは来年の春になる。
# by noz1969 | 2013-01-30 16:44 | 日記

ソーラータウン府中へ、そして こいずみ道具店へ

昨土曜 午後 ソーラータウン府中へ。全四期の工期のうち 第三期までの工事が完了または着工している。すでに販売されている第一期の住戸はすでに入居済みだ。夏の初めには 町並みの全貌が現れよう。いまもその過半にすでに手がつけられていて、ここがどのような「まち」になるのかがそろそろおぼろげに見えつつある。家々の間にあらわれる共用空間「コモン」がその鍵だろう。「地役権」設定により担保された公共、こんな形での保障された民地の一部供出による新しい形の「意図的な公共の創出」の実現はいまだ珍しいのではないか。田村誠邦さんの知恵がこんな形を既存の法制の中で現実化させてくれた。「あたらしい町のかたち」、それを現前させる知恵、これが、いま、何より必要なのではないか。
ここでの「木造ドミノ」は太陽電池約3キロワットを搭載した新形式のオープンビルディングタイプのオーエム住宅。LCCM(ライフサイクルカーボンマイナス)住宅であり、長寿命環境配慮住宅、Q値1,9。冬季であっても一日の室温の挙動は極めて少なく 暖かい。冬季であっても室温確保の余剰の採熱でお湯を造ることすらある。「ドミノ」 の開発がいわゆる通常の住宅価格でこのような高品位の住宅の供給が可能となったことは感慨深い。
府中を辞し、国立へ。小泉誠さんのこいずみ道具店へお邪魔する。私にとり懸案の初めての訪問。この春開店予定の新しい改修建物も見せていただく。ここでの彼のたくらみの肌理の細かさは決して建築家の資質と同様のものではない。彼とは今後もいくつかのコラボレーションの予定があり今も進行中である。お互いの立ち位置が意図的に相対化され、結果として双方が強化される、そんな協業となるよう一つ一つの仕事を試みるようにしたい。
# by noz1969 | 2013-01-27 21:01 | 日記

爺が岳ロッジという建築

先日 私の事務所の元所員Oさんから 爺が岳ロッジの現況の写真を送ってもらい、感慨ひとしおであった。古い「新建築」をみる。1976年6月号。それ以前に友人の家など数件の住宅を手がけてはいるがそれを除けばこれが処女作といっていい建築であった。いまから37年ほど前の記事である。設計が74年、工事が75年、とあるから ほぼいまから40年ほど前に依頼をうけ仕事を始めたのではないだろうか。急ぎ建設を進め、スキーシーズンの年末から営業を始めたのだったのだろう。春になり撮影 写真に写る唐松にいまだ葉が無いとことがその証拠だ。カメラは新建築写真部、あの荒井さんであった。大型のリンフォフを据えて太陽の位置が定まるまで待つ。その間に 建築家のゴシップなど色々な話を聞いたことを思い出す。カメラマンは何でも知っていた。夜景、といっても実際は夕景だが、を撮る。暖炉には新聞一枚に火をつけてあたかも赤々と燃えているように撮影する。宿泊、翌朝の光での撮影で太陽光が一巡、撮影も終了する。なるほど、と思いながらの二日がかりの撮影。いまと全く違うきわめて丁寧な取材であった。
この建物は途中で所有者が変わり私の関与もそこまでとなった。その後の様子は時折耳にするだけであった。「外観が大きく変更されている」とのうわさに 正直 あまり考えたくない、気分もあった。今回の報告に添付された写真にはそのためか、外観はない。Oさんの配慮である。ただし室内の写真を見るとほぼ当時のままである。室内を移したショットに見える外壁が 元の焼杉板ではないことが見えるが、懐かしい。屋根面の全てが開口部の中廊下もいまも健全のようである。客室内は満室で撮影できなかった、とのコメント。スキーブームが下火といわれる中、営業も順調のようだ。40年近く営業を続けている事実、なんとなく懐かしく嬉しい気分を持った。
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写真はOさん撮影のもの
# by noz1969 | 2013-01-17 14:38 | 日記

講演会 追記

講演会の件だが 配布される「住宅建築」が奥村昭雄の特集号である。亡くなってすぐの号が特集号という符合に驚くが、私なりに奥村とのことを話すのが最も時機を得たものになるか、と考える。パワーポイントによりあらかじめストーリーを作って話すという形ををやめ、思い出しながら話す、という形にしようと思う。タイトルと内容に違いがあるものになると思う。ご了解を。
# by noz1969 | 2013-01-16 12:06 | 日記

講演会

隔月刊行の雑誌「住宅建築」では最近連続して講演会を開催している。今回4月号の刊行にあわせ話せ、何でもいい、とのことで 2月半ばに講演となった。4月号の発刊が2月なのである。
この話を受けた後の昨暮れ、 奥村が亡くなった。なんと言うめぐり合わせか、今号は奥村昭雄の特集号である。 
3,11からほぼ二年がたつ。なにをを話そうか。
詳細はパンフレットを見ていただきたい。

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# by noz1969 | 2013-01-12 14:56 | 日記

明けましておめでとうございます

年が改まり一週間が過ぎた。
「新しい2013年が穏やかで 豊かな 年になるよう 祈ります」。

しかし現実には、そう考えることがなかなか難しいのだ。「穏やかで豊かな社会」であることを妨げるような様々な事象が山積している。2011年三月の震災,わけても原発事故の後遺症は今後も長く続くだろう。そのうえ準備のできていない事態、対応不能な事態がこれからも起きないとはかぎるまい。そのことは知っている。しかしそのうえで 人事をつくす事はどのようにしたら可能なのか、を考えることしかわれわれの取るべきみちは無いのだろう。そしてそれをポジティブにできれば楽しいものとして行なうことを指向したい。そのためにはもちろん考えることの深度を極めて深いものにすることが求められよう。

半世紀以上の戦後の成長期はすでに終わっている。その間に構築された制度、既往の方法、対応が一律の進歩を前提とするいわば上意下達型とでもいうべきものであり、一人一人、地域地域が独自に「考えること」を阻害し、むしろ思考停止を導き強制するがごときものであったことをわれわれは肝に銘じながら確認すべきであろう。長く続き 制度化し われわれの身体の一部とさえなっている「考えないと言う習慣」、これを 「考えるという習慣」とすることの難しさは絶望を禁じえないほどのものとも思える。それでもそれにわれわれはこの課題に真剣に取り組まなくてはならないのではないか。「考えること」は本来的に面白いことであるはずである。

この国の人口はすでにピークを越え下り坂に入っている。40年後には ピーク時に比べ 30、000、000人ほどの人口減、と予測されているようだ。人口90、000、000人台の国である。90年後にはそれが半減45、000、000人の国になる、ともいう。幾分誇張して言えば 10年で現状の三分の一の国になるようなのだ。そのころこの国は明治国家誕生のころの人口と並ぶという。こうした劇的変化はこの国の形をどのようなものとするのだろうか、それに向かう40年前、90年前のわれわれはいま何をどのようにすべきなのだろうか。どのような今日の作為が穏やかで豊かな40年後、90年後につながるものなのだろうか。

昨年末 奥村昭雄が没した。その 数日前に訪ね少しの会話を持った。その折にはそうしたことを懸念する気配はまったく無い、元気に見えた。残念である。ただ 10年を越す病との共生の時間を思うと 穏やかな最後にほっとする気持ちもある。誰にでも当然訪れること、と思うことにする。奥村と同じ時を過ごし 共同で仕事をした時間はまさに「考える楽しさ」に満ちたものであった。
奥村との責任の無い漫談のなかで彼が「19世紀、産業革命期に生まれたかった」と話したことがある。幾分は本気であったのだろう。考え、工夫し、作る、それが緊張と興奮を伴いながら成果として現実になる、それら一つ一つは独創に満ち、それまでには無いものであり、あららしい利便、快適を作り出す。
私たちの仕事はこれからも期待されている。それに答えなくては成らない。「考えること」を再度回復したい。
# by noz1969 | 2013-01-06 15:01 | 日記

アートポリスシンポジウム

昨土曜日は 熊本で くまもとアートポリス建築展2012プロジェクト シンポジウム アートポリスの学校建築-みんなで創り,育む学校-が開かれ、参加した。金曜の夜、前日乗り込む為 熊本行きの便に搭乗したが当地が突然の雷雨で着陸まで一時間余、大分の上空で待機、到着は深夜であった。城を眼前に見るホテルに投宿。翌朝8時に県庁に集合 午前中は坂本さんの網津小学校,小嶋、赤松氏の宇土小学校を見学するスケジュールである。総勢150人近い大見学団である。どちらも一度外観は見ているが 内部に入るのは初めて、網津は外観では見ることが難しい大小のボールトが交錯し切断する様が複雑で実に面白い。教室の南北からの採光が可能になっている。極めて感じ入った。宇土は じつは前回の無断の見学で二階のテラスにも登らせていただいたので,今回も概略を知っている。既視感はあった。ご存知の通り全面折れ戸による構成、戸をたたむとまったく柱とスラブだけ、外部と内部が連続する空間となる。クラスルームを区画する角がアールの構造壁のアイディアも秀逸である。いくつもの学校建築設計の蓄積がなせる業、家具、サインに至るまで丁寧な設計である。設計期間に差があるはずはない。比較的短期にこれを成し遂げることを可能とする力量、学校建築についてのこれほどの集積があることをうらやむ。

午後は進行中のプロジェクトを含め近々の6つの学校プロジェクトをめぐるシンポジウム。三加和小中学校の設計に携わるわれわれもプレゼを行うことになる。会場は満席である。はじめに長澤悟さんの基調講演、震災後の建築状況、わけても最初に復興すべき学校建築の状況、そして エネルギーゼロを目指すこれからの社会の学校につき 話される。
その後6校各10分のプレゼ、宇土、網津に続き小泉雅生氏、高橋晶子氏、その後私のプレゼがあり最後は内田文雄さんであった。各自持ち時間を超過。アートポリスの伊東豊雄コミッショナー、桂英昭アドバイザー、末廣香織アドバイザー、曽我部昌史アドバイザーそして長澤悟さんからの質疑反応と長丁場の充実したシンポジウムであった。三加和で協働する、中村、柴田、東大森各氏ももちろん参加していた。。博多の故郷で就職したムサビの卒業生が会場に来てもくれた。その後の懇親会では ヴェネチアビエンナーレでグランプリに輝いた伊東さんへの花束が贈呈されるサプライズもあり和やかな会であった。坂本さんをはじめ多くの人々と久しぶりの時間を過ごすことができた。アートポリスももう25年 近年のプロジェクトが熊本らしい計画になっていることを喜びたい、とは伊東さんの言葉である。彼の活躍が無ければそれも叶わないだろう。実に精力的である。
われわれの設計も佳境に入っている。もう一段 がんばる必要がある。最終の飛行機で帰京する。
# by noz1969 | 2012-09-16 16:06 | 日記

サステイナブルデザインセミナーin大阪

先回 東京で開催のサステイナブルデザインセミナーが9月27日(水)大阪でも開催されます。二チハの企画です。近傍の方、よろしければご参加下さい。
http://www.nichiha.co.jp/pdf/other/seminar0927.pdf
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# by noz1969 | 2012-09-12 17:09 | 日記

ソーラータウン府中 LCCM住宅取得

以下 相羽建設 迎川さんのブログからの転載です。ご覧下さい。
省エネ機構のLCCM住宅認定は目下府中を除くと8戸、 府中の16棟が認定されると認定数のなんと三分の二を府中が占めることとなる。


ゼロエネドミノ住宅がLCCM住宅に認定されました

LCCM住宅って知っていますか?

一般財団法人建築環境・省エネルギー機構で認定した正規のLCCM住宅は、
まだ日本で12戸しかありません。
それだけハードルが高い省CO2規格なんです。
そして、何と12戸の内4戸が相羽建設のゼロエネドミノ住宅です。
私たちの環境に対する意識がこんな結果として評価されています。
もちろん東京では唯一相羽建設だけが認定を受けています。

LCCM住宅とは、住宅の省エネルギーをさらに一歩進め、
住宅の長い寿命の中で建設時、運用時、廃棄時において出来るだけ省CO2に取り組み、
さらに太陽熱利用(暖房・給湯)・太陽光発電などを利用した再生可能エネルギーの創出により、
住宅建設時のCO2排出量も含め生涯でのCO2の収支をマイナスにする
ライフサイクルカーボンマイナス(LCCM)が今後ますます重要となってきます。



ソーラータウン府中は16棟全棟LCCM住宅の認定を取得します。
是非、LCCM住宅の認定を受けたモデルハウスをご覧になりませんか?
地球にやさしいとか省エネルギー住宅の看板をあげている会社は多いですが、
その内容は千差万別です。
その違いをじっくりご覧ください。
東京都主催の見学会も随時開催されます。
東京都都市整備局のHPをご確認ください。

LCCM認定一覧:http://www.ibec.or.jp/lccm/list.html

長寿命環境配慮住宅モデル事業:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/juutaku_seisaku/chojyumyou/index.html

構造見学会情報:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/topics/h24/topi018.html

# by noz1969 | 2012-09-08 14:15 | 日記

府中

ソーラータウン府中が発表された。モデルハウスが完工、敷地の奥で工事中の3棟の竣工が間近い。9月初頭には第二期のうち二棟の棟上を控える。販売価格ももう発表されている。16戸の住宅地計画、ゼロエネを目指す。東京都のプロポにより、我々、 野沢建築工房と相羽建設のチームが計画を引き受けることになったものだ。敷地は南北に通ずる二本の道に挟まれ縦に長い。したがって住棟の配置も縦に二列となる。住宅列に囲まれた部分に共有地を設け安全で快適なコモンな遊び場、コミュニティの場がしつらえられている。ここは地役権設定という法的手続きを根拠とする。
東京都も力が入っている。都は太陽熱利用の推進にも注力している。今回の木造ドミノのハイテク仕様、全棟Q値1.9以下、 PV2.7~3.1キロワットとオーエムのハイブリッド、HEMS搭載 敷地は東芝府中工場の正門前。9月のモデルハウス公開から販売も開始されるとのことのようだ。

下記HPなど各種情報を参照してください。

http://www.aibaeco.co.jp/fuchu/top.html
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# by noz1969 | 2012-08-21 12:18

事務所の炎暑対策

事務所の窓は南に向き 敷地前は比較的広い月極駐車場である。アスファルトを渡る風も暑い。業務上ではうるさく環境指向を言っている。口だけではなく事務所でも対策を、ということで 今年は大家さんに許可をもらい開口部の緑化を試みてみた。様々な植物、アサガオ、ゴーヤなどの混植である。たわわに実ったゴーヤは緑陰以外の実利ももたらしてくれる。室内からの眺めもきわめて心地よい。冷房使用の時間も明らかに短縮している。
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# by noz1969 | 2012-08-21 11:16 | 日記

長池 柄谷行人

「暮しの手帖」夏号を見ていた。柄谷行人のエッセイがある。何気なく見るとタイトルが「長池」である。そこには彼が長池を気に入りここに居住していること、その根拠がここの景観にあったこと、中上健次亡き後熊野「熊野大学」に通いその後、ここ長池自然館での「長池講義」を企画、その初日が昨年の3,12であったこと、それにより長池講義は中断、皆でデモに行くこととなり長池評議会が作られたことなどが書かれていた。
言うまでも無い、長池自然館は私たちの設計になる建築である。あの長池でこうしたことが起こっていたことを感慨深く思った。このエッセイには長池の周辺の産業遺稿のこと、浄瑠璃姫伝説のことなどにも触れられている。「この景観を見せたい」、講義はそのためにここで企画されたのだと言う。残念ながらここでは自然館の建築についての感慨は記されてはいないが、少なくとも彼が気に入ったという景観にこの建築が含まれ、自然館での講義を考えたことにこの建築への評価が含まれると考える考えることはそれほど無理なことではあるまい。
まあ、少し強引か、手前味噌かとは思うがこのエッセイが建築、景観を深く考えることの意義役割への柄谷氏からの賛意の表明であると考えておこうと思う。
# by noz1969 | 2012-08-06 13:52 | 日記

サスティナブルデザインセミナー

7月24日、ニチハ株式会社主催のサスティナブルデザインセミナーにて講演を行います。

ご案内ページ
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# by noz1969 | 2012-07-17 11:40 | 講演

我が家のこと2

以下、カミさんのメールを転載します。先日の事件とはここに描かれているアオゲラの営巣であったのです。こつこつという音が栴檀のあたりから鳴り響き気が付いた折には樹下は木のクズで一面が覆われていたのです。穿たれた巣穴は実に立派なものでした。その後そこから顔を出す雛の姿が見受けられました。この「事件」は下記の通りおそらくカラスの襲撃により残念な結果となったのです。郊外とはいえアオゲラの住宅地での営巣は極めて珍しい、愛鳥家に知られると大騒ぎに成るだろう、というのがある人の見解でした。さて、

「わが家の栴檀の木で巣作りを始めたアオゲラ一家がからすの襲撃によって全滅した出来
事のまだ喪も明けない今日ですが、朝また事件がありました。

食堂の前のシラユキゲシが咲く小さな庭にヒヨドリの小鳥がヨチヨチ歩いているのを
野沢が発見しました。 そしてジューンベリーの木に巣があることが分かりました。
 通常夏は日差しを遮るためにブラインドをしめているのですが、久しぶりにあけて
みるとガラス越しに実にずさんに作った20cm弱の大きさの巣があり小鳥が2羽な
かでないていました。 

今朝の小鳥が無事に巣にもどったと安堵したのもつかぬま、黒文字の木の地上すれす
れの所を一羽の小鳥が懸命に木の上をめざして格闘しているのが見えました。 これ
が今朝の小鳥でした。 親鳥は時折励ますようにして上に上にと導いていました。 
30分くらい格闘して1m20cmほどのところまで上がりました。 お腹がすいて
いるのか餌をくれと言わんばかりに鳴き続けたのですが、親鳥は巣の子供には餌を運
ぶのにこの鳥には付き添ってはいても餌を与えることはしませんでした。 餌の一つ
がなにやら1,2cmくらいのオレンジ色の丸い物体、なにかの昆虫なのか???で
した。

他の子供たちは自分の力で飛べるのにもかかわらず、親鳥から餌をもらえる。 しか
し育ちがおそい一羽は見放されてしまっているようでした。 気になって10分おき
に様子を伺ったのですが、4,5回目のときには姿を見つけることはできませんでし
た。 もっと上を目指して上っていったのかとかなり時間をさいて探したのですが、
みつかりませんでした。 最後に私が見た姿は、私に尻をむけて巣の上の兄弟の元気
のよい泣き声を静かに聞いていた小鳥でした。

アオゲラ一家巣作りと子育てとの長い付き合い、そして今度はヒヨドリ一家。 わが家
のこの小さな空間の中でも自然の営みが粛々とおこなわれているのです。 これも近
くの雑木林がすべて駐車場やマンションなどに形を変えた影響なのかも
しれません。 鳥との付き合いを観察するには絶好のわが家ではありますが、願いど
うり子育てが成功するわけではないことも当たり前ではありますが受け止めなくては
なりません。 

昨日は首相官邸前の抗議行動に久しぶりに行ってきました。 装甲車が車道に置かれ
その前に1mおきに警察官が立つというなんだかモノモノシイ警備が敷かれました。
 歩道は歩いてよいが車道はイカンと言われて私は縁石は歩道の一部だと抗議したの
ですが、白髪のオバサンノ言うことなど聞いてはくれませんでした。 毎週参加して
いる私の友人は前回の7日くらいから規制が強くかかるようになったと教えてくれま
した。 どうやって市民の声を届けるのか、力不足を感じつつも辞めてはいけないと
自分に言い聞かせています。 

蒸し暑い毎日ですが、小さな鳥たちも懸命にいきていますので私たちも暑さに負けず
に生活いたしましょう」

野沢富士子
# by noz1969 | 2012-07-17 10:02 | 日記

自宅のこと

最近、自宅についての記載をしていない。が、ニュースはある。放送大学の先生になった難波和彦氏が講義は全編ロケでやる、と称し取材活動を始めた。我が家も取材対象ということで5月半ばに訪問があった。難波先生のほかNHKエデュケーショナルのディレクター、カメラマンなど重厚なスタッフが来訪、 ハイビジョンカメラをセットし対談形式の取材をうけた。終了の後は地下室で難波氏とあれこれ懇談、スタッフはその間あちこちカメラを回したはずだ。どのような講座になり我が家がどのように登場するのかは来年の放送大学難波講座の開講を待たなくてはならぬが、楽しみ.当の難波先生はテキスト執筆で難渋しているやにうかがうがただ今は、このためのヨーロッパロケである。上手いことやってもいらっしゃる。

その頃からだろうか。例の栴檀の巨木に異変がある。このことをブログに記載するとちょっとした事件(といってもネガティブなものではないが)になることが予想される、と言う人が居る、と、いうことで残念だが これ以上ここに書くことができない。このことが我が家の話題にならない日はない。

もうひとつ。6月に入った頃、ことしも夏モードへの模様替えをした。この頃になると先の栴檀の葉も繁茂し庭一面に影を落としている。。模様替えは南の窓に「よしず」を吊るし窓を開き網戸での開放モードとし、居間の西北の大きな窓の前にゴーヤのプランターとネットを配するという作業である。これをすると一気に内外からの見え方が変わるから不思議である。なんとなく リゾート??になる。

ゴーヤは最近はどこでもやっている。緑のカーテンはブームでもある。今回の主題は「よしず」のほうである。「よしず」は近くのホームセンターで購入する。が、ここでひと手間かける。6尺×6尺の「よしず」、ホームセンターで販売されているのはほとんどが中国製である。なんと価格は600円をわずかだが下回る。これを注意深く観察すると6尺の長さを三等分するあたりに細い竹が入っている。ここを目当てにこれを三分割するのである。概略そのあたりで葦を編みこんでいる紐を順次切る。ばらばらにならないように平坦なところに平置きにしてやると良い。数本の葦を切断の前に引き抜いておくのが上策である。ここに新たに細竹(これもホームセンターで入手7,8本の束で200円ほどか)を縛り完成とするのである。もちろん、切断した残りの「よしず」の紐も縛る、このことをお忘れなく。三分の一は60センチであるが数本引き抜き新たに細竹で始末するから出来上がりの丈は55,6センチほどになる。これを軒先に吊るす。
この国の住宅はそのほとんどが真南を向いていない。先日の調査でつくづく実感した。みんな敷地の形に支配され南向きの配置が出来ないのだ。多くの南立面図は東南または南西立面図であり、ひどいのはほぼ45度西向きであった。つまり、多くの家で通常のひさし長さでは夏の日射遮蔽が出来ていないということになる。日射は直接室内に侵入し室温のきわめて高くしていることとなる。クーラーがいくら高効率のものであってもこれでは何をしているのか皆目わからない、温めながら冷やしている、ということだ。
私の「改よしず」(改造したのでこう命名。だが「快よしず」でもいいかもしれない)はこの難問を見事に防ぐのである。三本製作にかかる費用はたったの600円と少々、一本あたり200円!!である。ひさしの下に吊るし直接雨がかからなければ5,6年は間違いなく使用可能ではないか。先ほども言ったが、中からの見栄えも極めてよい。また無論外部からの視線をも防ぐから開け放すことの問題もない。、西、東に向く程度により長さを調節するのが良かろう。クーラー頼みの方のクーラー脱却に是非。また脱却不可能の方であっても、たった200円で、太陽の熱を取り込んでおいて冷却する愚を相当量削減、よりいっそうの快適化をするはずである。ぜひお試しを。
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# by noz1969 | 2012-06-23 14:15 | 日記

渋谷コロキウムという講演会

 東京都市大学が大学外で講演会を定期的に開いている。宿谷さんに誘われその第32回コロキウムに招かれ、話すことになった。タイトルは「つかいつづけること、なおしつづけること」、愛農のことや見聞きした維持管理改修を徹底し長く使い続ける建築のことを話そうと考えている。宿谷さんは「からだのしくみと快適な熱環境」と題したお話をされる。日時は来週 6月25日(月)18時から。会場は渋谷のセルリアンタワー東急ホテルB2階「ボールルーム」もちろん無料である。よろしければ会場にお運び下さい。

http://www.tcu.ac.jp/lecture/seminar/details/32.html/

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# by noz1969 | 2012-06-21 12:03 | 日記

立川市役所へ

昨日 立川市役所へ出向き 市長、副市長ほか建設当時お世話になった方々と会った。市庁舎が「日本建築学会作品選奨」を受賞、いただいた金属製の重いプレートをお届けするためであった。二階の市長室はこの建物ではこことこの上の三階だけに存在する西向きの大きな開口部がある部屋である。その向こうに60メートルの幅のあふれる緑の道が見える。西日を避けるためのルーバーが予算の都合で設置できなかったところだ。そのテラスにプランターが置かれネットが設置されている。パッションフルーツによる緑のカーテンの準備である。話題はおのずとエコロジカルな、環境指向の話題に。清水市長はことのほか植物、農業に詳しい。西日というネガティブな話が収穫が楽しみな植物の栽培に、手入れを楽しみにすることに向かう。これが3,11以降の社会である。繁茂が楽しみだ。開口部が開閉でき、周囲にプランターの置けるテラススペースがあることの利点、意味を再確認した。
市長室を辞去し中央の大きなアトリウムにいたる。のこぎり状の屋根の上のふたつの風塔が全開している。各階の欄間も全開である。中庭の窓もあちこち開いている。注意深く室内気候を観察する。おだやかな自然風が不規則に感じられる。明らかに空調空気と異なる心地よい体感である。3,11以降、この建築の運用はここを仕事の場とする職員の自発により、きわめて注意深く、様々な工夫に満ちている。いくぶん曇りがちであったとはいえ6月に入った今、日中、全館自然換気で執務している市庁舎、オフィスビルはそうないのではないだろうか。建物内は快適な温度を保つ。昨夜も風塔が開かれていたに違いがない。PCコンクリート躯体が夜間外気温が蓄積されているのだろう。いくぶん冷たい。それが日中の室温に大きく貢献している。ナイトパージの威力といえよう。
夜間の外気取り入れは仮に空調使用時であっても立ち上がりの負荷を低減し、一日の負荷をおおむね半減させている。この日の立川市庁舎は空調負荷ゼロで運用されたと考えてよいだろう。試みは成功したと言ってよいだろう。
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# by noz1969 | 2012-06-06 11:37 | 日記

東北へ

週末から3日間 東北を見た。三春の仮設を皮切りに 釜石にいたる広域のエリアを一巡し 惨憺たる被害を見せる被災地とその周辺の仮設住宅、復興住宅を見歩いた。一見して地震そのものの被害は思いのほか少なく、全く呆然とするのは津波に押し流され沈下し、海に侵食された海岸沿いの風景であった。一年が経ち 主要な道路は仮橋などにより復旧し瓦礫と呼ばれる破壊された町の残骸のほとんどは敷地外へ運び出され撤去され分別されていた。家々があったところにはコンクリートの基礎があるのみであった。但し三陸鉄道だけはうち捨てられ被災当時の状況を見せていたのが印象に残った。この鉄道の復旧はきわめて難しい、そう思える惨状であった。極めて荒涼としたそんな風景の中で、ガソリンスタンド、コンビニ、ところによってはコインランドリーなどが 仮設の店舗によって営業しているのが目に付く。復興は間違いなく始まっている。また 昆布の加工場立ち上がっていたり、沈下した港に多くの漁船が停泊していたり、漁業関連の復興の芽もあちこちに見える。漁業の復興は思いのほか早いかも知れぬ。
応急住宅だけでなく臨時の町役場などの一応の整備もほぼ終わっているように見えた。多くの人命が失われたことを思うと胸が痛む。また仮設の不自由な生活などこの地が本当の意味で旧に復すのは時間のかかることであることは言うまでもない。ただその第一歩が記されていることに明るさを思った。
応急住宅の多くはその「基準」に正直でありその結果としてこの地の環境条件に照らし、きわめて不十分なものに写った。この地では必須の庇、玄関前の付室などがボランティアの手で付加されているが鉄壁に怪しく取り付けられた姿、松杭で浮かせた床下周辺を木摺や布で覆った姿もいかにも応急処置的である。
木造を旗印にしたものが戸建単位で建つ姿はいかにも寒々しい。壁、屋根、床下6つの面が外気にさらされた状況が過酷な室内を作る。どうして連棟としなかったのであろう。またプレファブメーカーが必ずしも応急住宅の供給に適した業態であるのではないのではないかとも思った。彼等の供給した「基準」に従った住宅も様々な加工を施され何とかその役目をかろうじて果たしているように見える。
その中、板茂のチームによる仮設は飛びぬけて計画的であり、デザインの質が高く、知恵にあふれているものであるように見えた。二階建て、三階建てとし、熱的に損失の少ない計画としてあること、浄化槽、駐車場、集会場など総体を街づくり、都市計画として解いていること、住棟番号などをきちんと誇らしいデザインしていること、庇をテント地によっているなど適応的であることなど (これはここでも事後の施工であることが帰還後に判明したが、これはこれできわめて明晰な答えである) 住み手に出来るかぎりのサービスをする、ここには存在するそうした姿勢は他の仮設にはまったく見られないものであった。板茂の作業は「基準」から一歩も出ることが出来ない思考停止の中に居る建築家、技術者の頭脳に痛撃を与えるものと思う。思考停止の頭脳がこれを痛撃と受け取るかはきわめて怪しいが。
また伊東豊雄の手になる「みんなのいえ」にも住み手を考える姿勢を見た。一見いかにも普通の切妻の木造集会所に見え、実際その通りのものである。ただこの集会所には 誇らしげに煙突がある。中に薪ストーブがあるのだ。
周辺には薪が積み上げられ、薪わりの途中の丸太があちこちにある。火を囲んで暖をとり、火を見つめながら話す、日中はみなで薪わりをする、ストーブの設置はそうした光景をその効能を考えた結果であろう。それが極めて上手く行っていることをみんなの家のたたずまいは示していた。こうした事例を見ながら改めて深く考えること、それを果たすことこそ、われわれの職能であることを思った。

今回の地震はマグにチュード9であった。データによると三陸沖から房総沖の震源域は480キロ×150キロの広域なものでありその横すべり量は平均10メートルほどの膨大なものであり、その結果日本列島は東に大きく引っ張られ、沈降。 牡鹿半島は東に530cm、下方に120cm移動したとされるという。その後の余震のおびただしい数はわれわれをいまも不安にさせている。この規模の日本海溝付近の崩落がその他の地域へ波及、東南海地震などを引き起こすトリガーとなることも学者ならずとも大いに予感させられるのである。

今回見てまわったエリアは基本的に津波による被災地とそれにより建設された周辺の応急時住宅であった。津波に洗われることを免れたエリアは全く平常を保っている。自然災害とはこうしたものである。荒野となったエリアをどうするか、がこれからの大きな課題である。車中、半分は冗談で半分は幾分本気で私は漁業基地、加工場など生業的利用のためのエリアをのぞきこれらのおおくを浚渫し海に戻すことはいかがか?とぼんやり考えた。沈降した水に沈む土地を浚渫し奥側のエリアをかさ上げする、そこに生業的施設エリアを作り、浚渫エリアを海に戻すのだ。
深い山が急峻な谷を作り、河が流れ込む、こうした地形のこれら多くの被災エリアはもともと海であったのではないか、川の運ぶ土砂がたまり作られた平地ではなかったのか。買い上げられ「災害記念公園」となった土地にまたいつか災害を忘れた人々が住み着く、それによるまたの悲劇を避けるには公共が買い上げた土地を二度と人がすむことのない公共の用地=海、とするほかはない、そんな夢を見た。

何より片付かない問題はこのことにより招来したフクシマのことである。フクシマは明らかに人間の手による災害=犯罪である。予測不可能であるか否かはまったく問題にならない。どちらにしての多くの人々を被害者としていまも片付かない、継続している犯罪である。このことを私達は確認しなければならないし、このことにこころから怒らなければならない。東北は必ず片付いていく。しかしフクシマは目途さえ立っていない。
今回のフクシマはこの国が隠蔽されたファシズムを内包していたことを露露、顕在化させたのである。日本の「民主主義」がこれほどのものであったことを確認しながらわれわれは深く考えなくてはなるまい。そして原発の停止と廃炉は必ず行われなければなるまい。
# by noz1969 | 2012-04-05 17:08 | 日記

東京駅頭にて3 シンポジウム

東京中央郵便局についてのブログを二回書いたが以下のシンポジウムの知らせが届いた。内田先生も参加されるとのこと。是非 多くの人が参集されるよう、ここに転載します。

- シンポジウムのご案内 -
都市環境におけるモダニズム建築の保存・活用の意義
– 東京・大阪中央郵便局再開発事業における文化財保護のあり方 -
東京中央郵便局の再開発工事が本年5月に完成する予定である。一方、大阪中央郵便局の解体工事が2月に発注された。どちらも国指定の重要文化財としての価値があると評価された建物ながら、文化財として適切な保存方法が選択されたとは言い難い計画である。東京中央郵便局については登録文化財として登録することが検討されているが、これからの日本の建築文化財の保護を考えた時、はたして登録文化財として指定することが妥当と言えるか、大きな課題である。シンポジウムでは、東京・大阪中央郵便局の保存・活用問題を中心に、都市環境におけるモダニズム建築の保存・活用の意義や、市民の意識の問題など、広範に議論を行い、今後のモダニズム建築の保存の方策を探る。
<主催> DOCOMOMO Japan
<後援> 日本建築家協会関東甲信越支部保存問題委員会(依頼中)
日 時:2012年4月28日(土)13:30~17:00(予定)
場 所:芝浦工業大学芝浦キャンパス801教室
〒108-8548東京都港区芝浦3-9-14
JR山手線・京浜東北線田町駅芝浦口から徒歩3分
地図 http://www.shibaura-it.ac.jp/about/pdf/access_shibaura.pdf
司 会:篠田 義男(建築家)
記 録:渡邉研司(東海大学教授)
参加費:500円(資料代)
1. 主旨説明 南 一誠(芝浦工業大学教授)
東京・大阪中央郵便局の再開発工事に関する一連の経緯、保存に関する市民等の活動を紹介し、本シンポジウムの開催主旨について述べる。
2. 講 演
① 建築家 吉田鉄郎と逓信省の建築 (東京大学名誉教授 元日本建築学会長 内田祥哉)
② 市民活動の意義 -東京中央郵便局を重要文化財にする会の活動を通して-
(建築家 兼松紘一郎)
③ モダニズム建築の保存活用の意義 (東京大学名誉教授、青山学院大学教授 鈴木博之)
④ 旧東京中央郵便局の建築史的価値から見た「保存」 (東京工業大学教授 藤岡洋保)
⑤ 大阪中央郵便局を守る会の活動の意味 (流通科学大学名誉教授 長山雅一)
(休憩)
3. 討論 司会:篠田 義男(前掲)
4. まとめ 兼松紘一郎 (前掲)
# by noz1969 | 2012-03-30 11:42 | 日記

再び東京駅頭へ

昨日 休日であったが事務所に。用務が終了後 汐留へ昨日が最終日の 今和次郎の展覧会に出向いた。既に今回刊行されたカタログを見ていたし、「日本の民家」などの書籍や文庫本化されたものなどにより知るものも多くあるが資料のオリジナル、本物に触れることの興味深く驚きの時間であった。。その後帰宅のため東京駅方面に向かう山手線に乗る。東京駅に差し掛かるところで車窓から東京中央郵便局の姿が見えた。仮囲いの向こうに外壁工事中の部分が見える。正面向かって左側、ファサードが回りこむあたりである。明らかに新しいタイルを貼っている。これを確認することをもくろみ下車。目前にしたのは明らかに新しい躯体に新規のタイルを貼ると言うものであった。行われていたのはコンクリート下地にメタルのガイドを付けそれにタイルを引っ掛ける、まことに今日的施工である。この部分は一度コンクリート躯体を解体し修復した部位であろうか。但し使われているタイルは既に現れたファサード全体を白く極めて均一に覆うものとまったく同一である。つまりどこかにオリジナルの部分がありそれとの違いが見えるという部位が全くないのである。先日のきわめて悪い予感、危惧を確認することになった。「復元された」ファサードは全て新規に作られた、「フェイク」である。白々とした偽物である。本物の姿を借りているだけなおたちが悪い「詐術」のようなものである。保全されたような形を当初とりながら(確かに解体当時、ファサードは一時残され一見保全されているように見えるときがあった)このようなことであれば中に8角形の断面の黒い列柱があるはずもないではないか。東京の顔、東京駅の目の前の記憶の継承がこのようなことでタイルによるとはいえ「書きわり」で良いのであろうか?本物を知らない人々がこれを見て吉田鉄郎の仕事であるとおもう、そのことを嘆く。
東京駅の復元部がレンガタイルであり平滑であることも確認した。これもどうしたことであろう。これでよいのか、もっと誠実な手段はなかったのか。皮肉に見ればここでは明らかに「新築部」と「既存部」に違いが見える。既存部を尊重し新築部を明らかなフェイクとして作った、と見えるのだ。但し、これも東京駅という竣工後重文にしようと言うモニュメントをそのような意図で再現したとは考えにくい。とすれば「これでいいのだ」という復元設計者の明らかな「眼力」の結果ではないのではないか。ディズニーランドのような復元がまかり通る、このことが私たちの鑑賞力のなさ、審美眼の欠如、歴史に対する敬意の不足を表示している。
# by noz1969 | 2012-03-26 16:24 | 日記

東京駅頭にて 

昨日 友人との待ち合わせで東京駅の丸の内側に出た。東京中央郵便局の一皮だけの姿が痛々しい。遠望ではあるので感違いかも知れぬががどこか新築のようなファサードの白さが気になる。吉田が注意深く決めたあの幾分乳白がかったタイルが妙に平滑にみえる。まさか総貼替えしてはいないだろうが。遠くから見るところ時計の針が取り付けられていないだけ、ほぼ完工にみえるが、吉田がデザインした入口上の「中央郵便局」のロゴの当時のままの復元はあるのだろうか。内部にはあの黒い八角形の列柱は存在しているのであろうか。
振り返ると東京駅。仮囲いが一部を残し外され姿が現れつつある。貼ったばかりの銅版が光る。これは時間がたつにつれ落ち着くのであろう。ただ、新たに復元された三層部の赤レンガの面が一二層と違った見え方をすることが気になる。明らかに平滑なのだ。二層目との間に線がある。数年前、芸大の陳列館で「JRのデザイン」のいったタイトルの展示があった。その折に東京駅舎復元計画の断面図がありこの第三層がレンガ積みによる復元ではなくレンガタイルによるものであることが見て取れたのである。この結果ではないかと思うがいかがだろう。。復元後、重要文化財指定することが決まっていることと復元の手法は極めて大きな関係があるのではないか、オーセンティシーとは??との感を抱く。是でよいのであれば ひょっとすると全館再建、レプリカの三菱一号館の重文指定などということすら起こりかねぬのかもしれぬ。
既に完成し供用を開始している中央口室内のトラバーチンの内装は全く過去の臭い、復元の気配のないそっけないものであった。
# by noz1969 | 2012-02-22 15:23 | 日記

成良

友人成良が亡くなった。
二年にわたる戦いであった。1月28日に見舞いに行ったが、一週間後の4日に知らせを受けた。無念で成らない。通夜と葬儀は7日と8日であった。どちらもに参加した。参列した人はきわめて多かった。10月に取材があった「住む。」が参列者に送られた。由記子さんの考えによる。ここに成良等家族の姿と暮らしが記録されている。
無念ではあるがかれの生き方は極めて見事でもあると考えることとしよう。
わが家のかれ陶器がいつも彼を思い出させるだろう。
# by noz1969 | 2012-02-12 17:14 | 日記

中村與資平ツアー

10日金曜日 静岡に出向く。静岡県住宅振興協議会の主催する講演会で話す。これからのまちづくり、いえづくりの難しさと面白さを考える。いま行っている 「既存改修」について、「ドミノ」についてなどが主要な話となる。
終了後 懇親会から東京からのI氏S氏が合流、翌日の休日に予定する静岡市、浜松市、豊橋市をめぐる「中村與資平ツアー」のメンバーがそろう。静岡在の人々と情報交換しながらの宴会であった。
翌朝、市のIMさんと市内を歩く。與資平建築、市庁舎、県庁、静銀などのほか 戦後市浦事務所が手がけた防火帯建築のこと、駿府城付近、浅間神社などをめぐる。家康の都市計画とその後の各時代ごとの経緯が見える。ほかの都市に比べ中心市街地がきわめて活性であることが面白い。防火帯建築が隙間無くゼロロットに並ぶ。その結果であるかも知れぬ。そうした商業のすぐそばに市庁舎、県庁舎がある。コンパクトなまちである。與資平の三つの建築はどれもが様式の異なる意匠をまとう。そしてそれらがシンボルとしてこのまちの主要な地点にその位置を占めていることが面白い。
その後、浜松へ移動「浜松銀行協会」をみる。いまは木下恵介記念館としてあるが、ここに與資平記念室が併設されていた。彼の仕事が見える。満州での仕事、欧州アメリか旅行のことなど。思いがけずここで「歴史に残る名建築家 中村與資平物語」なる冊子を手に入れる。オールカラー、子供向きの絵物語 全18ページ である。浜松市東区役所編集とある。浜松出身の建築家であるとはいえこうしたものを編集出版するということをあまり聞かない。驚きながらありがたくいただく。遠州銀行を見る。それにしても静岡市内の賑わいと浜松市内の閑散とした寂しい市街の差に驚く。人口は後者のほうが多いという。コンパクトに商業がまとまり条里の構造がきちんとしている静岡とそれを持たぬ拡散する都市構造の差か。
豊橋市公会堂に驚く。二つの塔の上のドームを各々四羽の鷲が守るという意匠、1931年竣工というがなんとなくファシズム??のにおい?が。訪れた「日」が悪かったのかも知れぬ。ちなみにこのすぐそばに豊橋ハリストス教会(重文)河村伊蔵設計がある。それらをみてトラムで帰る。改めてトラムのある街は良い。
愛知まで足を伸ばす年齢の割には強行軍であったが実に、面白い充実したツアーであった。
# by noz1969 | 2012-02-12 15:26 | 日記