「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」

槙文彦さんが「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」と題する文章をJIAの機関誌JIA8月号に寄せている。既に話題になっているのでお読みになった方も多く居るだろう。槙さんはここでいくつもの大変重要な指摘をされた。ザハによる当選案についての問題と今回のコンペそのものの仕組みの問題、社会と建築生産の手続きのこと、など多岐にわたるきわめて重要な指摘である。そのことによりわれわれ友人のなかでこれが大変大きな話題にもなっている、とともにきわめて大きな共感を呼んでいる。私達がこのことに気付くことがあまりにも遅かったのかもしれないが、なんとしてもこの槙さんの指摘の重さ知ってもらいたいし、より多くのひとにこの指摘に触れこの問題についてなんらかの認識を共有してもらいたいと心から思う。
槙さんは80を裕に越えて確か今年85歳、その聡明で確かな指摘に居ずまいを正す。大高正人との共同での「メタボリズム1960」から53年目の今年、槙さんの都市と建築についてのゆるぎない姿勢に改めて接し、われわれは深くこのことを考えなくてはならないと思う。

JIAのホームページから機関紙2013年8月号を開くとどなたでも読むことが出来る。
建築家に限らず広く多くの方の目に触れることを望みたい。

http://www.jia.or.jp/resources/bulletins/000/034/0000034/file/bE2fOwgf.pdf
# by noz1969 | 2013-09-03 17:34 | 日記

愛農高校木造校舎見学会

10月19日に愛農高校の見学会を行います。
HPからご案内をpdfでダウンロードできるようにしていますのでお手数ですがご確認ください。
http://www.noz-bw.com/
# by noz1969 | 2013-09-02 14:15 | プロジェクト

TVドラマ「基町アパート」

先日24日(土)夜11時からNHKで「基町アパート」と題するドラマの放映があった。19日の新聞予告ではドキュメンタリードラマとあった。実に見ごたえのあるドラマであった。大高事務所が作り上げた広島基町アパートでのオールロケは屋上や中央の緑地、中央の商店街の街路、二層にひとつ構成の住棟通路、学校、風呂屋、住戸内部、など基町の全貌を映し出し、カメラは基町を縦横に走る。実に渾身の出来であった。ドラマは帰国した中国残留孤児とその孫のかかわりを軸とするこれもきわめてよく練られたストーリーであった。このフィクションにヒロシマ被爆の本人の証言や過去の写真、映像を差し込み理解を深くする。不覚にも数度泣いた。

19日付けの朝日の番組紹介記事を補足として付ける。
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# by noz1969 | 2013-08-28 14:21 | 日記

三加和一期完工

三加和の木造校舎がほぼ完了した。第二期 今回竣工の木造校舎の一部残った工事、それとコンクリート既存校舎の改良、そしてその他の付帯工事がこの夏休みから始まる。今回竣工の木造校舎はコンクリートに頼らない純木造架構を目指した。基礎を除き全てが木造である。地場の正角の杉材を重ねた「重ね束ね材」が計画の根拠になっている。これであれば大断面材を調達することなく大型の架構を作り上げることが可能だ。しかも大工のスミツケ、キザミによることで。いわゆるエンジニアリングウッド=集成材はこれが難しい。糊の問題がある。校舎の方杖架構は柱梁とも製材であるが耐力壁はこの「重ね束ね材」による。体育館の架構はこの材を使って架け渡された。仕口を少しずつずらしながら上る架構。床が仕上がり全貌が現れた。この先の工事を終えて初めて正式に今回の仕事を終えることになるのだが一段落である。

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# by noz1969 | 2013-08-01 12:21 | プロジェクト

五日市の住宅

二階建てを平屋に減築、壁を撤去、現れた木摺りだけの裸の姿が妙に印象的であった。その後木製の建具が入り、地場産の杉丸太を軒桁と柱とした一間幅の「軒庇」が三方にぐるりと廻った。伝統的和風。こうした仕事は当事者でありながらなんともまぶしい。秋山棟梁が「戸袋を作るのは二十数年ぶりである」という。天井の納まり、ふすまの唐紙、欄間の格子、壁の色、様々な要素に薀蓄がある。幾分は知っているつもりではあるが、その多くは深い記憶の引き出しのなかから埃を払いながら引っ張り出すというものだ。秋山とのやり取りもいつもとは異なり不思議にゆったりとしたものになる。若い大工、若い建築家にこうした仕事を何とか見てもらいたいものだと思いながら、私と秋山の薀蓄は本当のものであるのであろうか、との思いが過ぎらないわけではない。ここがなんとも面白く難しい。自在に思いのまま何をしても本当は良いのではあるのだろうが。担当の石黒の顔を見ながら呻吟する。幅1,5間引込の大型の木製建具はこうした建築には通常無いものだ。オーエム装備、新機軸がないわけではなく、全くの新築ではない。既存の条件の中で何が面白く出来上がるか、正念場。このあと離れの風呂場にかかる。その後庭、塀、植栽などもある。
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# by noz1969 | 2013-07-26 12:53 | プロジェクト

野尻湖へ

6月末の週末、久しぶりに事務所スタッフ家族と息抜き。担当者のほかは初となる竣工間もない「蓼科の週末住宅」訪問の足を野尻湖に伸ばした。旧野尻湖プリンスホテル。今は「野尻湖ホテル・エルボスコ」という。いくつかのホテルを運営するシンジケートが数年前から経営しているようだ。清家清設計。今回の企画はなんとなく渡辺力が昨年亡くなられたことと関連した思いつきであった。館内はいくつか手を入れているようであるがほぼ竣工のままといっていいしつらえ。渡辺さんの家具ももちろん健在。良好に保持されている。運用も手厚い。今の所有者のほうがプリンス時代に増してレベルが高いのではないか。ここに来るのは初めてではあるが昔のプリンスの一律で退屈な運用を苦く思い出す。
客室は一本の廊下から上下階にある。その廊下は緩やかに曲がりくねり見通しを嫌う。主要な架構は鉄骨、全て溶接による。レンガ壁がそこに納まる。その鈍角のコーナーにディテール。大きな開口部が野尻湖を一望する。モダニズム時代の典型的手法、そのきわめて良質なものと思える。ただし今日の宿題とは幾分異なるのであろう。大きな結露受け、ぼんやりと輻射を感じるガラス窓など。昭和59年竣工の銘板が玄関脇に埋め込まれていた。そこに堤義明とあった。つわものどもの夢のあと。
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# by noz1969 | 2013-07-09 14:22 | 日記

三加和進捗

屋内運動場の内部足場が解体されました。

写真が小さく迫力が伝わらないのが残念だが この木架構はちょっと見ものだ。スパン21メートル長さ32メートルが地物の杉材(束ね重ね材)によるユニットで架け渡されている。いわゆる集成材によるものではない。ユニットは23。この架構システムは両側から伸びるユニットを中央の水平の材がつなぐという手順で架け渡されている。一つ一つのユニットを構成する部材は少しずつ変化しながら中央に向かって登る。このため刻みは材一つ一つ異なる。CADが教える寸法はミリ以下一桁の数字である。大工は森、解析は山辺事務所による。
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# by noz1969 | 2013-06-26 21:33 | プロジェクト

愛農高校木造校舎見学会

6月15日の行われた愛農高校の木造校舎の軸組見学会の様子が16日朝日新聞三重版に掲載されました。
地元の方、保護者を中心に100人近くの方にお集まりいただきました。
会員登録が必要ですが朝日新聞デジタルでも参照できます。
http://digital.asahi.com/area/mie/articles/MTW1306172500002.html

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# by noz1969 | 2013-06-24 12:00 | プロジェクト

府中見学会

以下 相羽建設迎川氏のブログより。「見学会のお知らせ」を転載します。住宅購入希望者のみでなく関係者の見学も歓迎、のようです。竣工間近の状況を是非ご覧下さい。
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東京都主催「長寿命環境配慮住宅モデル事業」見学会

東京都では、都有地を活用し、世代を超えて長く住み続けられ、
環境に配慮した住宅を 供給する「長寿命環境配慮住宅モデル事業」を進めています。

府中市美好町の敷地に16戸の戸建住宅と共用の庭を整備し、雨水利用の散水、
地域の植生を生かした植栽、炊き出しに利用できるベンチの設置など、
長く暮らせる、環境に配慮した住まいづくりのための工夫を行っています。
OMクワトロソーラーに拠るゼロエネ住宅です。

このたび、共有の庭である園路が整ってまいりましたので、
園路を中心に見学会を開催します。
モデルハウス内での事業概要説明、長寿命環境配慮住宅の特徴、
また園路を見学しながら景観への配慮等について解説をいたします。
家づくりをお考えの方や、中小工務店の方など、多くの方のご参加をお待ちしています。

■開催日時(計9回) ※各回約1時間程度の予定、各回とも同内容です。
モデルハウスも見学いただけます。
平成25年6月28日(金):10時・13時・15時
平成25年6月29日(土):10時・13時・15時
平成25年6月30日(日):10時・13時・15時
■定 員 各回20名
■参加費 無料
■場所 http://www.aibaeco.co.jp/fuchu/map.html
■申込方法
<お電話でのお申込み>
0120-145-333 (相羽建設株式会社)
<webでのお申込み>
webでお申込みの際には、以下の相羽建設株式会社のホームページのお問合せフォームよりお申込みください。お申込みの際は、お問合せフォームのメッセージ欄に、下記内容をコピーして、「○」の部分にご希望の日時をご記入ください。
メッセージ欄に記入頂く内容
「長寿命環境配慮住宅モデル事業 見学会
参加希望日時:6月○日○時
参加人数 大人○名、子供○名」
■お問合せフォームはこちら http://www.aibaeco.co.jp/form/index.php
■その他注意事項
・現地には駐車場はありませんので、周辺のコインパーキングをご利用ください
・当日、見学会場が分からない場合は下記番号へお電話ください
090-7738-2593
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# by noz1969 | 2013-06-11 11:05 | プロジェクト

近況4  ソーラータウン府中 最終段階へ

ソーラータウン府中の建設がほぼ最終段階に至っている。16棟の全てに手が付いた。竣工12棟。外部が完工し足場が外れた完工間近のものが二棟、残り二棟も既にその概形を表している。これにより縦に二列につながる住棟に挟まれた間の「コモン」(二つの小さな広場とそれをつなぐ道)がかなりはっきりと確認できるようになった。数年を経ずどこにもない緑豊かな住宅地となるであろう。既に居住者達がここでバーベキューパーティを催したとの話である。
個々の住宅の性能はQ値1,9 ほぼぜゼロエネを実現している。PVによる発電とともにオーエムの夏のお湯取りもきわめて順調である。
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# by noz1969 | 2013-06-05 13:34 | プロジェクト

状況3 小さな減築

五日市の街道沿いの民家を改修している。高校時代の友人の育った家である。母屋の二階建てを平屋に減築、杉丸太の軒桁で下屋を回し架ける。全ての部屋を畳敷きの和室に、という伝統的日本家屋をいっそう本格的日本家屋とするとでもいうべき計画である。相羽の秋山棟梁が居なかったら手におえなかったといえよう。吉村順三、中村外二、など事務所にある様々な和風建築の資料が机の上に積み上げられている。現況 既に二階部分は無く平屋の姿となった。全ての壁がはがされ木摺りだけとなっている。日本家屋は本来平屋であったのであろう。このほうが明らかに美しい。敷地の北の隅に小さな風呂小屋を新築する。太陽熱で湯を沸かし入る。涼みつつ縁で酒を飲む。これがオーナーの楽しみとなる。
ここから少し下ったところに秋川の清流が流れる。彼の少年期の原風景、孫たちの夏の家となる。東京の近傍にこんなところがある。それも記憶と深くつながる家が。すばらしい。
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# by noz1969 | 2013-06-05 13:07 | プロジェクト

近況2 愛農の上棟

1500㎡の築50年校舎を1000㎡に減築し、耐震化、快適化、省CO2化のプロジェクトとしまったく新たなものとして完工したのがほぼ2年半ほど前であった。その後失った500㎡の学堂を新たに建設する計画がゆっくりだが進んでいた。いよいよその工事に手が付けられ その姿を現し始めた。500㎡の木造平屋、主に教室と図書館が入る。図書館部分に林立する樹状の柱、教室部は支点桁による架構である。材は地元紀伊半島尾鷲の杉、構造は稲山正弘氏。家具のデザインに小泉誠さんに登場してもらっている。愛農の仕事は当初「いわむらかずお絵本の丘美術館」を関係者の皆さんが見てくれたことが発端となったものであった。それが木造ではなく既存のRC校舎の減築、改修から整備が始まることになったのはこちらからの「もったいない」という提案によっていた。やっと当初のもくろみにたどり着き、本来の地元の木による木造建築を作るというプロジェクトが実現することとなる。「位相をずらした柱列」の効果がどれほどか、まもなくそれが姿を現す。楽しみである。
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# by noz1969 | 2013-06-05 12:50 | プロジェクト

近況1 三加和

三加和の建方が進捗、校舎の架構はほぼ完工し、屋根、壁などが施工され仕上げにかかっている。体育館は最終のいくつかのフレームを残し全貌が見えつつあり一部の屋根、開口部、壁などの仕事も追いかけながら開始されている。内部は作業用の構台が汲まれているため、その壮観さはいまだわからない。
このフレームは材が組み合いながら少しずつせり上げるという複雑なもの。大工、森棟梁はCADで表示されるmm以下の数値を拾いながら墨付け、きざみを行う。彼はこの複雑な仕組みを難なく理解し決して手が止まるということが無い。その頭脳に、そしてこの膨大な作業を軽々とこなす力量に深く敬意を表さないわけに行かぬ。
構台が撤去される7月が本当に楽しみである。構造の山辺氏も足しげく現場に赴いている。「こんなことはめったに無い」とは事務所担当者の弁である。必ず森林があふれるこの国にふさわしい本来の木造建築が現出すると確信している。
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# by noz1969 | 2013-06-05 12:32 | プロジェクト

三加和進捗上棟

昨日 三加和小学校に行く。上棟であった。屋内運動場(体育館)のほぼ半分の架構が立ち上がっている。作業のための構台があり全貌を見ることはできないのだがかなりの迫力である。これからは北側から建てこんでいくことになる。フレームの地組がされている。昨日は上棟式であった。多くの人が集まり三枚の棟札が収まるのを見守った。この棟札は統合する三つの小学校の生徒先生すべての名前が記載されたもの。その後餅まきがあり私たちも足場に上がり餅を撒く。木造建築の上棟式はさすがに高揚する。
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# by noz1969 | 2013-05-12 11:03 | プロジェクト

三加和進捗

スタッフは毎週のように現地入りしている。構造の山辺氏も二度ほど現地入りしている。が、私は基礎コンクリート打設時に訪れ、大工に会い刻んでいる作業場で仮に組み上げられていたフレームユニットを見せてもらって以降、訪れる機会が無い。来週にやっとその機会は訪れる。
体育館の架構は南北両方から少しずつ中央付近に向かい上方に上る形をとる。架構列が勾配しているのである。大工はCAD図に表れるミリ以下二桁の数字を読み墨付けし刻むという作業をする。それも一本の材の表と裏で墨付けが異なる。こんな仕事が可能な円熟の技能者=大工=が存在するのはこの国の他にはない。そう思う。先日送られてきた写真によると既に5~6のフレームユニットが架かっている。構台があるのでわかりにくいが21メートルを架け渡された姿はかなりの迫力である。
校舎の架構も順調に上がってきている。三年生、四年生の中学年棟は中学校と同レベルに床面が整えられている。既にここは姿を現した。その南、中庭の先にある一年生、二年生の棟の架構はこれからだがここは1.2メートルほど低いレベルとなる。スロープがこの二つのレベルをつなぎ、屋根は一枚で懸かることになる。
木造は体育館、校舎ともに足元から立上る本来の木造である。昨今の大型の木造が垂直部や妻部をRCとし屋根架構のみを木造とするつまりRCに寄りかかる形を取るものが多いように見受けられる。ここではそうすることをしていない。その分必ず本格的木構造となるはずと期待もしている。6月の段階で上棟の予定。上棟時に掲げる棟札にここに学ぶことになる小学校生徒の子供達全員の名前を書いてもらう準備も進行中だ。
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# by noz1969 | 2013-05-01 15:24 | プロジェクト

蓼科の週末住宅

一昨日、竣工間近の蓼科の週末住宅へ。山辺豊彦氏同行。小淵沢までJR。車窓から望む八ヶ岳、南、中央アルプス両連峰の峰々が雪に覆われて青空に映え美しい。日曜の寒波がもたらしたものだ。駅に車で迎えに来てもらう。道すがら ゴルフ場の芝が雪に覆われている。現場は最終の家具の工事などを残しほぼ片付いてきた。斜面地に建つ一階部分がRC造、二階部分が木造の混構造、もちろん一階部分は外断熱してある。
二階部分の木造架構が特徴的に見える。山辺さんも感慨無量の様子であった。これは私の事務所と稲山正弘との応答から導き出されたもの。その後に山辺事務所の実証的解析によって実現した木造構造解析の両巨頭による稀有といっていいコラボレーションの結果である。
開口部は例によりトリプルガラス+木製建具である。居間の開口は間口2,7メートルの片引き戸だ。フィックス部分を含めて5,4メートルの幅の開口が前方に開ける八ヶ岳の圧倒的景観を捉える。北の急勾配屋根の一部は跳ね上げられテラスの屋根になるというし掛け。
もちろん屋根集熱システムによって室内気候を快適に維持、極寒期の使用も可能としている。
工務店は連休前の引渡しに備え最後の一仕事である。この夏はクライアント家族が快適で長い休暇をここで過ごすことになるだろう。
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# by noz1969 | 2013-04-24 09:48 | プロジェクト

いわむらかずお絵本の丘美術館へ

昨日曜、冬のように寒い雨中、いわむらかずお絵本の丘美術館へ行く。法政の大学院の設計課題の敷地を いわむらかずお絵本の丘美術館周辺の丘に定めた。昨年の勝沼は下吹越さんの発案、今年は私の発案である。どちらも自然景観のなかでの建築の姿と役割について考えるという主題によっている。集合は「広重美術館」その後「もうひとつの美術館」へ。ここは廃校になった築100年の小学校を利用して障害のある人たちの絵画などを展示する美術館であり是非学生の見てもらいたかったところである。企画も優れている。梶原さんという個人の発案で始まったが最近「認定NPO法人」となった。この活動はムサビの芦原義信賞も受賞した。その後こいのぼりがはためく「絵本の丘」へ今日は建築の見学が主、サーベィは明日というスケジュール。いわむらさんの出迎えを受ける、学生は幼児期にいわむらさんの絵本で育った年代である。アトリエを覗かせてもらい退出。この国の木造建築の面白さなど話すが、学生にどれほど理解されてかは不明である。かなり難しかったか。その後古市さん設計の水遊園で遊ぶ。敷地調査を借りてバラエティに富んだ建築体験が出来たのではないか。ここを課題の敷地とする優位を確認する。学生と別れて下吹越さんと帰途につく。車中行きと同じようにあれこれと話す。今年の学会賞作品賞に該当なし、についてなど。
# by noz1969 | 2013-04-22 16:32 | 日記

秋川の渓流それから 府中ソーラータウンへ

土曜 あきる野市の改修の現場へ赴く。友人の育った家がある。それに手を入れて家族の集う場にしようと言う計画である。二階建ての普通の家を平屋に、そのうえ すべての部屋を畳敷きにし、周囲に長い庇を廻す。出来る限り本格的な日本家屋を目論む。何をとっても今回初のことばかりの計画である。仕事なのか、遊びか、ちょっとわからない。大工と相談しながらの仕事となる。母屋の改修のほかに庭のはずれに湯屋を独立して建てる。主人は風呂に入り庭に出て風に当たり休む。ちょっと飲むかも知れぬ。「あづまや」も要るだろう。この仕事の打ち合わせは友人にとっても私にとっても実はその後のそばやでの食事が本当の目的となっている。店は秋川沿いの景色の良いところにある。スモークした山女、桜海老のかき揚げで日本酒を飲みゆっくりそばを食う。隠れた名店、所在は教えたくない。
その後府中のソーラータウンへと向かう。数棟を残し工事は終盤にかかっている。家々に囲まれた中庭=コモンの設えも全貌を見せてきた。雨水タンクに備え付けられた井戸ポンプも作動している。中庭の上に北側の公園のケヤキが新緑を輝かせている。コモンの緑も数年を経ず繁茂してこの緑とつながるだろう。きっとほかに無い有用で安全な共有地となるに違いない。
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# by noz1969 | 2013-04-14 14:56 | 日記

窒素飽和

以前「大気を変える錬金術」みすず書房http://www.msz.co.jp/book/detail/07536.htmlを読んでかなり驚いたことがあり、この本を多くの友人にも勧めた。ハーバーボッシュ法による大気中の窒素の固定についての本である。
最近太田 猛彦「森林飽和」という本を手に入れようと 検索している中で国立環境研究所のHPに偶然たどり着き、渡邊 未来さんの「研究ノート」を読むに至った。タイトルは「森林から窒素が流れ出す -筑波山の窒素飽和-」 概要は1.窒素化合物の増加と森林の窒素飽和と2.日本における窒素飽和と筑波山の水質調査そして3、まとめ、というものである。
「大気、、、」の読了後に思った懸念がよみがえったが、温暖化のつぎにこの問題が控えているのか??
http://www.nies.go.jp/kanko/news/27/27-5/27-5-03.html
# by noz1969 | 2013-04-12 14:49 | プロジェクト

日土へ

昨週末 野沢は参加できなかったのだが 事務所のスタッフは挙って日土小学校の見学会に参加した。熊本の現場から阿蘇の外輪山を経て別府からフェリーで八幡浜へ。
ワールドモニュメント財団のモダニズム賞受賞もあってか、ミカン畑に囲まれたのどかな学校にはたくさんの見学者が集まっていた。有名な小川に張り出すバルコニーもさることながら、階段から光庭をはさんだ2階廊下が大変気持ちの良い場所だった。光庭に面した壁を1階より2階を引いてずらし、子供が腰かけて少し本を読めるように600程度腰上下で壁をずらしてベンチを作り、鉄骨の方杖で受けている。高さを抑えてスケールが制御されていたり、構造壁と開口部の軸をずらして間に棚や机を作ったり、開口部を外付けにして枠をできるだけ細く見せる引き込みの納まりになっていたり、構成を分けて鉄骨と木を使い分けるディテールなど大変勉強になった。設計の印象は控えめで、軸組もシンプルだが、こうして多くの方々が尽力してきれいに再生された理由が少し分かったように思った。小川や山との関係が開放的で本当に気持ちよく、たまれるお気に入りの場所ができ、見ているこちらが楽しくなる。つくったものに人が表れるというが、背筋が伸びる思いがした。(藤村)
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# by noz1969 | 2013-04-04 10:36 | 日記

奥村昭雄を思い出す会

昨日の午後 目白の自由学園、明日館で「奥村昭雄を思い出す会」があった。雨模様の天候ではあったが実に多くの参加者があった。700名にならんとする人であったという。庭の桜の老樹はまだ見事な花を咲かせていた。各部屋に家具、建築、博物誌の展示がなされ、たくさんの資料は読み解くのが大変なほどであった。たった数時間の充実した展覧会、とでも言う風情であった。私の役割は上階の暖炉の前で「炉辺談話」を行うというものであったが高間さん、梅干野さん、宿谷さんお三方の話を聞きながら実は奥村を含め多くの人の仕事が何らかの意味で少年期の環境と不可分でありその後の体験とつながりながら生長していくものであることを改めて思った。当初三つのグループに分けて談話を考えていたのだが、そうはせず御三人の席に内田祥哉さんが加わる形で談話は継続しながら進行した。奥村まことさんももちろん傍らに居てその間ずっと談話に参加してくれていた。各々の記憶の中から話された 学会のパッシブデザインの委員会のこと、建築資料集成「物品編」のことなどを聴きながら一見 アカデミズムから距離を置いていたように思われがちな奥村のもうひとつの面を確認することにもなったと思う。学生時代に奥村昭雄、まことは東大の吉武先生門下が作った、「LV研究会」にもぐりこんでいたことなど当時の横つながりの交流が今日までつながっていることの確認も出来た。終盤松隈さん、藤岡さんが加わり歴史の中の吉村、奥村を探ったが、内田先生が世界のモダニズムのなかで吉村、奥村の木造の仕事がいかに貴重なものであるかを語り、「家具の仕事の質に驚く」と話されたことをここに明記しておきたい。
談話の終了後 私はワイングラスを手にしながら会場に多くの知己を見つけて懐かしいときを過ごした。奥村は既にいない。しかし奥村との応答、それを繰り返した時間の記憶は私たちの体内に沈積しているはずである。私たちのこれからの仕事はその意味で奥村の考えいたこととつながるものであるはずではないか。出来る限り考えることをあきらめない 面白いことを作り出すことを継続していこうと思う。
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# by noz1969 | 2013-04-03 16:58 | 日記

一般社団法人「住宅遺産トラスト」の発足

「園田高弘邸の継承と活用を考える会」が園田高弘さんのお宅をお借りして 
「音楽と建築の響きあう集い」という名の音楽を聴き建築についての話をする
「集い」を開いてきた。開催された「集い」はこの間に十数回を数える。毎回多く
の人の参加があった。「集い」の目的は住宅という比較的継承の難しいものを
何とか次の時代、世代にまで伝えていきたい、その方途を探りたい、というもの
であった。敷地内での保全のほか、移築の可能性も考え動きもした。 そうした
経緯のなか、昨冬この住宅を含む三つの住宅を紹介する展覧会を開くに至
った。 ここまで吉村順三が1955年に設計した この住宅の新たなすまい手
を捜す活動を始めて4年半を越す長い歳月が経過したことになる。
展覧会は多くの人が興味を持ってくださった。このブログの読者の方にも来てく
ださった方が多くおられるだろう。特にこのことが日本経済新聞の文化 欄に掲
載されたことは実に大きな反響となった。会場を訪れる人の数が一気にに増え
た。結果 幸運にもわれわれの所期の目論見はついに実現することと成った。
園田邸は稀有なことに今後も この地に今の姿のまま残されることとなったの
である。大きな楠の木のそびえる豊かな住宅環境もここに今のまま維持される
こととなった。買い取ることを決断していた だいたのは個人の方である。私達は
こうしたことが起きたことに実は驚いている。それほど難しい道筋であった。

しかしこのことが私達をきわめて勇気付けている。展覧会の後、継承を急ぎ考え
なくてはならない質の高い住宅についての相談がいくつか舞い込んできてもい
る。結果、私達はいそぎ一般社団法人「住宅遺産トラスト」設立をもくろむこと
となった。こうした取り組みはわれわれの社会が実に待つものであったと 考え
ている。そしてこのプロジェクトが取り扱うことになるであろう住宅はその継承と
活用を実現するにあたっては個々に異なる事情そして様々な困難を抱えるもの
であり、決して全てが一件落着、とは行かないものであろうことを覚悟している。
しかし建築と言うそれが建てられた時代ごとにそこに関った人々、クライアント、
建築家、大工などの様々な職業人などの営為を実物のまま存在させること、
その時代のもつ力を存在させることであるとすればそ の意義はとても大きい
ものと思う。失われた後にそれを再び作り出すことは出来ない。新たに作るこ
との絶望的な困難は最近の復元建築の薄っぺらさが証明してい る。

「住宅遺産トラスト」は近代の住宅の継承と活用が社会のなかできわめて普通
のなんでもないことこととなるよう、地道な活動を展開していくことを約 束したい。

高ぶる気持ちは三人の先達の名前を思い出させる。オクタビア・ヒル、ロバー
ト・ハンター、ハードウィック・ローンズリーである。今日の英国の継承 し活
用される景観の端緒1895年「ナショナルトラスト」の発足の口火を切った
方々のことである。
# by noz1969 | 2013-03-29 19:00 | 日記

難波和彦さん 放送大学で講義

難波さんが昨春カメラマンを伴い私の家に取材に来た。今春からの放送大学での講座「新しい住宅の世界」('13) のロケのためであった。一年をかけた準備は大変であったろう。我が家に訪れた折に 「何とか教室で話す先生の姿をただ映すと言う退屈なスタイルを打破して住宅の実の姿を映すことで伝える形としたい」、と言っていた。その後イギリス、フランスへのロケも敢行していた。
いよいよその講座が開始される。4月一日がその第一回である。夜8時から。
先日私の手元にもそのテキストが送られてきている。テキストもアマゾンで入手可能のはず。講義そのものも楽しみだがこのテキストも必読。

なお 私の「相模原の住宅」は第八回と最終の第十五回に二度登場するらしい。お楽しみに。

http://www.ouj.ac.jp/hp/kamoku/H25/kyouyou/B/seikatu/s_1518844.html
# by noz1969 | 2013-03-27 14:05 | 日記

archiscape

LIXILのarchiscape、あの真壁くんが監修、企画、編集している建材メーカーのWEBマガジン、その内の「LIXILのディテール」という連載に事務所の藤村が登場している。ご覧ください。


http://archiscape.lixil.co.jp/tec_info/lixil_detail/15/01.html
# by noz1969 | 2013-03-23 17:59 | 日記

和水 三加和へ

三加和中学校の敷地に新たに三加和小学校を併設する熊本アートポリス構想によるプロジェクトが進行中である。コンクリート工事は佳境。昨日 屋内運動場(体育館)の基礎立ち上がり部の打設があった。立会いの後 木部のきざみを行っている加工場に赴く。校舎、体育館の架構はともにきわめて複雑なものであってどのような手順を踏むのか大工に直接話を聞くことを楽しみにしていた。校舎については各教室に910ピッチの「ほお杖」が角度を変えながら並ぶ。体育館は広大なスパンを架け渡すために両端からせり出す架構が屋根の勾配にあわせ競りあがるが それを構成する木材は数ミリ単位で仕口を変えるのである。大工はCAD図が示すミリ単位以下の数字を読み材に墨付けするという彼が考えた手順を見せてくれた。ひとかたまりの架構が組み上げられわれわれを待っている。これを見ながら細部の検討を行った。全貌の現れる日が楽しみである。
木材量はおおむね600立米、足元から立上る姿を想像している。これまでの木材使用校舎多くが立ち上がり部までをコンクリートに頼っている。今回はまさに本格的木造になるはずである。大工の頭と腕が光るものとなる。楽しみである。建て方の開始も近い。

様々な事情により木造校舎、体育館ともにプロポのときの1,6倍規模に拡大している。「小中一貫校」という話は正確に言うと「小中併設校」であった。この違いは大きいものであった。小学校基準と中学校基準は様々に異なる。特別教室の共用、教官室、校長室の統合についても全てを行うことにはムリがあった。そうした事情が規模の変更につながったと考えている。そのためプロポの中でわれわれの考えた中学校校舎の改修の規模につき変更が余儀なくされ、コンクリート校舎の縮減は手をつけることが出来そうに無い。但し中学校校舎の内装の一部改修、外構の整備など一定規模での整備はできる。何とか快適な教育環境を作り上げるためにこれからの作業を進めることにする。
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# by noz1969 | 2013-03-22 12:08 | プロジェクト

法政大学55年館

13日 法政大学へ行った。お堀の向こう、いつもの市谷校舎ではなく 高層建物のそびえる本館での来期のデザイン工学部建築学科一年生から大学院修士課程までの設計課題に関する会議であった。私も昨年から修士前期の課題を見ている。会議の開始より幾分早くついたこともあり 本当に久しぶりに55年校舎のあたりを歩いてみた。連続するちいさなクロスボールトの架かる三層ほどの低層部を通り例のカーテンウオールの本館に入る、突き抜けると 庭の右手の大きな講義棟の先にはHPシェルの一部分が覗いている。歩きつつあらゆる部分に建物を構想した建築家大江宏の作意と検証の深さを思う。半ば、立ち止まり建物を見渡す人影を確認する。坂本一成さんであった。坂本さんも会議に出席のためにここに来て、開始までの時間を私と同じことに費やしていたのである。会議開始までの短い時間であったが一緒に建物内を歩きながら この建築の深さについて話をした。

会議終了後の懇親会で大江新さんが今年で退任されることを知り、少し懇談した。その折 55年校舎の今後について話を聞くこととなった。数年後の解体が予定されているらしい。なんとも感慨深い。本当にこれで良いのであろうか。建築学科の作成した「アーキテクトマインド」とは何か?という小冊子が懇親会開場にあったが、掲載されている写真は全てこの55年館58年館のものであった。法政大学はマインドを失うことになるのだろうか?
# by noz1969 | 2013-03-15 12:30 | 日記

園田高弘邸で第14回音楽と建築の響きあう集い

昨日は園田邸での 14回目の「音楽と建築の響きあう集い」があった。昨年の末ころに私が 「歌曲の会もあってもいいですね」と言ったらしい。そのことから、園田夫人が準備してくださった。シューベルト「冬の旅」全曲、演奏時間は70分を越える。今回は建築の話の時間は特に設けないこととした。バリトンは近野賢一さん、ピアノは小熊由里子さん、お二人の演奏はもちろんとてもよかったが、大きなホールではなく住宅の中でこの曲を聴くというなかなかない体験ができたことが特に良かったのではないだろうか。私は最前列に腰掛けていた。本当に私の目の前、一、二メートル先で歌われる近野さんの力に本当に引き込まれた。あっという間の70分、同じシューベルト晩年の歌曲をアンコールもしてくれた。その後ワインを飲みながらの歓談、今回初めてお誘いした友人たち数人とと吉村さん談義。皆初めての訪問に興奮しているようであった。園田さんとの話も楽しく尽きることが無い。
今回は奥村まことさんにも来ていただいた。まことさんは二度目の参加であった。先回は昭雄さんと二人での参加であったのだが。夕刻が迫る、幾分暗いあの室内を暖炉の火が明るく照らす。
帰途 林さん富田さん夫妻と奥村まことそれに私達でベトナム料理でのささやかな晩餐、こんな時間を楽しむことになったのも 幾分ほっとするできごとがあったからであろう。
# by noz1969 | 2013-02-25 15:39 | 日記

住宅遺産 フランクロイドライト、プレイリーハウス、フィレンツェへ

フランクロイドライト、ノイトラ、ブロイヤーたちの住宅のいくつもが大事にされていることをニュースなどで知るたびにそうしたことを楽しむ人々が存在するアメリカ市民の底力をうらやましく思う。またそれらのいくつかがトレードされ新しいオーナーによりきわめて健全にレストアされて使われている事例も知っている。家具などを含めてきわめて原形に忠実に復されていたりもする。

私たちの町にもたくさんの時代ごとのすばらしい住宅がある。それらは一度破壊されると二度とは作り出すことの出来ないものだ。だがいまそれらの多くはいとも簡単に壊され敷地は更地にされ建築は産廃となっている。そこには新たに劣悪な住宅が密集し建てられるのだ。
そうなることを防ぐ、欲しい人の手に渡す、何とかしてこうしたトレードを社会の中に根付かせたいものだ。そう考え、昨年末「昭和の名作住宅に暮らす」と言う展覧会を有志の手で開いた。このときの反応のあまりの大きさにわれわれ自身が驚いたのだが、反応の多くは「日本経済新聞」文化欄がこのことを記事として掲載してくれたことによるものであった。

今日のヘラルドトリビューンにあったのはなんとニュ-ジャージーのプレイリーハウスをフィレンツェ郊外に運ぼうと言う「ミッションインポッシブル」?!についての大きな記事である。イタリアの建築家といまこの家を所有するアメリカの建築家のあいだで進みつつあるこの計画はいまのところ未完のミッションである。それなのにそのことを伝えるこの記事の大きさに私達はいささか驚かないか。ひょっとするとこの記事が仲介者となって今回のミッションは急に動き出すかも知れぬ。メディアの役割はいまだ大きいのである。
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# by noz1969 | 2013-02-22 16:59 | 日記

蓼科

春の竣工に向けて 蓼科の別荘地に週末住宅の建設が進んでいる。南に傾斜し眼前ほぼ真正面に八ヶ岳の峯々を見る。実に景観に恵まれた優れた敷地である。一階を斜面地に埋めた二階建て、もちろん下階がコンクリート造、上階が木造である。だから 敷地に接する道路からはほぼ平屋に見えている。大きく見えない、このことを目論んだ計画である。構造は例により稲山さんとの応答により考え出されたものだが、今回、実施レベルで山辺豊彦のサポートを仰いでいる。なんと贅沢な布陣であろうか。おかげで実に面白い架構と成った。未明には零下20度に届く気候、外壁はほぼ固まった。内外の区画はすでに出来ている。オーエムも工事用の仮設電源で動いている。とはいえ仕事をしてくれている人にとってはこの寒さは大変であろう。これからの工事としては家具などの細かいもののほかに一階部分の外断熱工事に伴う外部左官工事がある。今後の気候にもよるが、今年の寒さ、凍結の懸念を考えるとこの工事が可能なのは4月後半になるのかもしれぬ。竣工は連休前ぎりぎりになるようだ。何とかゴールデンウイークにはオーナーを迎えたいものだ。蓼科の別荘は冬季にほぼすべての所有者が不在、もちろん寒さの故である。この住宅の装備がここで始めて冬季にも豊かに過ごすことの出来る環境となる。そうなることを可能とする計画である。
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# by noz1969 | 2013-02-20 23:07 | プロジェクト

建築知識700号

建築知識3月号が届く。特集は「日本の住宅を変えた50人+α」1960年から今日まで「建築知識」誌の記事を手がかりに清家清を始めに50人ほどの建築家を取り上げ振り返っている。私の自邸が取り上げられているが、せっかくの藤塚さんの写真が反転している。きわめて遺憾である。注意深さが編集の命のはずだが。巻末に奥村昭雄を偲ぶ小特集がある。ここでも私の生年が1994と誤植、どうしたことだろうか。

この雑誌の編集長が真鍋弘であった時代におおむね数年に一度ほど手の込んだ特集を彼とともに作ったことが思い出される。最初は「デザイナーの考えた設備」と言う特集であった。三十数年前、1981年12月号である。このとき初めて比較的長い文章を書く羽目になり、四苦八苦した。書いては削り削っては書く、ワープロの無い時代?あったのか?記憶が定かでない。書いたものを断片として原稿用紙に貼りながら前後を入れ替えたりし何とか文意をととのえた。その前文ではNCRビル、アルビーニのリナシェンテ、聴竹居、山越邦彦などを取り上げ、後半いくつかの事例を挙げた。その中で出来たばかりの象設計集団の名護市庁舎の空気の流れが取り上げ沖縄まで取材に行ったことをおもいだす。
300号記念号(1983年7月号)は「原点としての設計スピリッツ」巻頭の文章は私が書いている。「1950年代建築と設計スピリッツ=伽藍が白かったときは再び来るか」、と題したもの。取り上げた建築は神奈川県立近代美術館、SH1, 吉村順三自邸、レーモンドのベーシックハウス、清家清自邸、霞ヶ関電話局、長沢浄水場=山田守など12例、秋山東一、石田信男、黒川哲郎の4人によるもの。当事者とのインタビューなどがいまとなってはきわめて貴重であろう。
その後1987年一月号は特集「北国に学ぶ暖かい住宅」である。上遠野徹さんへのインタビュー、圓山さんのコンクリートブロック住宅のことなどこの記事も懐かしい。この頃 奥村等との「ソーラー研」では断熱と気密が大きな課題であった。この号はその後建築知識が別冊として編んだ「断熱」という書籍にそのまま転載されたこともあった。
1989年1月号「住宅の50年代」ここでは池辺陽広瀬鎌二、清家清、増沢洵の住宅を取り上げ検証している。このとき残念ながら既に池辺さんはなくなられているが他の三人の方々へのインタビューがある。ここで私は清家さんに聞いている。
この頃の建築知識は奥村昭雄の仕事にも興味を持ってくれていた。特に私も参加した新田の体育館の詳細な記事(1984年9月号)、私と共同による阿品土谷病院の同様の記事(1988年6月号)はきわめて丁寧な取材に基づくものであった。
また 2007年には「科学する建築家奥村昭雄」の隔月連載があったが 4回を数えたところで事情により休止している。
これを機に 機会があればこれらのバックナンバーを手にとって見て欲しい。
# by noz1969 | 2013-02-19 15:00 | 日記