ムサビ建築50年

週末ムサビの建築学科の50年の記念の集まりがあった。ムサビの教師としての私の参加は2007年からだから新参者だが 私が高校を終え、大学受験を考えるときムサビの建築学科が開校、ちょうどそれが50年前であった。芸大受験のための予備校の同僚の何人かはここの第一期生である。今回の集まりでそのうちの誰かに会えるか、と思ったが果たすことはできなかった。会場は満員でありどこに誰がいるかはわからない。
ただその後のこの学校の卒業生、教師,OB等 何人かと楽しく話をした。建築を学ぶことが難しく多様になってきている。その中でムサビのような美術系大学での建築教育はいまだ、不思議な勢いがあるように思う。多勢が疲れている中での無勢の存在の意義、またはその潜在する力なのかもしれない。これはとても大きい意味があると思う。
生き生きと仕事をすることは何もマーケッティングに支配されるものではない。個が面白い、と思うことにこそ その力は発揮されるのだと思うべきである。紆余曲折はあろうがこの学校の建築教育に期待したい。一助になる覚悟である。
# by noz1969 | 2014-09-21 19:55 | 日記

カニングハム邸で 思うこと

先日のカニングハム邸でのコンサートに際し 初めて下重暁子さんの「エロイーズカニングハムの家」を急ぎななめに読んだ。もう一度きちんと読まねばならない。ここカニングハム邸、西麻布の家は改めて言うまでも無くレーモンドのデザインであるが、両親が住まいとした軽井沢の家が老朽化により建替えられる折、新しい家を吉村順三が手がけたこと、その後それが下重さんの住まいとなった。このことについて改めて思うことがあった。
新しいカニングハム邸建設のとき 敷地の一部が売られ、その資金で青少年音楽協会のためのハーモニーハウスが作られた。カニングハムさん長年の仕事である青少年に音楽を届ける、私財はこんな形でその継承のために使われ今に残されたのだ。ハーモニーハウス、これも吉村の設計であることはもちろんご存知であろう。そしてこのハーモニーハウスに レーモンドの軽井沢の最初の別邸である『夏の家」=コルビジュエの住宅がモチーフになっていることで有名な=を思わせる構成があることももちろんご存知であろう。中間階からの上下二つの階を結ぶスロープの空間である。
レーモンドの夏の家の前に立つ若き吉村の写真を見たことがある。吉村とレーモンドは夏、ここ軽井沢で長く交流があり そこにカニングハムさんももちろん混じっていたのだろう。吉村がゆるい南傾斜の敷地に立ちハーモニーハウスの構想したとき、そのはじめからこのスロープが思いつかれたのかもしれないなとふと思った。
建築に限らず、人が考えることの面白さはその連綿とした連関にあるのかもしれない。継承することの大切さと構想の連関を確認しそれを傷つけることの無い継承の大切さを思う。其れを忘れた安易な改修捏造は許されることではない。下重さんによる継承は彼女がこの本をお書きいただくにより私たちにつながったのである。
# by noz1969 | 2014-09-18 12:00 | 日記

カニングハム邸で

昨日 レーモンドのカニングハム邸で音楽と建築の会があった。園田邸での催しに引き続きここでの会は以下のようなものであった。住宅の器の小ささ、期待の大きさ、住宅遺産トラストのHPでの公表後あっという間に満員となり このブログでの紹介は控えた。結果は好評であったようだ。これからもこうした活動を続けていこうと共催のMusic Dialogueの方と話をした。【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.2】をお楽しみに。

旧園田邸に素敵な演奏に来て下さるMusic Dialogueさんの「歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズ」に協力させていただくことになりました。
【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.1】
★カニングハム邸「建築 x ジャズ風デュオ 対話の夕べ」
 9月15日(祝・月) 17:00開演、16:30開場
出演:Duo 101(大山平一郎・ヴィオラ、平岡雄一郎・ギター)
野沢正光(建築家)
会場:カニングハム・メモリアルハウス
定員:35名
 カニングハム邸は、都心に残るA.レーモンドによる貴重な木造建築です。日本の青少年の音楽教育に一生を捧げたカニングハム女史は、自邸の設計にあたり「音楽が美しく響く空間を」と依頼されたそうです。根津美術館の深い緑に寄り添う慎ましく静謐な空間で、ヴィオラとギターによるジャズ風デュオの演奏と、建築の話、そして芸術ジャンルを超えた対話をお楽しみください。
共催:一般社団法人Music Dialogue・一般社団法人住宅遺産トラスト
# by noz1969 | 2014-09-16 12:57 | 日記

吉村順三記念ギャラリー 高樹町の家

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吉村順三記念ギャラリーの昨日からの第47回展示が「高樹町の家」。初日に出かけた。「高樹町の家」は奥村まことの担当。本格的和風。すでに家はない。解体の報があったのちにさとうつねおさんが撮影した写真の背景にはマンションばかりが写る。中村外二のしごと。いかに面白かったか、まことから何回もこの話は聞いているが図面を見ながらもう一度聞く。開口部の工夫。建具。まことの図面は2Bの鉛筆。転がしながら描くという。特に書き込み文字を見ると彼女の図面であること一目瞭然。羽仁シュレム邸もまこと。もちろんこちらも吉村順三図面集に収録されている。探してほしい。
今となってはこんな仕事はもうとても難しい。今回の展示は貴重。まこと本人は会期中いつも会場にいるとの話である。ぜひ見に行って話を聞いておいてほしい。9月中の土日13時から17時。維持費として500円。今回の住宅の500円のブックレットの入手も。学生は300円らしい。

http://www.yoshimurajunzo.jp/
# by noz1969 | 2014-09-07 10:12 | 日記

FORTH BRIDGE

先日フォースブリッジを事務所のOB、Oさんが訪ねたことを書いたが その続報である。彼女が見たフォースは2011年、大掛かりな修復の仕事を終えた見違えるような姿であったことが判明した。最近手に入れたこの橋の今回の修復に関する本「FORTH BRIDGE restoring an icon」これがまったくすばらしい。今回の改修の実にすみごとな記録である。このような機会でしか撮影不能であろうと思われるアングルの数々の写真と塗装などの仕事に関わった人々の姿が見事に写されている。そして今回の作業がこの橋をまったく見事によみがえらせていることを写し取っているのだ。私たちが以前訪れた折にもこの橋の一部は塗装中であった。そしてミュージアムで購入したパンフレットの塗装屋の広告には「決して終わらない仕事」とあり笑ったが、それはあくまでメンテナンスのための作業であった。
今回の仕事はそれらとは違ったものであったのだ。今回の徹底的な仕事がここに記録されている。120年前の姿を超えているか、と思わせるほどもみごとだ。橋に取り付きながら作業するひとが橋の大きさを際出させている。
巻末にはこの作業に関わった数千の作業員全員の名前がある。一人ひとりをたたえるこうした記録の刊行はもっと私たちが考えるべきことではないか。作業の任務を個人名で確認する、組織に埋没させないことが仕事を本質的なものにするのではないか。責任と名誉はともに関わったすべての一人ひとりに寄り添う。その理解と合意がプロジェクトを本質的なものとするのではないか。プロジェクトの成否はここにあると考える。
企業に帰すことを当たり前とするこの国の復元のひどさを振り返る。もちろん設計もだ。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/1907945199/ref=oh_details_o02_s00_i00?ie=UTF8&psc=1
# by noz1969 | 2014-09-05 13:34 | 日記

保立道久さんのブログからー国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ

保立道久さんのブログは311以降時折読んでいる。震災以降歴史の読解が大きく進化していると感じながら。以下9月2日「琉球新報社説、国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ」である。ここに引用されている琉球新報社説は私たちが必ず読むべきものと思う。転載させていただく。


以下 保立道久さんのブログから

沖縄は独自の民族的権利をもつという国連委員会勧告がでた。

 私たちの世代だと、沖縄「返還」のときから、つねに問題となり、どう考えるかが問われていた問題である。日本に復帰するということは日本国憲法の下に「復帰する」ことだというのが、復帰運動の論理であり、そのなかで、沖縄の独自の民族的な伝統をどう考えるかは、当面の議論にはしえなかった。ただ、そのころ私は星野安三郎氏の沖縄の独自の民族的権利を強調する講演をきいたことがあり、その趣旨には了解できることが多かった。
 日本国憲法の下に復帰するというのは、もちろん、いまでも一つの重要な筋であることは変わらないが、しかし、他方で、沖縄は独自の民族的権利も明瞭となってきたように思う。
 琉球新報のような沖縄の代表的メディアが、「日本」への帰属・併合は、琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだと社説をかかげ、国連委員会勧告をひいて、「国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある」としたことの意味は重い。

 琉球新報の社説を下記に引用させていただく。

<社説>国連委員会勧告 国際世論を沖縄の味方に2014年8月31日

 昔からそこに住む人たちの意思を一顧だにすることなく、反対の声を力でねじ伏せ、軍事基地を押し付ける。地元の人たちが大切にしてきた美しい海を、新たな基地建設のために埋め立てる。
 国が辺野古で進める米軍普天間飛行場の代替施設建設は、海外の目にはそう映るに違いない。
 国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に対し、沖縄の人々は「先住民族」だとして、その権利を保護する
よう勧告する「最終見解」を発表した。
 沖縄の民意を尊重するよう求めており、「辺野古」の文言は含まないが事実上、沖縄で民意を無視した新基地建設を強行する日本政府の姿勢に対し、警鐘を鳴らしたとみるべきだ。
 国連の場では、沖縄は独自の歴史、文化、言語を持った一つの民族としての認識が定着してきたといえよう。2008年には国連人権委員会が沖縄の人々を「先住民族」と初めて認め、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2009年、琉球・沖縄の民族性、歴史、文化について固有性を指摘した。
 それに対し、国は沖縄を他県と同様に日本民族として、人種差別撤廃条約の適用対象にならないと主張している。
 沖縄はかつて琉球王国として栄え、他県とは違う独自の文化遺産、伝統的価値観を今なお持っている。明治政府によって強制的に併合され、日本の版図に組み込まれ、主権を奪われた。これは琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだ。
 国は、他県ではおよそ考えられないことを沖縄に対しては平然と強いる。これが差別でなくて、何を差別というのか。
 歴史的経緯を踏まえ、国は人種差別撤廃委員会が出した最終見解に従い、真摯(しんし)に沖縄に向き合うべきだ。
 最終見解では、消滅の危機にある琉球諸語(しまくとぅば)の使用促進や保護策が十分取られてないことにも言及している。沖縄側の努力が足りないことは反省すべきだろう。
 自己決定権の核となるのがアイデンティティーであり、その礎を成すのは言葉だ。しまくとぅばを磨き、広め、自らの言葉で自分たちの未来は自分たちで決める権利を主張したい。
 国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある。

付記
琉球新報社説のHPは以下、時に応じ注目したい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
# by noz1969 | 2014-09-02 13:22 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」

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展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」のお知らせ

このたび、神奈川県葉山町の「加地邸」(遠藤新設計/1928年竣工)を会場として、展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」を開催することになりました。

葉山の高台に建つ加地邸は、F.L.ライトの高弟である遠藤新が、建築、照明器具から家具に至るまで総合的に手掛けた極めて重要な住宅建築であり、隅々にまで意匠の凝らされた興味深い作品です。これまで、所有者の意向により、一切公開されてきませんでしたが、今秋に初めて、世代交代への準備として、本邸を公開することになりました。

この貴重な別荘建築が、地域において幸せに引き継がれていくことをめざし、本展覧会で、その第一歩を踏み出したいと思います。

http://hhtrust.jp/news/

https://ja-jp.facebook.com/heritagehousing
# by noz1969 | 2014-08-29 11:17 | 日記

世田谷区役所、再生の模範として

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世田谷区役所の解体が画策されている。長崎市公会堂といい、なぜこれほどに昔のものを壊したがるのであろう。どこかがおかしい。大手のコンサルは決まって床のクラックなどを並び立て解体を誘導する。どうして歴史を大切にし、積み上げられた風景を素敵だ、と思わないのか。

改修され結果、何も考えていないひどい出来の駅で「きれいになったわね」との女性の声を聞いた。新しい=きれい とはなんという短絡であろう。「かわいい」ですべての評価が決まる幼児性とつながる不幸なのかもしれぬ。

戦後すぐに手がけた建築がそのままに使われている。痛みもあるがこの間の改修もひどい。放置されていることも問題である。

50年前の日本の姿は誰も覚えていない。すべては変わってしまっている。吉阪隆正の大学セミナーハウスも50年。当時の写真に写る柚木村の家々はすべて茅葺きであった。当時人口17万の世田谷区にもそうした風景があったはずである。その経済力の中で建設された区庁舎と区民会館は戦後の夢そのものであったのではないか。時間がたどれる重層した風景はきわめて大切な教科書であろう。改修し使い方を変え使い続ける、新しい区役所は其れを前提に考える。役所機能はすべて新しい建物に移せばよいではないか。必要という45000㎡は残りのエリアに建つのである。

小さなシンポジウムが企画されています。会場の都合で定員が限られていますが。参加ください。

9月10日(水)18:30から 
世田谷区宮坂3-13-13生活クラブ館地下一階カフェ&ダイニングmotomoto
JIA世田谷地域会 申し込み先 03-3439-4726(FAX)
                    skyland@jcom.home.ne.jp(E-mail)
# by noz1969 | 2014-08-25 15:19 | 日記

砺波にて 付

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砺波で散居村集落を見のたが 中島家住宅の見学では砺波郷土資料館の方にお世話になった。住宅が資料館が管理運営し公開しているものであった。そして予想外の建築に出会う。郷土資料館の建築が、旧中越銀行本館の移築した壮大な擬洋風蔵造りのものであったのである。。以下に転載したが、長岡平三が基本設計、地元の大工によるものということだが、たしかに外見は蔵造りではある(ただし残念ながら移築、タイル張りに改修されている。本来は黒漆喰である)が、室内は壮大な二階吹き抜けの大空間であり、「伝統の土蔵の架構」では不可能と思われる架構である。詳細は不明だが木造トラスによるものか、と推測する。そうであれば長岡のかかわりは基本設計を超える詳細にわたるものであったのではないか、とも考えた。鏝絵による洋風のレリーフなど当時の職人の技が輸入された意匠を作っている。ところで長岡平三とは?

http://takaoka.zening.info/Tonami/Modern_Building/Tonami-Kyodo-Shiryokan_Museum.htm


全国でも五指に数えられる立派な土蔵造りの銀行建築
 中越銀行は、砺波地方の豪農や豪商によって1894年(明治27年)12月に設立されました。この建物は、中越銀行の本館として、当時の東砺波郡出町大字杉木新村272番地(現在の砺波市本町3-25、富山第一銀行砺波支店のある場所)に1909年(明治42年)7月に建てられました。総工費は、4万5000円でした。
 概要設計は、東京の建築設計技師・長岡平三が行い、実施設計と工事監督は地元の藤井助之焏(ふじい すけのじょう)が行いました。洋風を取り入れた木造土蔵造りで、一部にレンガを使用しています。屋根は破風の大きい入母屋で妻入り、三方に下屋を下ろし、後方にT字型に入母屋屋根を組み合わせています。前口16.3メートル(9間)、奥行き18.8メートル(10間)に正面玄関を設け、建築面積308.8平方メートル、軒高9.1メートル、総高14.3メートルとなっています。内部は吹き抜けの営業室を中心に三方をロビーで囲み、後方は一階に金庫室とその両側に応接室、二階は会議室になっています。化粧材は全て檜を使い、全体をコリント様式(アンカサス装飾)の彫刻でまとめています。建築当初の屋根は本瓦葺き、外壁は黒漆喰塗りでしたが、後に銅板本瓦棒葺き、スクラッチタイル壁に改装されました。
 中越銀行は、太平洋戦争中(1943年(昭和18年)7月)に一県一行の国策により、十二銀行、高岡銀行、富山銀行と合併し北陸銀行になり、この建物は北陸銀行・砺波支店となりました。
 1978年(昭和53年)の都市改造事業のために取り壊されることになりましたが、北陸銀行が建物および移築費を砺波市に寄付し、1989年(昭和54年)に現在の場所(チューリップ公園の一角)に移築復元されました。1982年(昭和57年)に砺波市文化財に指定され、1983年(昭和58年)4月に砺波郷土資料館として開館しました。
# by noz1969 | 2014-08-16 17:43 | 日記

富山と仙台

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日月曜は台風の余波の中、富山であった。仕事であったが井波、砺波と岩瀬には立ち寄る時間をつくった。井波 瑞泉寺見学。石垣に一向宗の思い。砺波 散居村のミュージアムは始めての訪問。そこでお教えいただいた、旧中島邸は迫力があった。茅葺き200年ほど前のもの。公園内に移築、茅葺きの姿は偉容。。南と西に屋敷林を持ち田んぼの中に散在する独特の散居の形態は大きな東向きの切妻屋根いわゆる「あずまだち」である。が、本来はここで見るような急勾配 入母屋茅葺きであったとのこと。圃場整備が盛んに行われた40年ほど前にほとんどの家が切妻あずまたちの今の形に改修されたのだという。典型としてのあづまだち、入道家を見る。
翌朝 岩瀬へ。トラムの壁にdesigned by GKの文字 岩瀬の町並み 北前舟の経済力を彷彿。森家を見る。例により饒舌な解説付き。倉敷紡績の岩瀬工場閉鎖の折、この家が公共に寄贈されたことを聞く。大原家と岩瀬のつながりに驚く。隣は今も現役の馬場家である。解説に寄れば岩瀬一の回船問屋が馬場家、森家は第三位であったとのこと。その馬場さんと吉田鉄郎との縁。ここにくるといつもそれを思う。
火曜は仙台。帰省で新幹線は満席。進行中の建物の上棟である。あいにくの雨天ではあったがすがすがしい式典であった。木造平屋、比較的大きい、シンプルな架構の建築である。秋の終わりの竣工予定。
# by noz1969 | 2014-08-13 14:47 | 日記

連休明けに

連休明けに 元所員Oさんが自宅に。帰ってきたばかりの英国旅行の報告に来てくれた。エジンバラから南下コッツウオルズなどを経てロンドン、という旅程。始まりは フォースブリッジである。ロンドンではキューガーデン、セントパンクラス、パディントン両駅、テートとミレニアムブリッジなど。改修後のセントパンクラスは未見だが 大方は私が薦めたものだ。久しぶりにその姿を見て私も再度見に行きたい気分。彼女からお送りいただいた写真のうち数葉をここにお見せしたい。Oさんの許諾を得ないままです、すいません。
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# by noz1969 | 2014-07-28 13:06 | 日記

長崎市公会堂の廃止に反対する署名にご協力下さい

長崎の中村さんからのメールです。国立競技場だけではない状況です。本当にこんなことでよいのか?考えざるを得ません。
以下中村さんからのもの、そのまま添付しておきます。署名にご協力を。

これまで、長崎市公会堂の存続にご協力いただいた皆様、並びに、関連するイベントにご参加いただいた皆様へ

長崎都市遺産研究会では、市内の文化団体とともに、長崎市に対して、公会堂の存続要望を行ってまいりましたが、先月の市議会で、来年3月末での廃止が可決されました。貴重な歴史的遺産であり、重要な芸術文化活動の拠点が、簡単に壊されてしまうことは非常に残念です。

長崎新聞記事: http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2014/06/26090942013680.shtml
西日本新聞記事:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/nagasaki/article/97431
毎日新聞記事:http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20140623ddlk42070268000c.html


これに対して、「長崎市公会堂の保存活用をめざす市民の会」が結成され、「長崎市公会堂の廃止」に反対する署名活動が始まりました。
私たち長崎都市遺産研究会も賛同団体として署名の呼びかけに参加しています。
賛同いただける方は、下記、ホームページから、署名用紙をプリントアウトして、ご署名の上、「長崎市公会堂の保存活用をめざす市民の会事務局」までご郵送下さい。
http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/2211/


尚、署名は、居住地や年齢を問いません。ご家族、ご親戚、ご友人、同僚、知人の方々へも広げていただき、長崎市公会堂を私たちの手で守りましょう。年内中に10万人の署名を目指しています。
(送付先)〒850-0027長崎県長崎市桶屋町52番地 長崎自動車学校ビル1階 長崎市公会堂の保存活用をめざす市民の会事務局
7月27日(日)開催の「ながさき熱人ミーティング」会場(長崎市公会堂、午後1時から4時)でも、署名活動を行いますので、お近くの方はぜひご参加下さい。
http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/2255/


公会堂は、被爆から10年後の昭和30年から始まった「長崎国際文化センター構想」のもと、長崎県内の公務員や民間の社員が、毎月乏しい給与の中から1000分の1づつを建設基金として積み立てた「1000分の1運動」によるもので、県内の児童たちも、なけなしのお小遣いを寄付していたようです。
この運動は、国内だけでなく、ロンドンタイムスや、ニューヨークタイムスなど各国の新聞で報じられ、大きな反響を呼びます。
1000分の1運動に共感した人々が、長崎の復興のために、世界中から寄付を寄せて下さいました。

これらの経緯や背景を詳細に記した資料が見つかり、当研究会では復刻本を出版しました。
ぜひ、一度ご覧いただき、復興の記憶を継承するために、ご活用いただけると幸いです。
入手方法等については下記でご案内しています。
http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/2132/

また、5月23日に開催したトークライブの模様は、下記から、ご覧いただけます。
http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/2123/
YOUTUBEの動画は、こちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=fQezT3Kp70s


以上、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

長崎都市遺産研究会事務局(一宇一級建築士事務所内)

担当:中村、泉

〒850-0065長崎市入船町7-5

TEL:095-861-8626

FAX:050-3153-0049

e-mail:kokaido.nagasaki@gmail.com


http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/2211/
# by noz1969 | 2014-07-24 13:25 | 日記

三連休が、、、

週末三連休のはずが日曜日のみ休日、ということに相成った。土曜、法政大学大学院の講評、月曜横浜国立大三年生の前期後半の課題講評であった。法政の最終講評は以前から土曜日であり横国は今年度から月曜が設計課題エスキス日となり休日の授業は4月の段階からわかっていたことではある。
法政大学院の課題は4月から7月までの長期の課題である。途中 中だるみすること無く 息が続くかが、成果に大きくつながるが、今回各学生の地元を敷地として選択することとしたのは好結果であった。ふるさとを考えることが一定の成果となり、作品に地域ごとの課題が反映されたし、建築のタイプにも地域ごとの状況を踏まえ バリエーションががあった。ただ時間をかけた割には思索密度が厚いとはいえぬものが過半。どうしたことか。
反面 国大三年生は前期の課題が二課題あり前半はグループ設計でそれを受けてその後半の課題である。敷地も前半課題と同じ、隣を考えることとなる。横浜市内の難しい敷地である。何とか格闘を続けてそれが結果となったのだが、図面の精度など 成果物には 数人を除き不十分さが残る。提出までの時間管理が出来ず 作業を闇雲に続けた結果プレゼンをまとめうことが不十分 ということであろう。ただエスキスの段階で大きな模型での検討がこの学校では普通のこととなっていることなど、建築を考える熱意と意思は高いレベルにある。加えて 手書きのスケッチによる継続的な検討が重要であることを再認識すべきかとも思う。女性が例年以上に圧倒的に成果を挙げていたのはなぜだろうか?
# by noz1969 | 2014-07-23 12:25 | 日記

吉田鉄郎 旧馬場家牛込住宅 重文指定へ

幾分旧聞になるが 吉田鉄郎の旧馬場家牛込住宅が重文指定の答申、とのニュースがあった。二ヶ月ほど前である。中郵東京の改悪、大阪の解体と吉田鉄郎の建築の代表作の災難が続く中、このニュースは少し うれしい。この本格的な和風住宅も耐震を理由に解体か、との風聞もあったと聞く。
吉田鉄郎の仕事、そしてその存在はもっともっと多くの人に知ってほしい。
記事に建築家の名前が無いのが不満である。また一部解体の箇所は?この建築の傍に長官宿舎スペースを建築とあるが誰が?

以下毎日配信記事

社会
文化審答申:重文に旧馬場家牛込邸


 ◇大震災前までは最高裁長官公邸

 文化財審議会が16日、重要文化財に指定するよう答申した旧馬場家牛込邸は木造2階建てで敷地面積3837平方メートル。1947年に国が富山市の豪商から購入し、最高裁長官公邸とした。三淵忠彦(みぶち・ただひこ)初代長官から今年3月に退官した竹崎博允(たけさき・ひろのぶ)前長官まで17代が居住した。

 老朽化と東日本大震災の影響で、耐震性の問題が浮上。長官は震災以降、目黒区の裁判官宿舎に移り、利用されなくなっていた。建物は今後、耐震改修して最高裁の来賓応対の場に使う。

 併せて建物の一部を解体し、敷地内に長官宿舎スペースを増築する。【川名壮志】

2014年05月17日 02時49分

検索していたら以下を見つけた。念のため

「最高裁判所長官公邸の整備に関する有識者委員会報告」
平成21年6月
最高裁判所長官公邸の整備に関する有識者委員会


http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/812005.pdf
# by noz1969 | 2014-07-15 11:39 | 日記

ムサビ M1短期課題

ムサビの大学院で短期の課題を出している。課題は毎年変えているのだが、今年はムサビ最寄り駅の国分寺駅前が大規模に改変され更地になっていることを条件に仮設の施設、たとえばコンサートのためのステージ、を考えろ、というものとした。施設の用途内容を含めてきわめて面白いプロジェクトが並んだ。この学校の強みは考えることに自在であることを遺伝子にしていることだろうか、きわめて自由な発想で考えることができている。その上大学院の学生は4年のトレーニングを経て、建築的思索とはどのような要件の下にあるのか、に気づいている。
伸縮するドームをポリカで作る、ひっぱられた布によるシェルター、使用を待ち保管され積み上げられている鉄筋によるもの、パンタグラフの展開によるステージ、もちろん定番の足場用単管の構成のものも。このほかもじつに面白いものがおおくあった。
転じれば巷間、残念ながら 自在に考えることが禁じられているのではないか、と思われる思考停止の中に多くの学生がいるように思う。社会にもそうした傾向がある。以前も書いたと思うが耐震改修のために「減築」を計画し、役所に持ち込んだ折に経験した「ブレースの付加以外の方策による対応は一軒も無く許可が難しい」、といわれたことなどに顕著な、自由な思考を許されないレベルの低い許認可などがその例だ。がんじがらめなのだ。こんなことでは現況を批評的に見ながら新たな社会を探すことなど出来ようもあるまい。何より3,11を経験したわれわれは、これまでの価値観から抜け、まったく新たなそれへ離陸することが求められているし真剣な思索が求められている。
ムサビの学生の今後に期待したい。
# by noz1969 | 2014-07-07 12:01 | 日記

愛農 三重県建築賞

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三重県建設業協会主催の「三重県建築賞会」で我々の設計した愛農高校森館小谷校舎が会長賞に選定された。もっとも価値のある表彰が県知事賞でありそのほかに県内の設計者施工者に限定の賞が二つあり、会長賞がある、という位置づけである。。知事賞はRIAの設計した集成材による保育園であった。県外の設計者である私たちの仕事の会長賞としての評価はこの知事賞に続く評価ということだろう。当日表彰式会場に赴いた。校長先生、福田豊工務店社長と一緒に表彰状と記念品を受ける。配布された資料にあった審査委員による講評は実に的確に我々の仕事を理解し評価していただいたことを示す綿密なものであった。学校にとってもまた工務店にとっても今回の表彰はうれしい出来事であろう。もちろん我々設計にたづさわったものにとっても。
これを機会にぜひ愛農学園のHPをご覧いただきこの学園について改めてを知っていただきたい。新たに動画での学校紹介がなされていてよくこの学園の様を表現している。この学園の理想が少しずつ実現していくことを願う。
http://www.ainou.or.jp/gakuen/
# by noz1969 | 2014-06-29 10:49 | 日記

三加和小中学校記事 日経アーキテクチュアに

日経アーキテクチュアの最新号が木造の比較的大架構のものを特集している。三加和の記事もある。山辺さんとの試行錯誤のプロセスが紹介されています。ご覧ください。
# by noz1969 | 2014-06-23 11:17 | 日記

国立さんを囲む会

国立競技場の建替えの話は本当にヘン。というか、この国のデモクラシーの行き詰まりの現れだろう。だから強引なところが安倍さんとおなじ。これに声高に言うオルターナティブもいけないわけではないが、正面からでは同じ穴の狢?「国立さんを囲む会」という試みはそうした中での知恵かも。名前からして真性オルターナティブのにおい。7月5日15時 ご参加を。

http://kokuritsu.sakura.ne.jp/
# by noz1969 | 2014-06-20 13:36 | 日記

パッシブデザインコンペ

パッシブデザインコンペが公示されています。パッシブデザイン協議会主催

http://www.passive-design.jp/seminar/index.php

私のほか難波和彦、秋元孝之、清家剛、野池政宏の諸氏が審査委員です。多くの方々の応募を期待しています。

(住宅部門)
パッシブデザインに配慮した住宅(リフォーム含む)の実物件および計画案。
※パッシブデザインの観点からの事前評価(温熱および省エネ性能)、事後検証(温湿
度およびエネルギー消費量実測)を実施しているものは、評価の加点対象となります。
(施設・建築部門)
パッシブデザインに配慮した施設物件の実物件および計画案。
また、パッシブデザインを導入する上で採用する技術(製品・計画手法など)も対
象とします。
※パッシブデザインの観点からの事前評価(温熱および省エネ性能)、事後検証(温湿
度およびエネルギー消費量実測)を実施しているものは、評価の加点対象となります。
# by noz1969 | 2014-06-17 17:28 | 日記

自宅 夏姿

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久しぶりに晴れた。我が家の栴檀、花はだいぶ前に終わり 今 緑が盛りである。大きな影を落としている。南面の窓に例年通りよしずを吊るした。裏の窓のゴーヤのネットにつるが上り始めている。今年は朝顔も植えている。団子ばかりではなく花も見よう、という欲張りである。
# by noz1969 | 2014-06-13 12:08 | 日記

岩本組倒産

昨日 Mさんから電話。岩本組が民事再生法の適用を申請、との話であった。長年良質な建築を作ってきた中堅工務店の倒産に驚く。吉村さんの仕事などでなじみがあり、私も数度仕事をしてもらった。
建設不況から一時のバブルの様相を呈しているかに見えていたのだが、状況はそんなに甘くはないのかもしれない。堅実でまともな仕事をする工務店ほど厳しい状況なのではないか。一方で安価でとても長期は持ちそうもない景観をもまったく配慮のない建築が蔓延している。こちらは高い利益率を誇り実はきわめて儲けているのである。

帝国データバンクより転載
「東京」 (株)岩本組(資本金2億400万円、東京都北区田端1-23-16、代表鈴木豊彦氏、従業員52名)は、5月29日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。

 申請代理人は丸山幸朗弁護士(東京都千代田区大手町2-6-1、電話03-3272-0101)。監督委員には澤田和也弁護士(東京都港区虎ノ門1-4-2、電話03-5510-7703)が選任されている。

 当社は、1933年(昭和8年)5月創業、44年(昭和19年)3月に法人改組した。一般個人から受注金額1億円以上の高級注文住宅やマンション、アパートなどの集合住宅、公務員宿舎などの建築工事、不動産賃貸のほか、官公庁の入札に参加して小中学校などの文教施設や公務員宿舎等も受注。近年は収益性の観点から下請受注を抑え、元請での受注を強化。東京都内を中心に、千葉県や埼玉県などをはじめとした関東近県でも営業を展開し、2001年12月期には年売上高約64億2600万円を計上していた。

 しかし、建築基準法改正の影響などから受注が減少し、2011年12月期の年売上高は約39億8500万円に減少。そうしたなか、近年の建築費用の高騰などから、昨年度に実施した公共工事において大幅な赤字を計上し、資金繰りが困難となったことから、自力での再建を断念した。

 なお、今後はスポンサーの援助を受けることも視野にスポンサー候補者とも協議を行う方針。

 負債は2013年12月末時点で約32億8800万円。
# by noz1969 | 2014-06-11 11:40 | 日記

公共建築賞授賞式

昨日公共建築賞の授賞式があった。立川市庁舎での優秀賞受賞だ。会場が文京区春日、文化シャッターのホールであった。このホール、私は初めての訪問である。関東エリアでは6つの建築が表彰の対象であった。建設時を通じてもっとも多くの仕事を担った古川さんが市から参加、表彰状を受けた。われわれも表彰状をいただく。この賞は市としてもぜひほしいものであったと聞く。審査委員長の講評を聞きながら この公共建築賞という顕彰が建築作品としての質のほか、運用の面、企画の面、など なるほど公共建築賞らしい評価点によるということを新ためて確認する。市民による構想の策定、市民委員会のかかわりなどを思い出しながら こうした取り組みが評価されたのだと安堵した。できれば市民の代表がこの席にいればなおよかったが。

今回表彰されたエリアごとの最優秀は全国で23作品 関東エリアがそのうち6点だからほかに17作品が各地で表彰されたことになる。この先 建築用途ごとに全国でひとつづつが最優秀賞となるとのこと。先週このための二度目の現地審査もあったのだが さてどうなるであろうか??
# by noz1969 | 2014-06-10 11:11 | 日記

岡山へ

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岡山へ。JIA環境ラボの省エネ法対応の作業が四国中国エリアの会員により連続セミナーという形で展開している。第一年度のセミナーの最終回で話すのが主目的であった。
前日、岡山県立大学の学生にちょっと話をする。同大学の福濱さんに声をかけていただいたことによる。岩本さんと稲山さんの手になる異形の建築、同窓生会館を見る。写真での印象に比べ大きい。回転双曲面の合理的形態に納得する。
翌日、本番のセミナーへ、会場は大角さん設計の高校の90周年記念館。記念館は木造、伝統的工法とトラス構造による興味深いもの。話者は私と四国の重鎮山本長水さんの二人。伝統、地域建築がその根拠とする地域性をいかに今日的課題とすりあわせるか、地域が積極的にその成果を実証することが必要ではないか、地域の主体的自力が何より必要なのではないか、と話をしたつもりである。終了後倉敷に移動、これも大角さんの改修になる蔵で会食。
翌日楢村さんの事務所訪問、町を案内いただく。倉敷の住宅改修がこれほど広範に行われていることを確認する。日曜ということもあり観光客も多い。久しぶりの倉敷散策であった。
今回は訪問できなかったが 以前見た前川國男岡山県庁舎を再訪してみたいと帰途考えた。大高正人担当である。もちろん後楽園、吉備津神社、閑谷学校なども。
# by noz1969 | 2014-06-02 11:39 | 日記

カニングハム邸訪問

所用あり 先日カニングハム邸を訪問した。なんともいえない時間であった。レーモンドの住宅建築のひとつの頂点か。新発田の教会、軽井沢のレーモンド邸、三重大学内にある旧図書館などに比べると「丸太」の露出は思いのほか少ない印象だが。よく見ればすべての独立柱も吹き抜けにある丸太二つ割の頬杖もすべて丸太なのである、ラワンベニアの壁天井の印象が強いせいかと思うが 紛れもないレーモンドの建築である。空間は思いのほか大きい。ピアノを中心とした音楽室であることを前提とした空間の故であろう。
ところで レーモンド関連のことで驚く「事件」がある。戦前に刊行された「アントニンレーモンド建築詳細図譜」が復刻刊行されている。鹿島出版会から。16000円。表紙の布地 リング綴じの装丁、紙質まで かなり忠実な復刻である。こんな企画がこの価格で実行できるとは!最近の出版界が力を失っているという中でこんなことができるとは本当に驚きである。この調子でいけば「アントニンレイモンド作品集」の復刻もあるかも知れぬと思った。期待しよう。
# by noz1969 | 2014-05-28 15:31 | 日記

関西へ 「箱木千年家」へ

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大分以前のことだが一時 あるデザインスクールで教えていたことがある。その折学生であった人との同窓会が週末京都であった。デザインスクールの建築科には他の大学で何らかの学業を積み卒業をし後にここに再度入学した、という人もいた。当時大学は闘争の余波を受け十分な教育を行う環境でなかったこともその原因であったのであろう。彼らと私との年齢差はごくわずかなものであった。久しぶりに大昔を懐かしく思った。
大阪泊 の翌日、懸案の「箱木千年家」を訪ねた。学生時代からだから半世紀の懸案であっていまだ見ていない住宅である。そのころの「箱木千年家」は写真によるものであったのだが驚くほど大きな一続きの屋根が印象深いものであった。ダムの工事に伴い以前の位置から70メートルほど移動、再築された姿は 室町期の部分と江戸期の部分に分離され中間部を埋めていた諸室が取り払われた姿になっている。考証の結果であり文句はないのだが、室町期の部分は当然ながら江戸以降は改修され江戸期なりの姿になっていたのである。それが室町期のオリジナルに復元されたということで、ここにあるそれはそれで見事にすごい。特に恐ろしく低い茅葺きの屋根とその内部の見上げるようなすがたには圧倒される。いわば大きな竪穴住居が地上1,4メートルほど浮き上がったものともいえよう。復元にあたった研究者には耐え難い面白さがあったのではないか。
ただ思うのである。考えてみれば 今の姿のように室町期のオリジナルと江戸期のオリジナルが並立して建っていたときは過去一度としてないのである。時間の中で改修が重ねられ姿を変えていた。その経緯をホゾの位置などを確認した。そうしながら二棟の姿を原型に戻したはずである。そうであるとすればこの家の600年ほどの永きにわたる変貌の時々のすがたもある程度正確に確認できそのような作業をされたのではないだろうか。その変化こそ興味深いはずである。その面白さをたどることができる復元の方法はなかったのであろうか。と思った。
ここにある今、がつまらないのでは決してない。じつに面白い一流の復元であることは言うまでもない。ただこの建築がたどった永い時空を空想する手立てがほしいと思った。
# by noz1969 | 2014-05-26 12:01 | 日記

残さんばさ公会堂トークライブ

長崎の中村さんから届いたメールである。武基雄さん設計の公会堂の存亡の危機、多くの方々が立ち上がっている。可能な方のご参加をお願いしたい。

http://www.nagasakicitylegacy.info/topics/1970/

トークライブ開催趣意書

 すでにご承知の通り、長崎市では公会堂を取り壊して、そこに新しい市役所を建設する計画を発表しています。これに対して私たちは公会堂の存続・再生をもとめる立場から、市に要望書を提出し、また市議会には意見陳述の機会を得てきました。その過程で、次第に明らかになってきたことも少なくありません。

 例えば、長崎市はこれまでに議論を積み重ねてきた結果であることを主張していますが、公会堂の建築的な価値や都市的な意義について、まともな議論をした形跡はまったくありません。それどころか、建築的には素人の人が多い委員会に対しては、現在地での建替えの難しさを強弁し、一方では公会堂の老朽化や耐震補強の難しさを強調するために誤った情報を提供するなど、議論を都合よく誘導してきた疑いもなしとはしません。さらには、市の計画をそのまま実現するためには、現在の前面広場を都市公園の指定から解除し、また地区の容積率を積み増ししなければならないことも判明してきました。しかし市がもし自己の都合で都市計画決定を変更するようであれば、今後のまちづくりにおいて民間を規制する根拠を失うことになってしまいます。これはとんでもない暴挙と言わざるを得ません。

 また他方で、そもそも公会堂の建物は、現代の私たちがそんなに安易に取り壊してよいものかどうか、もっと大事なものではなかったのか、といったより根本的な疑いも同時に出てきています。全国の他都市では、公会堂と建設時期が近い公共施設を保存改修し、これからのまちづくりに資するような試みもすでに出てきています。

 長崎市にとっての宝ものであり、市民の財産でもある公会堂について、もう一度立ち止まって考える機会をつくろうとするゆえんです。多くの方々のご参加をお待ち申し上げます。

開催要項

主  催  長崎都市遺産研究会
開催日時  2014年5月23日(金) 午後6時30分開場 7時開始
会  場  メルカ築町プラザホール(長崎市築町3番18号)
参加費   無料
申込方法  事前お申込みの必要はありません。直接会場にお越し下さい。

内  容  問題提起 林 一馬(長崎都市遺産研究会代表・長崎総合科学大学名誉教授)
      パネルディスカッション
        パネリスト
         松隈 洋(DOCOMOMO JAPAN代表・京都工芸繊維大学教授)
         小田浩爾(元長崎県総務部長)
         本田時夫(株式会社梅月堂代表取締役)
         尾上明美 (長崎市民劇場代表幹事)
         
        コーディネーター
         林 一馬
# by noz1969 | 2014-05-22 13:55 | 日記

大学セミナーハウスで

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週末八王子の大学セミナーハウスで話をした。吉阪門下の人々が今もこの建築群を含む環境の維持保全にかかわっている。そのかたがたをコアとする集まりに呼ばれたのだがその他多くの人が参集してくれた。久しぶりの吉阪建築は50年を経て相変わらず圧倒的である。ピラミッドを逆さに立てた本館のコンクリートはきわめて健全であった。室内の計画の緻密さは上階に導く会談に顕著に現れている。密度が高い。木造の今後のこと、産業革命以降のわれわれを取り巻く状況、などはなす。後、ワインを飲みながら歓談する、これも深夜に及んだ。翌朝の散歩も楽しかった。50年前の建設時このあたりは樹木のない草地であったという。薪炭の採取の結果の禿山であったのではないか。当時の写真を見ると建設中のセミナーハウスの下に集落があり数棟の家が写っている。それがすべて茅葺きなのだ。江戸から時間が止まった風景が当時ここにあったのだ。今日、ここから見えるものはその後の50年で展開した多摩ニュータウンの住宅群が広がる景観である。時間の進み方がいかに早いものであったかを考える。この先の50年、ここがどのような景観となるのであろうか。
# by noz1969 | 2014-05-19 17:44 | 日記

うみべかふぇ

昨日逗子に所用。終了後「うみべかふぇ」に赴く。10年ほど前、歯科クリニックを依頼されこの地に小さな鉄骨三階建ての建物を作った。「うみべ歯科」という。そのコンバージョン。20日ほど前に開業、それが「うみべかふぇ」である。昨年、たまたま奥の大きな家が売りに出た。歯科の拡充が懸案であった。そんなタイミングで歯科医院を奥の家を改造し移動、空いたところに「かふぇ」ということが考えられたのである。相談には乗ったが特にこちらが手を動かすことも無くプロジェクトは進行し歯科医院が改修され奥へ移転、それからほぼ一年後にめでたく「かふえ」の開業となった。
ストーリーはもっと面白い。実は奥の家は二階建てででかい。住居はこの二階に収まる。この結果今まですまいとしていた家がひとつ余る。これが湘南で著名なサーファー建築家故佐賀和光さんの設計のものである。家主はこれをR不動産に仲介依頼、結果この家は5人の方々の住む賑やかなシェアハウスとして生まれ変わったのである。
かふぇへの改造は元佐賀さんのスタッフであった方の手になる。昨日は彼も駆けつけて来てくれ楽しい宴会となった。
営業の形はすこしずつ考えながら変化するようだ。実に気持ちの良い、昔からかふぇであったかのようなスペースです。是非お近くにお越しの折は覗いてやってください。
http://suecco.com/blog/88.html
https://www.facebook.com/umibecafe?ref=stream
# by noz1969 | 2014-05-14 11:18 | 日記

長大作さん訃報

事務所に出て、机上のハガキを見た。長さんの弟さんからの訃報であった。残念だ。以前確か弟さんのいらっしゃる近傍に越された、と聞いていたから親族の方に見守られなくなられられたのであろう。5月一日。92歳であった。
長さんが90歳の折に底に90と書かれたご自身デザインのお猪口が送られてきたことがある。ごく最近まできっとお元気であったのであろう。
坂倉事務所時代の活躍とその後の家具デザイナーとしての活動はつとに知られるところだ。奥村の木曽の工房でも長さんのデザインした家具が作られている。私の事務所にも何度か足を運んでくださった。
時代が早く過ぎて行く。御冥福を祈る。
# by noz1969 | 2014-05-12 12:06 | 日記

世田谷区庁舎を巡るシンポジウムがあります

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5月29日(木)18時半から 世田谷区庁舎についてのシンポジウムが開かれます。世田谷区が17万人の人口であった頃 (1959,1960年竣工) 前川國男により設計され建てられた 区役所庁舎と区民会館は 前川建築の中でも極めて優れたものである、という方もいる名作です。が、目下あれこれあげつらわれ解体を目論む勢力があります。一部の見方では議員の大方、職員の大方がこの姿勢であるとも言われます。

今回のシンポジウムの参加者は添付の資料の通りです。私を含め行政とのやり取り=庁舎計画推進委員会検討部会(有識者アドバイザー会議)といいました。=では歴史的価値のある建築物を再生し残しながら新たに必要とされる新庁舎の整備を行うべし、との見解でありました。しかし行政のまとめた「整備方針」にはそれを正確に反映されたとは言いにくいものとなっているのです。何が何でも壊したいのでしょう。
古いものは壊すでは歴史的文化的視点が少しも無いではないか、と思うのですが、どうしたものでしょうか。50年間本格的な改修手入れがなされずに置かれたものが時代に合わないものとなるのは自明です。半世紀ほっておいて陳腐化させ、その度に新築、ということが今後も続けられるということはありえません。根本からそののことを考え直さなければならない という至極自明なことが経済?の論理で 通じない国は世界中探してもこの国ぐらいしかないのではないか、と憤ります。
時代の要請と歴史の意義を尊重しながら数十年ごとにきちんと手を入れ使い続けていくことこそ本来採るべき姿勢でしょう。区民会館を、庁舎を今日の要求に合うよう改修し使い続ける、そこにまず知恵を使うべきです。そして今日90万人近い人口を抱える(急速に人口減を迎えることも考えつつ)区政のために必要な新たに作られる庁舎、との調和を計る、これこそが採るべき方策であると思うのですが。
区長も参加します。是非御参加下さい。
# by noz1969 | 2014-04-24 13:39 | 講演