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検証 ソーラータウン府中

府中 東芝の門前に作られた16棟のソーラーハウスによる「ソーラータウン府中」は目下その性能の検証作業に入っている。東京都が首都大須永研究室に依頼し建設主体である相羽建設、設計者であるわれわれも会議に参加している。LCCM住宅、太陽電池搭載,もちろんOMによる暖房換気給湯を行う長期優良住宅として設計されている。モデルハウス一棟を除きすべての建物が居住者の方がいらっしゃる。
何とか夏季のエアコン使用を控えていただけるよう配慮はしたがなんといっても東京郊外の蒸暑である。サーモグラフィで撮影された外部の状況はいくつかの室外機からの廃熱でそこが真っ赤に染まっていることを示すものであった。周囲の植物による比較的低い温度の表示とのコントラストが痛々しいほどであった。高効率エアコンの設置はCASBEEの認定条件である。市の指導により屋外機の設置が緑道側にならざるを得なかったことにもよる。室内の状況を快適にすることとその結果の深刻さ。温暖化の根拠を絵で見せられた思いである。このいたちごっこをどのように片付ける方途があるのだろうか。
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by noz1969 | 2014-09-30 12:36 | 日記

後楽園にて

岡山でのJIA大会に参加、日曜に戻った。その朝、後楽園に行く、これが今回の楽しみであった。鶴を放つイベントに遭遇、多くの観客とアマチュア?カメラマンが見守る中、数羽の丹頂が低く飛ぶ。飼育が途絶えていた鶴は郭末若(本当は末に三ずい)によりプレゼントされ復活したとのこと、今日の日中の関係について思う。晴天の後楽園、中洲であることによるここだけの風景を堪能する。園内の田んぼはまもなく刈り入れだろう。茶畑は青々している。梅林もある。こうした農業生産が景観の一部になっていることも面白い。と思って解説のパンフレットを見ると歴代藩主池田候のころ、広々と広がる芝地のほとんどは畑であったとの記述があって驚く。芝の広がる印象深い庭園が!!畑であったのかと!芝となったのは明治から、とあった。と、驚きながらこの風景を改めて見ると池田さんの考えに一寸納得する。庭園には馬場がある。もちろん屋敷があり茶室があり能舞台があり八橋の架かる池があるから、遊興の場であったのではあるが、敷地のほとんどは農業生産のための場であり、藩士が乗馬などのトレーニングをする実用の場あったということになる。一寸物知りになった。ちょっと池田さんにシンパシーを持った。
by noz1969 | 2014-09-29 15:48 | 日記

ドミノで

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小金井で進行中のプロジェクト、戸建のドミノ住宅が上棟、昨日現場へ赴いた。子供がふたり、四人の家族のための家。ドミノの幾分の変形。屋根面の南側が登梁、北半分が水平梁という構成。このタイプはロフトが取れる上に広々としたスペースもあり、気持ちよさそうだ。竣工が楽しみ。
by noz1969 | 2014-09-24 12:19 | 日記

ムサビ建築50年

週末ムサビの建築学科の50年の記念の集まりがあった。ムサビの教師としての私の参加は2007年からだから新参者だが 私が高校を終え、大学受験を考えるときムサビの建築学科が開校、ちょうどそれが50年前であった。芸大受験のための予備校の同僚の何人かはここの第一期生である。今回の集まりでそのうちの誰かに会えるか、と思ったが果たすことはできなかった。会場は満員でありどこに誰がいるかはわからない。
ただその後のこの学校の卒業生、教師,OB等 何人かと楽しく話をした。建築を学ぶことが難しく多様になってきている。その中でムサビのような美術系大学での建築教育はいまだ、不思議な勢いがあるように思う。多勢が疲れている中での無勢の存在の意義、またはその潜在する力なのかもしれない。これはとても大きい意味があると思う。
生き生きと仕事をすることは何もマーケッティングに支配されるものではない。個が面白い、と思うことにこそ その力は発揮されるのだと思うべきである。紆余曲折はあろうがこの学校の建築教育に期待したい。一助になる覚悟である。
by noz1969 | 2014-09-21 19:55 | 日記

カニングハム邸で 思うこと

先日のカニングハム邸でのコンサートに際し 初めて下重暁子さんの「エロイーズカニングハムの家」を急ぎななめに読んだ。もう一度きちんと読まねばならない。ここカニングハム邸、西麻布の家は改めて言うまでも無くレーモンドのデザインであるが、両親が住まいとした軽井沢の家が老朽化により建替えられる折、新しい家を吉村順三が手がけたこと、その後それが下重さんの住まいとなった。このことについて改めて思うことがあった。
新しいカニングハム邸建設のとき 敷地の一部が売られ、その資金で青少年音楽協会のためのハーモニーハウスが作られた。カニングハムさん長年の仕事である青少年に音楽を届ける、私財はこんな形でその継承のために使われ今に残されたのだ。ハーモニーハウス、これも吉村の設計であることはもちろんご存知であろう。そしてこのハーモニーハウスに レーモンドの軽井沢の最初の別邸である『夏の家」=コルビジュエの住宅がモチーフになっていることで有名な=を思わせる構成があることももちろんご存知であろう。中間階からの上下二つの階を結ぶスロープの空間である。
レーモンドの夏の家の前に立つ若き吉村の写真を見たことがある。吉村とレーモンドは夏、ここ軽井沢で長く交流があり そこにカニングハムさんももちろん混じっていたのだろう。吉村がゆるい南傾斜の敷地に立ちハーモニーハウスの構想したとき、そのはじめからこのスロープが思いつかれたのかもしれないなとふと思った。
建築に限らず、人が考えることの面白さはその連綿とした連関にあるのかもしれない。継承することの大切さと構想の連関を確認しそれを傷つけることの無い継承の大切さを思う。其れを忘れた安易な改修捏造は許されることではない。下重さんによる継承は彼女がこの本をお書きいただくにより私たちにつながったのである。
by noz1969 | 2014-09-18 12:00 | 日記

カニングハム邸で

昨日 レーモンドのカニングハム邸で音楽と建築の会があった。園田邸での催しに引き続きここでの会は以下のようなものであった。住宅の器の小ささ、期待の大きさ、住宅遺産トラストのHPでの公表後あっという間に満員となり このブログでの紹介は控えた。結果は好評であったようだ。これからもこうした活動を続けていこうと共催のMusic Dialogueの方と話をした。【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.2】をお楽しみに。

旧園田邸に素敵な演奏に来て下さるMusic Dialogueさんの「歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズ」に協力させていただくことになりました。
【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.1】
★カニングハム邸「建築 x ジャズ風デュオ 対話の夕べ」
 9月15日(祝・月) 17:00開演、16:30開場
出演:Duo 101(大山平一郎・ヴィオラ、平岡雄一郎・ギター)
野沢正光(建築家)
会場:カニングハム・メモリアルハウス
定員:35名
 カニングハム邸は、都心に残るA.レーモンドによる貴重な木造建築です。日本の青少年の音楽教育に一生を捧げたカニングハム女史は、自邸の設計にあたり「音楽が美しく響く空間を」と依頼されたそうです。根津美術館の深い緑に寄り添う慎ましく静謐な空間で、ヴィオラとギターによるジャズ風デュオの演奏と、建築の話、そして芸術ジャンルを超えた対話をお楽しみください。
共催:一般社団法人Music Dialogue・一般社団法人住宅遺産トラスト
by noz1969 | 2014-09-16 12:57 | 日記

吉村順三記念ギャラリー 高樹町の家

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吉村順三記念ギャラリーの昨日からの第47回展示が「高樹町の家」。初日に出かけた。「高樹町の家」は奥村まことの担当。本格的和風。すでに家はない。解体の報があったのちにさとうつねおさんが撮影した写真の背景にはマンションばかりが写る。中村外二のしごと。いかに面白かったか、まことから何回もこの話は聞いているが図面を見ながらもう一度聞く。開口部の工夫。建具。まことの図面は2Bの鉛筆。転がしながら描くという。特に書き込み文字を見ると彼女の図面であること一目瞭然。羽仁シュレム邸もまこと。もちろんこちらも吉村順三図面集に収録されている。探してほしい。
今となってはこんな仕事はもうとても難しい。今回の展示は貴重。まこと本人は会期中いつも会場にいるとの話である。ぜひ見に行って話を聞いておいてほしい。9月中の土日13時から17時。維持費として500円。今回の住宅の500円のブックレットの入手も。学生は300円らしい。

http://www.yoshimurajunzo.jp/
by noz1969 | 2014-09-07 10:12 | 日記

FORTH BRIDGE

先日フォースブリッジを事務所のOB、Oさんが訪ねたことを書いたが その続報である。彼女が見たフォースは2011年、大掛かりな修復の仕事を終えた見違えるような姿であったことが判明した。最近手に入れたこの橋の今回の修復に関する本「FORTH BRIDGE restoring an icon」これがまったくすばらしい。今回の改修の実にすみごとな記録である。このような機会でしか撮影不能であろうと思われるアングルの数々の写真と塗装などの仕事に関わった人々の姿が見事に写されている。そして今回の作業がこの橋をまったく見事によみがえらせていることを写し取っているのだ。私たちが以前訪れた折にもこの橋の一部は塗装中であった。そしてミュージアムで購入したパンフレットの塗装屋の広告には「決して終わらない仕事」とあり笑ったが、それはあくまでメンテナンスのための作業であった。
今回の仕事はそれらとは違ったものであったのだ。今回の徹底的な仕事がここに記録されている。120年前の姿を超えているか、と思わせるほどもみごとだ。橋に取り付きながら作業するひとが橋の大きさを際出させている。
巻末にはこの作業に関わった数千の作業員全員の名前がある。一人ひとりをたたえるこうした記録の刊行はもっと私たちが考えるべきことではないか。作業の任務を個人名で確認する、組織に埋没させないことが仕事を本質的なものにするのではないか。責任と名誉はともに関わったすべての一人ひとりに寄り添う。その理解と合意がプロジェクトを本質的なものとするのではないか。プロジェクトの成否はここにあると考える。
企業に帰すことを当たり前とするこの国の復元のひどさを振り返る。もちろん設計もだ。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/1907945199/ref=oh_details_o02_s00_i00?ie=UTF8&psc=1
by noz1969 | 2014-09-05 13:34 | 日記

保立道久さんのブログからー国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ

保立道久さんのブログは311以降時折読んでいる。震災以降歴史の読解が大きく進化していると感じながら。以下9月2日「琉球新報社説、国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ」である。ここに引用されている琉球新報社説は私たちが必ず読むべきものと思う。転載させていただく。


以下 保立道久さんのブログから

沖縄は独自の民族的権利をもつという国連委員会勧告がでた。

 私たちの世代だと、沖縄「返還」のときから、つねに問題となり、どう考えるかが問われていた問題である。日本に復帰するということは日本国憲法の下に「復帰する」ことだというのが、復帰運動の論理であり、そのなかで、沖縄の独自の民族的な伝統をどう考えるかは、当面の議論にはしえなかった。ただ、そのころ私は星野安三郎氏の沖縄の独自の民族的権利を強調する講演をきいたことがあり、その趣旨には了解できることが多かった。
 日本国憲法の下に復帰するというのは、もちろん、いまでも一つの重要な筋であることは変わらないが、しかし、他方で、沖縄は独自の民族的権利も明瞭となってきたように思う。
 琉球新報のような沖縄の代表的メディアが、「日本」への帰属・併合は、琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだと社説をかかげ、国連委員会勧告をひいて、「国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある」としたことの意味は重い。

 琉球新報の社説を下記に引用させていただく。

<社説>国連委員会勧告 国際世論を沖縄の味方に2014年8月31日

 昔からそこに住む人たちの意思を一顧だにすることなく、反対の声を力でねじ伏せ、軍事基地を押し付ける。地元の人たちが大切にしてきた美しい海を、新たな基地建設のために埋め立てる。
 国が辺野古で進める米軍普天間飛行場の代替施設建設は、海外の目にはそう映るに違いない。
 国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に対し、沖縄の人々は「先住民族」だとして、その権利を保護する
よう勧告する「最終見解」を発表した。
 沖縄の民意を尊重するよう求めており、「辺野古」の文言は含まないが事実上、沖縄で民意を無視した新基地建設を強行する日本政府の姿勢に対し、警鐘を鳴らしたとみるべきだ。
 国連の場では、沖縄は独自の歴史、文化、言語を持った一つの民族としての認識が定着してきたといえよう。2008年には国連人権委員会が沖縄の人々を「先住民族」と初めて認め、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2009年、琉球・沖縄の民族性、歴史、文化について固有性を指摘した。
 それに対し、国は沖縄を他県と同様に日本民族として、人種差別撤廃条約の適用対象にならないと主張している。
 沖縄はかつて琉球王国として栄え、他県とは違う独自の文化遺産、伝統的価値観を今なお持っている。明治政府によって強制的に併合され、日本の版図に組み込まれ、主権を奪われた。これは琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだ。
 国は、他県ではおよそ考えられないことを沖縄に対しては平然と強いる。これが差別でなくて、何を差別というのか。
 歴史的経緯を踏まえ、国は人種差別撤廃委員会が出した最終見解に従い、真摯(しんし)に沖縄に向き合うべきだ。
 最終見解では、消滅の危機にある琉球諸語(しまくとぅば)の使用促進や保護策が十分取られてないことにも言及している。沖縄側の努力が足りないことは反省すべきだろう。
 自己決定権の核となるのがアイデンティティーであり、その礎を成すのは言葉だ。しまくとぅばを磨き、広め、自らの言葉で自分たちの未来は自分たちで決める権利を主張したい。
 国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある。

付記
琉球新報社説のHPは以下、時に応じ注目したい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
by noz1969 | 2014-09-02 13:22 | 日記