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東京駅頭にて3 シンポジウム

東京中央郵便局についてのブログを二回書いたが以下のシンポジウムの知らせが届いた。内田先生も参加されるとのこと。是非 多くの人が参集されるよう、ここに転載します。

- シンポジウムのご案内 -
都市環境におけるモダニズム建築の保存・活用の意義
– 東京・大阪中央郵便局再開発事業における文化財保護のあり方 -
東京中央郵便局の再開発工事が本年5月に完成する予定である。一方、大阪中央郵便局の解体工事が2月に発注された。どちらも国指定の重要文化財としての価値があると評価された建物ながら、文化財として適切な保存方法が選択されたとは言い難い計画である。東京中央郵便局については登録文化財として登録することが検討されているが、これからの日本の建築文化財の保護を考えた時、はたして登録文化財として指定することが妥当と言えるか、大きな課題である。シンポジウムでは、東京・大阪中央郵便局の保存・活用問題を中心に、都市環境におけるモダニズム建築の保存・活用の意義や、市民の意識の問題など、広範に議論を行い、今後のモダニズム建築の保存の方策を探る。
<主催> DOCOMOMO Japan
<後援> 日本建築家協会関東甲信越支部保存問題委員会(依頼中)
日 時:2012年4月28日(土)13:30~17:00(予定)
場 所:芝浦工業大学芝浦キャンパス801教室
〒108-8548東京都港区芝浦3-9-14
JR山手線・京浜東北線田町駅芝浦口から徒歩3分
地図 http://www.shibaura-it.ac.jp/about/pdf/access_shibaura.pdf
司 会:篠田 義男(建築家)
記 録:渡邉研司(東海大学教授)
参加費:500円(資料代)
1. 主旨説明 南 一誠(芝浦工業大学教授)
東京・大阪中央郵便局の再開発工事に関する一連の経緯、保存に関する市民等の活動を紹介し、本シンポジウムの開催主旨について述べる。
2. 講 演
① 建築家 吉田鉄郎と逓信省の建築 (東京大学名誉教授 元日本建築学会長 内田祥哉)
② 市民活動の意義 -東京中央郵便局を重要文化財にする会の活動を通して-
(建築家 兼松紘一郎)
③ モダニズム建築の保存活用の意義 (東京大学名誉教授、青山学院大学教授 鈴木博之)
④ 旧東京中央郵便局の建築史的価値から見た「保存」 (東京工業大学教授 藤岡洋保)
⑤ 大阪中央郵便局を守る会の活動の意味 (流通科学大学名誉教授 長山雅一)
(休憩)
3. 討論 司会:篠田 義男(前掲)
4. まとめ 兼松紘一郎 (前掲)
by noz1969 | 2012-03-30 11:42 | 日記

再び東京駅頭へ

昨日 休日であったが事務所に。用務が終了後 汐留へ昨日が最終日の 今和次郎の展覧会に出向いた。既に今回刊行されたカタログを見ていたし、「日本の民家」などの書籍や文庫本化されたものなどにより知るものも多くあるが資料のオリジナル、本物に触れることの興味深く驚きの時間であった。。その後帰宅のため東京駅方面に向かう山手線に乗る。東京駅に差し掛かるところで車窓から東京中央郵便局の姿が見えた。仮囲いの向こうに外壁工事中の部分が見える。正面向かって左側、ファサードが回りこむあたりである。明らかに新しいタイルを貼っている。これを確認することをもくろみ下車。目前にしたのは明らかに新しい躯体に新規のタイルを貼ると言うものであった。行われていたのはコンクリート下地にメタルのガイドを付けそれにタイルを引っ掛ける、まことに今日的施工である。この部分は一度コンクリート躯体を解体し修復した部位であろうか。但し使われているタイルは既に現れたファサード全体を白く極めて均一に覆うものとまったく同一である。つまりどこかにオリジナルの部分がありそれとの違いが見えるという部位が全くないのである。先日のきわめて悪い予感、危惧を確認することになった。「復元された」ファサードは全て新規に作られた、「フェイク」である。白々とした偽物である。本物の姿を借りているだけなおたちが悪い「詐術」のようなものである。保全されたような形を当初とりながら(確かに解体当時、ファサードは一時残され一見保全されているように見えるときがあった)このようなことであれば中に8角形の断面の黒い列柱があるはずもないではないか。東京の顔、東京駅の目の前の記憶の継承がこのようなことでタイルによるとはいえ「書きわり」で良いのであろうか?本物を知らない人々がこれを見て吉田鉄郎の仕事であるとおもう、そのことを嘆く。
東京駅の復元部がレンガタイルであり平滑であることも確認した。これもどうしたことであろう。これでよいのか、もっと誠実な手段はなかったのか。皮肉に見ればここでは明らかに「新築部」と「既存部」に違いが見える。既存部を尊重し新築部を明らかなフェイクとして作った、と見えるのだ。但し、これも東京駅という竣工後重文にしようと言うモニュメントをそのような意図で再現したとは考えにくい。とすれば「これでいいのだ」という復元設計者の明らかな「眼力」の結果ではないのではないか。ディズニーランドのような復元がまかり通る、このことが私たちの鑑賞力のなさ、審美眼の欠如、歴史に対する敬意の不足を表示している。
by noz1969 | 2012-03-26 16:24 | 日記