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士会連合会会報に

士会連合会会報「建築士」12月号に記事を寄せた。連載「環境時代の住宅設計」第二回吉村順三のパッシブデザイン-環境と建築 その先駆として というタイトルである。この連載は編集を担う方からの依頼で関与することとなったもので、住宅設計現場での環境にかかわる部分を 実際に即したものとして 連載記事としたい、との意向によっている。打ち合わせの中で ひとりの記述による連載ではなく 日本各地の様々な環境の中での試みを実作を通し 直接携わった人々に書いていただくのが 良いのではないか ということになった。幸い 昨年には環境省の主導で企画され 各地の建築家の手による地域に根ざした「エコ住宅」20棟が建設されてもいる。こうした事例の測定データも徐々にあるまりつつもある。これ等を含め様々な試みをドキュメントし評価,議論することが一定の意味を持つだろうと考えたのだ。連載は一年または二年にわたる予定で、寺尾信子さんがこの作業のコアとなり企画が練られ連載は先月号よりスタートしている。
今号は吉村さんの軽井沢「森の中の家」という極めて著名な住宅を取り上げつつ、この住宅ががいかに配慮に満ちたものであるか、特に環境面で、を示し、これから記事として現われる今日的の試みの前提として考えたいという意図によっている。4ページの短い記事ではあり特に目新しい指摘があるわけでは無いかも知れぬとも思うが幸いカラーページである、できる限り鮮明な図版と写真により紹介したいと心がけた。この機会にこの住宅がいかに合理に満ちたものであるか、再確認していただけたらと思う。そしてこの連載の展開に期待していただきたい。
by noz1969 | 2010-11-29 13:25 | 日記

逗子小坪の住宅その後

この住宅は新建築の「住宅特集」が本紙の別冊、季刊として発刊されていた時期の今から25年ほど前のものだ。集熱部の改修についてはこのブログでも先回触れたが、一新したシステムは順調に快適な室温を作り出している。設計当時、室内空気の循環によるものであったが今回小屋裏からの外気取り入れに改修したがこれも思いのほか簡便にできた。コンクリートブロックの穴に屋根で暖めた空気を通し、ブロック本体に蓄熱するという思いつきはこの住宅の少し前に設計した八ヶ岳の別荘で試みたもの。このときは北海道のセラミックブロックを床に水平に敷き温風を通した。
今回屋根裏機械室への出入りをスムーズにするため,小階段を付けた。面白い姿になった。
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by noz1969 | 2010-11-18 13:03 | 日記

聖アンセルモ目黒教会

昨週半ば、八戸に出向く前日、木曜に目黒雅叙園で日経主催シンポジウムがありここで話をした。例によって「環境と建築」について。盛況、多くの参加があった。以前にもここに呼ばれたことがある。雅叙園に来るたびに昔のここを思い出す。目黒川沿いに驚くほど長く続く木造建物、河側の幅広の廊下、それに比べ馬鹿に小さな穴倉のような畳部屋の列、廊下にちりばめられたキッチュな絵(この一部が今の雅叙園のあちこちにはめ込まれている)ここで何をするのだろう、といぶかしく思った。それにしても何の用事で赴いたのであったのか。記憶が無い。
講演終了後、駅までの長い坂を上りつつ、アンセルモ教会を思い出す。息を整えるためにもちょっとのぞくことにしよう、と決める。ここも久しぶりである。極めて薄いコンクリートの庇が訪れる者を迎える。折板の壁、背後からの光、屋根は逆さに架けられた連続する円弧、ボールト。コンクリートだけの建築。見事である。あちこちに鋳物や鉄のオブジェそして引き手、床のモザイク、ゲート。アントニン レ-モンド そしてノエミ レーモンドの跡。1954年竣工とのことだが、今も見事に美しい。
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by noz1969 | 2010-11-16 14:28 | 日記

八戸にて 2 デザコン

八戸でのデザインコンペティションが土曜、日曜にわたり八戸市民会館を会場に開かれた。審査委員として立ち会う。全国からの参集であり会場は熱気に満ちている。1000人の参加、という。この季節のわりに八戸は暖かい。好天。部門は私たちが審査に立ち会う「空間部門」それから「ものづくり部門」「環境部門」「構造部門」の計4部門である。「空間部門」は既に応募作品による予選選考を行っているからそこで絞られた13作品がエントリー。土曜にプレゼンテーションを行う。この日は審査委員との応答のみが行われた。終了後5点に絞る。翌日曜日、決戦がこの5チームによって戦われた。ここでは会場からの質問が設定されていた。これが審査委員の指摘しなかった問題を新たに提起するという形である。それを受けわれわれ三人の最終の討議、結果、豊岡の楽楽浦に長くあった舟屋を新たに作りそこをコミュニティ施設とする提案が最優秀、となる。米子工業高専の作品であった。発見した地域の面白さ、集落の調査が行き届いていること、過去の舟屋の建設のささやかさを踏襲したいという視点の独創、などを評価した結果である。これとは別に、日曜昼前に一時間ほどの講演を行ったが、終了後、釧路高専の先生からの質疑を受ける。後ほどの自己紹介でかれは以前釧路で開催されたPLEAに学生として参加したとのこと、そういえば今回のホスト役、八戸高専のMさんは僕が日大で教えた人だ。時がたったことを実感する。
会場で見て最も面白いのは「構造部門」であった。300グラムのヒノキ材で1メートルほどの橋を作り載荷実験を行うもの。しかもユーパックの箱に収まるよう3分割したものを会場でジョイントするという条件付。申告予想荷重まで載荷する。予想を超え耐えるもの、載荷を開始したところで崩れ落ちるもの、様々。破壊され崩れるときの音は衝撃的である。表彰は最もおおきな荷重に耐えたものだけでなく、考え方に秀でたものにも賞が与えられたようだ。この審査委員にも日大での教え子、O君がいる。閉会式を無事終わり帰る。舞台づくり運営に携わった人々はほっとしていることだろう。大変ご苦労さまででした。
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by noz1969 | 2010-11-15 13:37 | 日記

八戸にて

全国の高専の建築系の学科が集まるデザインコンテストの本選が明日あさっての二日にわたりここ八戸高専を舞台となり行われる。審査に立ち会うため今日からこの地に赴いている。準備に忙しい中、八戸高専の建築系の先生、Mさんが私の対応をしてくれた。準備に大きな齟齬をきたしたのではないかと申し訳なく思う。Mさんの車で懸案の御所野遺跡に連れて行っていただいたのだ。紅葉が盛りである。御所野遺跡は緩やかに下る丘の開かれた広大な草地だ。例により工業団地建設の途中で発見されたものであると言う。土中から火災で焼失したと考えられる竪穴住居が現れたのである。それら住居の検証によってこれが茅葺ではなく土により覆われ緑に覆われた住居であったことが確認されたという。ここに復元された土葺き屋根の竪穴住居は数棟ごとの群れとなって点在し建てられている。解説によれば実に500棟の集落であったと言うがどのようにこの棟数を確認したのだろうか考古学は私たちが立ち入る隙のある学問のように思われる。この季節であってもこれら竪穴住居の土の屋根には未だ豊かに緑が残る。遠くの山並みを背景に手前は大小の緑の土饅頭ー竪穴住居ーがいくつも存在する、実に優れた景観である。竪穴の室内は予想通り掘り込まれていて深い。丸太の階段を下る。一メートルを越える深さだ。入り口近傍に石に囲まれた囲炉裏。ここには焼けた薪が炭になり残る。室内はスモークのにおいが漂う。この復元住居が体験的な場として使われている証拠だろう。
竪穴住居がこの国において長く基本的な「住まい」であったのではないか、という仮説はここ、御所野遺跡の復元住居の写真を見せてもらったことにもよっている。今回の訪問でこの住居が予想通りの温熱環境を持つものであることを確認した。実に暖かいのだ。
八戸に戻り夕食である。八戸である。よって魚を食べる。この経験も豊かである。
明日は高専の学生諸君の力作をじっくり見せていただくことになる。
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by noz1969 | 2010-11-12 20:33 | 日記

大沢昌助と父大沢三之助展

大沢昌助と父大沢三之助展が10月31日から12月23日まで、練馬区立美術館で開催中である。高名な画家、大沢昌助と建築家であったその父を中心とした展示である。予想を超えて三之助の資料が充実している。昌助の弟、三郎さんは私が大高事務所時代 大変世話になった人だ、三郎さんは当時前川事務所の重鎮であった。大高の依頼により週末われわれの事務所に来てくれ面倒を見てくれたのだ。週末の土曜日、定期的にに掃除の人が入る日があった。その折には事務所を追い出される、そうした折、私が大沢さんを独り占めすることになった記憶がある。芸大出が私だけであったせいだったのだろうと思う。前川さんのこと、昔のデティールのことなど様々な話を聞いた。いつもにこやかな人であった。兄の昌助さんについても話が出た。「兄貴の展覧会がいついつどこそこである」という案内であったが兄の話をすることが実に嬉しそうであった。そういえば目下改築の話題があり危機を向かえている?世田谷区役所の正面のおおきなレリーフは昌助の手になるものである。三郎さんが兄貴に頼んだのだろう。その大沢三郎さんの父と兄の展覧会である。日曜日、IさんSさんと待ち合わせ美術館へ赴く。三郎さんの息子さん二人が待っていてくれる。われわれの観覧は、この二人の大沢さんそして今回の展覧会をまとめた学芸員の上山さんが解説をしてくれるという、これ以上無い贅沢なものであった。三之助さんの資料が極めて充実している。東大、大阪府、芸大などの所蔵のほか今回多くの資料が大沢昌助さんの息子さんや三郎さんの息子さんの家から発掘されたというものが面白い。三之助と息子たちの家族、彼らの生きた時代が手に取るようだ。そして大沢三之助とその時代の建築家たち、彼らの仕事がどんなものであったかに光が当たる発見的な展示ともなっている。工部大学校造家学科が建築学科になり、東京美術学校図按科(こう書いたらしい)が図按科第一部(工藝図按)と第二部(建築装飾)の二部制に至る時代が浮き彫りになる。、また美術学校設立時より懸案であった建築科の立ち上げの立役者が三之助であったことなどをしることが興味深い。大沢三之助と子供たちの家庭の様子をうかがい知る「紙映画」の実演が12月11日にある。学芸員のギャラリートークも各土曜にあるようだ。是非お出かけを。
by noz1969 | 2010-11-09 11:46 | 日記

重力暖房とオンドル

フランクロイドライトの重力暖房についてはソーラーキャットの総集編「日本の建築デザインと環境技術に採録されている「再考;近代日本の建築デザインと環境技術=小玉裕一郎、難波和彦、野沢正光」(初出GA1998夏号)に写真がある。ジェイコブス邸の工事中の地下部分をライトが覗き込んでいる写真だ。コメントに帝国ホテルの仕事で来日の折に体験したオンドル体験が基になっているといわれている、とある。フランクロイドライト1958年刊THE NATURAL HOUSEに自身の明快な記載があることを再確認した。「ユーソニアン住宅2」に重力暖房とタイトルがあり 東京でのオンドル体験が書かれている。もちろん帝国ホテルでの来日(1914年)の折のことだ。大倉男爵宅に招かれた折に邸内の「朝鮮の間」に案内されたこととその快適さがほかの部屋の寒さと比較しながら記載され、これが重力暖房のヒントとなった、と書かれている。ライトのオンドル体験は朝鮮半島への旅によるものでは無かった。東京にオンドル部屋があったのである。当時の日本の上流階級の趣味としての「朝鮮」が「グラビティーヒーティング」を導いたことが面白い。この当時柳宗悦等が朝鮮半島への興味と共感を示すが、大倉男爵の邸宅内の「朝鮮の間」の存在はこうしたことと関連するのであろうか。興味は尽きない。
「ナチュラルハウス」は私の書棚に長くある。今回確認したのはそれの読み直しによるのではなく書店で偶然見つけた ちくま学芸文庫版「フランクロイドライト「自然の家」富岡義人訳による。「ライトの著作が文庫になっているのか」との興味で買い求めてパラパラとめくっての再確認であった。昼飯後の書店散歩がつまらない。書店の閉店、そして残った大型?チェーン店には面白い本が無いのだ。その中で各社の刊行する一部の「新書」「選書」そして「学芸文庫」の類にかろうじて手が伸びる。後は都心に出向いたおりのの大型書店での渉猟と「アマゾン」ということになる。
by noz1969 | 2010-11-08 11:32 | 日記

河庄

もう大分日がたつが 北九州でJIA大会があった折に博多中洲の「河庄」に赴いた。大げさではあるがここを訪問することが長年の懸案?機会があったら、と考えていた。今回の九州大会は千載一遇!であった。吉村順三1959年デザインの割烹、1959年といえば私が芸大で吉村に教えを受ける以前の竣工である。それが今も50年の歳月を感じさせないたたずまいでここにある。小さな敷地の中層の打ち話しコンクリートの建築、角に面する入り口の二階はPCのルーバー、一階部は木製の格子が回る。一階にはカウンターが「への字」に設えてある。客がお互いに気にならない構えだ。その上 店の者にとっては客の様子がつかみやすい。今言うオープンキッチンである。煮焼きもするおおきな厨房が客の目の前にある。こうしたレイアウトの店舗は当時極めて稀であったはずだ。もちろん下ごしらえのスペースは裏手に用意されている。内部の木部、ルーバーと縦羽目板は柾目の米松であろう。いわゆるピーラー。天井はおおきな板目の合板、材はケヤキであろうか、経年のせいもあり私にはわからなかった。もちろん当時のままのヒノキのカウンタ、ー、その固定の椅子の足にだけに鮮やかな彩色がある。この椅子の仕掛けとともにほほえましい。もちろん板前は気配りの効く対応、料理の水準は言うまでも無い。この「店舗建築」が半世紀を姿を変わることなく盛業であることに圧倒的な豊かさを感じる。博多という土地の豊かさか?世間では店舗ほど盛衰が激しいものは無いというのが常識ではないか、その中でここのすごさは一様ではない。建築は手入れが行き届き往事のまま現役だが女将は三代目であるという。帰りしな二階の座敷を見せていただく。ここも原型のままである。広間の床の左に小さな洞床様の棚が三段に重なる設え。どこかにヒントがあるのか、はたまた吉村の独創か?建物は時間がたつほどよくなる。ただし使い手の建物への愛着と手入れがそれを可能にする、そう思う。また行こうと思う。
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by noz1969 | 2010-11-06 15:21 | 日記

愛農高校ブログ

愛農高校のブログ「農業高校の校舎をつくろう」の記事が更新されています。
OMの様子などが書かれています。是非ご覧になって下さい。
by noz1969 | 2010-11-04 20:43 | 野沢正光建築工房

デザコンin八戸

「全国高等専門学校デザインコンペティション2010in八戸」の空間デザイン部門 審査委員長を務めます。
講演も行いますのでお近くの方、ご興味ある方は是非お立ち寄り下さい。

「全国高等専門学校デザインコンペティション2010in八戸」
会場:八戸市公会堂・公民館
日程:平成22年11月13・14日 
講演:「ゼロエネルギー住宅の試み」平成22年11月14日11:00-11:45
※詳細はホームページでご確認下さい。
by noz1969 | 2010-11-02 22:35 | 講演