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パッシブハウスはゼロエネルギー住宅

「パッシブハウスはゼロエネルギー住宅」とタイトルされ、「竪穴住居に学ぶ住宅の未来」とのサブタイトルを冠した本を上梓した。昨日手元に見本版がとどいた。手前味噌ではあるが上出来のように思う。版元は農文協、百の知恵双書の第19巻目。このシリーズもちろん真鍋弘さんによる編集である。ちなみに表紙カバーは私がこのシリーズで2003年に出版した「住宅は骨と皮とマシンからできている」と同じ杉田比呂美さんによる。西方さんから拝借した御所野遺跡の復元竪穴住居をモデルハウス展示場に見立てた楽しいイラストである。
内容はこれからの住宅が抱える大いなる宿題と長く続く住まいという習慣、これらの両方を引き続き引き受けそれら二つをともに考えること、その多重であるがうえの面白さ、課題、そこを考え書き進めたのだが何とか私が今、思うことを著すことができたのではないかと思っている。もちろん一般の人々に読んでいただこうと考えての執筆である。極力わかりやすく平易な言葉で著したつもりである。3月始めには書店に置かれるのではないか。ぜひ手に取りページを繰っていただきたい。そしてぜひお買い上げを。
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by noz1969 | 2009-02-25 22:09 | 本・DVD

日曜

22日は特別な日曜日であった。たくさんのゲストが我が家に押しかけたのだ。以前から教えている学生たちを招き、我が家を開くことは宿題のようなことになっている。「呼んでくれないか」、とのリクエストがある。今回もそうしたことを受けて数人に声をかけたのであったが、こちらも偶のことだからとあちこちまとめて、と思ったこともあり立錐の余地なし、に近いことになってしまった。幾分の目算はあった。それはこの機会に「東京中央郵便局」の窮状を知ってもらいたいということであった。私は先日周囲を仮囲いに覆われたそれを見たばかりである。そうだ「この機会に富山テレビの製作したあの番組を見てもらおう」と考えたのだ。私自身も久しぶりに見た。改めて実にレベルの高い一級の史料価値をもつ番組であることを確認、初見のときと同様涙腺が緩むおもいを持った。これほどの成果、これほど豊かな知性の営為、その産物をなぜ無きものにするのであろうか。思いはかれらに必ず伝わったであろう。そう期待したい。
後半は一昨年東工大での指導をサポートしてくれた中井君の執拗な質問攻め(笑)にたじたじとしながら楽しい時間をすごした。人が予想より多く幾分足りなかったようだったが食物はカミサンが作ってくれた。めったにあってもらっては困る一日であったであろう。多謝。
by noz1969 | 2009-02-25 20:36 | 日記

Fさんから

Fさんからメールをもらう。先日のブログについてのコメントであった。「いま、57?」とのタイトル、以下の内容である。私信であるが一部をここに転載させてもらおう。

野沢 正光 様

いつも、楽しく読ませていただいています。

三菱一号館、
煉瓦をあんなにきちっと積んでは、
現代の日本人の煉瓦造で、
明治時代の煉瓦造にはなるはずがない・・・
が、
三菱一号館の解体は、1968年 昭和43年では?
高校生?
歳のさばをよんではいけませんよ。(笑)

ありがたい指摘である。コメントへの共感を寄せていただいたと思っている。
返事を出す。
おひさしぶりです。ブログを見ていただいている、冷や汗をかきます。
調べず書くとますます冷や汗です。一号館だけが残っている姿を僕が見たのが高校生、その後近づいていない、と言うのが事実のようです。訂正します。勘違いを記憶と思ってしまっています。
いま57だといいんですが、、、(笑)
野沢正光
by noz1969 | 2009-02-22 11:36 | 日記

三菱村

今日、逗子に行く。6年前の仕事のアフターケアである。現地で逗子在住の建築家Nさんに会う。ここでお会いして何の不思議もないのだが自作の前である。照れる。東京までの電車も偶然だが知人との同行となる。彼の話す実に面白い企画、それについてあれこれ話し合う。丸ビルで広島からの知人と合流。昼飯。そばを食う。20年前のこと、関わった人、など懐かしい様々を話す。
実はその前に幾分の時間があった。その時間に中央郵便局を巡り、三菱一号館の前までのトリップを行った。中央郵便局の現況は厳しい。どうしたものであろう。先日「重要文化財にする会」からのメールで大庇が撤去された、との知らせを受けている。仮囲いが厳重であり確認はできなかったが吉田鉄郎のこの建築がどの程度保全されることになるのか、大きな懸念が残る。ここに超高層を無理やりはめ込むためには現建物のファサードのみを仮面のように残すことしかあるまい。禍根が残る結果が見える。
抜けて仲通に出ると竣工間近の三菱一号館に出る。ここにあるのはディズニーランドのにおいのするコンドルの亡霊である。これが壊されたのは私が高校生であったときであろう。いくばくかの記憶の中にある時間を経たそれと「新築」されここにあるものは大きく異なる。今日半世紀を経てそれが再び亡霊のようにここに現れたのだ。このくらいのものを現前させることは屁でもないのか。ただし再現されたそれは不思議にリアルでない。なぜだろうか。後ろに控えるこれを成立させる根拠としての新築ビルの醜悪さがその意図を物語っているように思われる。
壊したものの価値が再評価されるときそれを再現すること、それは容易なはずはない。中央郵便局を半世紀後に再現する、思うだけでそれは悪夢である。以前にも記したが東京駅の三階部から上の再生がレンガタイルによるという、そのことに同様の危惧を思う。あまりにものんきすぎるのではないか。災害などによる再生についてはいたし方がない側面がある、ただ本物とする努力はここでも必須であるのではないか。
ただし経済的意図による破壊、それに基づく再生は論外であろう。一号館の破壊はその半世紀前の事実であり、中央郵便局は今日の事実である。オーセンティシイ、それは経過した時間がそこに存することにこそある。傷つき痛み、直され、尊重され、改修された時間、それが物語る様々な人々の時間、それが景観であり、歴史である。刷新され、芝居の舞台のような書割になっていく丸の内。
広島の友人を案内、銀座に出、「うおがし銘茶」へ、6年前の仕事を見てもらう。
by noz1969 | 2009-02-18 20:54 | 日記

パッシブ&アクティブハウス 

週末、銀座でセミナーがあった。「パッシブ&アクティブハウス」と題され低炭素社会の先進住宅設計と副題にある。一昨年のJIA環境建築賞、住宅部門で最優秀であった栗林賢次さんを招いてのものである。準備をしてくれた寺尾信子さん、そしてわたしが今回のコメンテーターであった。的確にわかりやすく栗林氏が自作を解説し、寺尾さんは訪れた印象とそこでの実測の結果について話す。寺尾さんの賢明なデータ分析がこのセミナーを実に説得力のあるものにしている。環境建築賞も実は寺尾さんのサポートによるところが大きい。私は栗林さんの「亀山」の出自、それとわれわれの考え実行してきたものとの連続について話す。様々な知見の集積そしてそれを踏まえる「予感」の大切さとそれを実証する事実の確認、そうしたことがまれに面白い結果を生む。「亀山」はそうした事例であろう。100人を越える参加者が今回の催しへの期待を物語っていたのではないか。会場には大勢の知己がいた。
終了後栗林氏はじめ数名で「うおがし銘茶」に行く。店の前であれこれと説明、店長が気づき出てきてくれなんとファサードを操作してくれた。一同声を上げてこれに答えていた。その後の懇親会も盛り上がる。終了の後、再び「うおがし銘茶」前へ。シャッターの下りた風情を鑑賞する。通りがかりの人に依頼し皆で記念撮影まですることになった。その後「三州屋」で二次会。日本酒に刺身、のどぐろなどを食す。銀座に三州屋のあることのありがたさを実感する。こうした催しを続けたい。寺尾さんと相談し今後の企画を考えよう。
by noz1969 | 2009-02-08 19:09 | 日記

大多喜

大多喜の町役場は今井兼次の設計、1959年の竣工である。今回この建築を残し活用、敷地の後方に新しい庁舎を作ることを前提にするプロポーザルコンペがあった。われわれも参加、金曜夕刻に提出した。知人からこの話があり、「ぜひ応募せよ」とのことであった。
大多喜には数年前シンポジウムに呼ばれて訪れたことがある。企画は千葉県内のいくつかの現代建築を見ながら大多喜に向かい(そこには大高正人の県立文化会館、図書館などが含まれていた)最終地のここで近代以降の建築の保存活用などを考えると言うものであった。
シンポジウムは通常議場としても使われる大会議室を借り開かれたが、そこは平屋の庁舎の下階にある明るいつつじの植え込みに囲まれたガラスの開口の空間であった。そこを私は印象深く覚えている。平土間のどのようにでも使うことのできるしつらえ、室外の明るい緑に満ちた広がりに続くこの光景に戦後民主主義の夢とでも言うべきもの、今井や当時の町役場の人々の夢を思ったのだ。
今回応募のため、当時の「新建築」を見て驚いた。1959年7月号の「新建築」には大多喜町役場のほかに世田谷区民会館(前川国男)、国立西洋美術館(ル,コルビジェ)が掲載されていたのだ。これらは同時期に竣工していたのである。周知のことだが西洋美術館は「世界遺産」登録を目前にしている。そして「大多喜」は保全を前提のコンペがなされ健全に維持されることが保障されることとなった。
もうひとつの世田谷区民会館そして区役所は解体されてしまう可能性がある。数年にわたり区が委託し大手設計事務所の作成による改築に向けた報告書が作られるなど、着々と手が打たれているのだ。報告書の中身は実に陳腐である。われわれはその動きについて知り、考え区民に知ってもらわなければならないと考えシンポジウムを開くなど活動を行っているが極めて大きな危惧を感じているのだ。区民会館、区役所の建築がこれもまた大多喜と同様50年前の民主主義と時代を示すものの優れた典型であることは言うまでもない。破壊は取り返すことのできない禍根となろう。
大多喜の決断は実に優れている。保全と新築が新しい町役場を作る。町のたどった50年の年月が記憶と時間と歴史をここに見せ、新しい50年をここに見せることになるのであろう。大多喜の市民は誇りをこめてこの50年を歴史をこれからも長く続く「歴史としての景観」としたのだ。サステイナブルソサエティ、21世紀の宿題を引き受けた建築の姿が大多喜に現れるのは間違いがないだろう。
世田谷は市民参加による自治,まちづくりの先進地であった。50年を経て広場に枝を広げるケヤキ、長年ここで催された様々なイベントの記憶、成熟しつつあるこの環境を更地にすることを万一行政が行うことがあるとすればこれの説明は区民を納得させうるものとなるはずがない。
by noz1969 | 2009-02-08 17:36 | 日記

団地逍遥

先回もこのブログで紹介していますが、久しぶりの団地逍遥があります。再度お知らせします。第二期、富安さんが選定する団地の逍遥です。今回はその第五回目に当たります。二月最終の週末、きっと春めいて来る頃でしょう。多くの皆さんの参加者を期待しています。
            記

「第5回団地逍遥のお知らせ」

第5回団地逍遥が2月28日に行われます。
今回は奈良北団地です。昭和46年9月に第1次入居開始された日本住宅公団による総戸数1627戸の大規模団地です。設計を行った小林明さん(市浦H&P)にお話を聞きながら、現状をフィールドワークします。

集合場所、時間:2月28日(土)小田急小田原線「鶴川駅北口改札」午後1時
会費:2000円(テキスト、講師謝礼として) 
   NPO団地再生研究会会員は1000円とします。
連絡問い合わせ先:NPO団地再生研究会事務局
〒168-007 東京都杉並区高井戸西3-3-5-101地域デザイン研究所
TEL:03-5336-7033 FAX:03-5336-7034 
mail:npodanchisaisei@jcom.home.ne.jp

参加をご希望される方は2月23日(月)までに申し込み書に記入のうえ、事務局にFAXにて申し込んでください。
by noz1969 | 2009-02-04 15:57 | 日記

「ドミノ」相羽建設豊福君のブログから

ドミノの動きが活発である。ドミノを考えることが木造を大きく変えることになりそうである。先日も建築家のT氏が進行中の自宅の計画を大きく変更、ドミノによって設計することにしたし友人のKさんは進行中の現場を見て同意をしつつ驚いてくれた。相羽建設でドミノについて半田君が話しをする企画がある。豊福君のブログをそのまま転記しお知らせしたい。

住い教室  「木造ドミノ住宅 半田雅俊講演会」 のお知らせ

相羽建設のイベント、住い教室 「 木造ドミノ住宅 半田雅俊講演会 」 のお知らせ
です。

 ・ 日時 / 2月15日(日) 10:00 ~ 12:00
 ・ 会場 / 相羽建設 3階会議室
        東村山市 本町 2丁目 22-11
 ・ 備考 / 参加費用は無料です。
        事前にお申込が必要です。


  ● 半田 雅俊 先生 ●
1950年     群馬県に生まれる
1973年      工学院大学工学部建築学科卒業
1973年~1981年 遠藤楽建築創作所勤務
1981年~1983年 フランク・ロイド・ライトの設計組織タリアセン留学         
1983年     半田雅俊設計事務所設立
一級建築士登録 第109794号
一級建築士事務所登録 東京都知事登録37248号
社団法人 日本建築学会 会員
NPO法人 家づくりの会 会員
群馬県 森林審議委員
工学院大学工学部建築学科 非常勤講師

木造ドミノ住宅は、野沢正光建築工房、半田雅俊設計事務所、そして私たち相羽
建設3者のコラボレーションにより生み出されました。
永く快適に暮らせる住い、住み続けたいと思い続けられる住い造り、そして良質で
安価な住宅として、2006年1月に東京都小平市に木造ドミノ住宅第1号モデルハ
ウスがオープンしました。
木造ドミノとはドミノ倒しのドミノではなく、建物を構造(スケルトン)とその他設備類
(インフィル)とに分けて考え、スケルトンは丈夫で長持ち、安心を追及し、インフィル
は利便性やメンテナンス性を重視した考えのスケルトンインフィルの建物で、約100
年前のヨーロッパの建築家ル・コルヴィジェの提唱したドムイノ住宅から来ています。
永く住まうには、家族構成の変化や生活スタイルの変化に柔軟に対応出来なけれ
ばなりません。大改造が必要になれば中々対応は難しく、結局住みづらい家となっ
てしまい、住み続けたいとは思えなくなってしまうのが実情だと思います。
木造ドミノ住宅は、耐震性や温熱環境の性能を持った丈夫な箱を造り、内部に関し
ては間取りや設備を固定せず、そこに住まう方の生活に合わせて都度計画していく
という考えのシステムです。
この第1号モデルハウスの計画にあたり、相羽建設の現場監督や大工さんを始め
とする各職方さんに参加してもらっての会議を繰り返しました。

本来良質な住宅造りには自負するものがあるのですが、徹底したコストダウンを
目指して、どうすれば質を落とさずにコストを下げれるかそれぞれの立場の意見を
聴きながらの協議を重ねました。
性能評価制度による質の維持は決まっています。職方さんの手間を下げればいい
仕事は出来ません。
考え出した答えは、徹底した効率化でした。
住宅建築は、十数社に及ぶ職方さんの分業で進んでいきます。工程一つで手間の
かかり方、コストのかかり方は格段に変わってきます。
これが現場監督の腕の見せ所にもなるわけですが、この現場管理を徹底的に効率
化させ無駄を省く事によって、単なるロープライスではない、本当の意味でのローコ
スト住宅を目指しました。
これが中々大変で、大工の工程を簡易化すれば電気屋の工事の手間がかかると
いった具合で、とにかく建築工事とは絡みのあるもので何かを立てれば逆の何かが
立たないモノなのでした。
設計者の思惑や現場の意見、営業としての考えもあって、それぞれもぶつかり合い
ました。
試行錯誤を繰り返し、完成したのが第1号モデルハウスでした。
その後も仕様会議を続け、より成熟したシステムとして進化を続けました。


その取組みにより、
・ 2007年度グッドデザイン賞 受賞
・ 2007年度エコビルド大賞  受賞
・ 2007年地域住宅計画賞   受賞
・ 東京都のプロジェクト70年定期借地分譲 実証実験住宅 参加
・ むさしのiタウン販売平均倍率11倍(最高39倍)
を経てきました。

また、東京の山に対する取組みとして構造材に多摩産材を使用、その普及に努め
地場産業の活性化にも取組んでいます。
東京の山を見学して現状を知って頂いたり、製材所の社会科見学も行っています。
現在のソーラータウン青葉のモデルハウスの建設に当たっては、この多摩産材使用
と広報していく取組みに対して、東京都より補助金として800万円を頂き、多摩産材
の普及により努めていっております。


そしてこの度、国土交通省の超長期住宅先導的モデル事業(200年住宅)の採択
を受ける事になりました。
これにより、より安心して暮らせる建物となるのと、工事費に対して最大で200万円
の補助金を受ける事が出来ます。
この200年住宅については、申請の期限が迫っています。
決してあわてる事は良くありませんが、200年住宅でご検討されている方はこの機
会に計画する事で資金計画的なメリットを受ける事が出来ますので、お得な情報と
してご検討される事をお勧め致します。
住宅ローン減税でも一般の住宅と比べ、優遇措置も大きくなっています。
今後、火災保険や固定資産税等の軽減措置も予定されているそうです。
相羽建設では、建てるだけでなく住まう事に重きを置いています。
住まい方教室として、体験型住い教室プチレッスンを定期的に開催しています。
200年住宅の採択にあたって、この取組みが評価されたとの事ですが、報告書等
の正式な文書に「プチレッスン」の文字が記載されているのを見るにつけ、企画時に
ノリで名づけてしまったこの名称を若干気恥ずかしく感じています。


2008年3月には木造ドミノ研究会が発足し、全国の工務店の皆さんが加盟され
日本の各地でその地場産材を用い、地域の気候風土に合わせた訛った地場ドミノ
住宅を建築しています。
また定期的に全体会議を行い、情報の共有、問題点の改善に努めています。



永く快適に暮らしていく、暮らしていたいと思い続けられる住い、木造ドミノについて、
開発者の一人、建築家の半田雅俊先生にお話をして頂きます。
ご興味のある方は、是非ともこの機会にご参加下さい。
シリーズとして、「200年ダンボールドミノ住宅を実際に造ろう(仮)」を企画しています。
こちらも合わせて参加してみて下さい。楽しみながら学べる事が出来ます。
皆さんのご参加を心よりお待ちしております。
by noz1969 | 2009-02-04 12:11 | 木造ドミノ

国大卒業設計

国大の公開の「卒製」講評会は私の知る中では群を抜いた仕立てである。卒業設計によって卒業するものが全学で18人、学部学生の総数はは70人を越えるはずである。四分の一弱ほどしか設計による卒業を選択しないのだ。負担の大きさが喧伝されている結果だろうか。驚くだろうが今回の公開発表会には常勤,非常勤をあわせ28人の教師が参加している。もちろんその全員に公平な評価点が割り当てられる。
さて今年の結果だが、残念ながら凡作が多かったようだ。多くの提案が社会的前提のスタディが甘く説得力が乏しい。選択した敷地をはじめとする自ら設定した条件に計画を面白く展開する力がなく、問題解決がネガティブな改良型のものに終わっているのである。
そうした中で築地場外市場を敷地としたもの、そして札幌の住宅地を敷地とし雪をもうひとつの主題として計画を進めたもの、このふたつが群を抜いていた。そのどちらもが敷地の選択に特徴がありとそこが抱える一見ネガティブな問題、(一方は混沌であり、もう一方は横暴な気候である)計画はそれらを逆にポジティブなものとしているところが類似していた。選定する吉岡賞は一点のみ。差が付く結果であったが両者は拮抗していたと思う。
by noz1969 | 2009-02-02 21:08 | 日記

三重 そして栃木

週末は三重。始まりつつあるプロジェクトに関わるイベント。大勢のひとだ。そこでプロジェクトの経緯とこれからを話す。私自身の自己紹介の場でもある。ここにある農業高校の改修計画がプロポーザルの形で公募され、知人にそれを知らされ私たちが応募した。ここからこの組織とのかかわりができたのである。プロポーザルには数十人の方々が手を上げたという。その中から私たちの提案が選ばれた、そうした経緯が昨年あったのである。
紀伊半島を名古屋から近鉄で下る、途中、中川という駅がある。そこから東に大阪を目指し伸びる路線、その車窓は行けども森である。どうして私鉄がこのような路線を引いたのであろうか?と思うほど人里から遠い。時折現れる小さな平地の駅、周囲の集落が実に良好な景観を作る。この路線がトレースするのは関西からの「伊勢街道」であるらしいことを聞く。豊かな景観の先に目指す「青山町」がある。ここに彼の農業高校がある。今回はその高校を有する組織の全国大会である。韓国にある兄弟のような組織からのゲストもある。様々な課題が見えるが、ここの高校生徒がとてもいい。彼らの穏やかな応答と立居振る舞いに私は心から期待してしまうのだ。彼らのそれを作るものは「農業の力」なのだろうか。ここで私たちに何ができるだろうか、考える。夕刻からの懇親会を名残を思いながら中座、名古屋へ向かう。別れ際、大阪在の同席の韓国の牧師さんからキムチのお土産をいただく。うれしい。
名古屋泊は翌朝栃木にいなくてはならない事情による。翌早朝起床。新幹線に乗る。東京で東北新幹線に乗り換え宇都宮駅へ。レンタカーを調達、「いわむら美術館」へ向かう。同時刻、東京、東村山、「木造ドミノ」をともに画策し作り出した協働者「相羽建設」、その社員、関係者一行はバス二台を仕立て総勢70数名が「いわむらかずお絵本の丘美術館」に向かっているのだ。11年を経た美術館、私は建物について解説を仰せつかっている。経緯と工夫に付き手短に話す。相羽さんは「もうそんなにたちましたか」と感慨深げにいう。ドミノで縁の深い大工は「私にもこんな仕事をさせてほしい」と実にうれしいことを言ってくれた。彼らを見送る。後、積み残されたこれからの課題、特に佐藤さんの農家、その維持改修に付き少し打ち合わせをする。道の駅で昼食。そば。上手い。道の駅には「絵本の丘の農作物も出品されている。絵本の丘農園、佐藤さんの切干大根、そして赤カブを購入、そして那珂川町産ののねぎ、イチゴを買い込む。お土産である。帰途につく。
by noz1969 | 2009-02-01 21:09 | 日記