カテゴリ:日記( 310 )

カニングハム邸で 思うこと

先日のカニングハム邸でのコンサートに際し 初めて下重暁子さんの「エロイーズカニングハムの家」を急ぎななめに読んだ。もう一度きちんと読まねばならない。ここカニングハム邸、西麻布の家は改めて言うまでも無くレーモンドのデザインであるが、両親が住まいとした軽井沢の家が老朽化により建替えられる折、新しい家を吉村順三が手がけたこと、その後それが下重さんの住まいとなった。このことについて改めて思うことがあった。
新しいカニングハム邸建設のとき 敷地の一部が売られ、その資金で青少年音楽協会のためのハーモニーハウスが作られた。カニングハムさん長年の仕事である青少年に音楽を届ける、私財はこんな形でその継承のために使われ今に残されたのだ。ハーモニーハウス、これも吉村の設計であることはもちろんご存知であろう。そしてこのハーモニーハウスに レーモンドの軽井沢の最初の別邸である『夏の家」=コルビジュエの住宅がモチーフになっていることで有名な=を思わせる構成があることももちろんご存知であろう。中間階からの上下二つの階を結ぶスロープの空間である。
レーモンドの夏の家の前に立つ若き吉村の写真を見たことがある。吉村とレーモンドは夏、ここ軽井沢で長く交流があり そこにカニングハムさんももちろん混じっていたのだろう。吉村がゆるい南傾斜の敷地に立ちハーモニーハウスの構想したとき、そのはじめからこのスロープが思いつかれたのかもしれないなとふと思った。
建築に限らず、人が考えることの面白さはその連綿とした連関にあるのかもしれない。継承することの大切さと構想の連関を確認しそれを傷つけることの無い継承の大切さを思う。其れを忘れた安易な改修捏造は許されることではない。下重さんによる継承は彼女がこの本をお書きいただくにより私たちにつながったのである。
by noz1969 | 2014-09-18 12:00 | 日記

カニングハム邸で

昨日 レーモンドのカニングハム邸で音楽と建築の会があった。園田邸での催しに引き続きここでの会は以下のようなものであった。住宅の器の小ささ、期待の大きさ、住宅遺産トラストのHPでの公表後あっという間に満員となり このブログでの紹介は控えた。結果は好評であったようだ。これからもこうした活動を続けていこうと共催のMusic Dialogueの方と話をした。【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.2】をお楽しみに。

旧園田邸に素敵な演奏に来て下さるMusic Dialogueさんの「歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズ」に協力させていただくことになりました。
【歴史的建造物で音楽と対話を楽しむシリーズvol.1】
★カニングハム邸「建築 x ジャズ風デュオ 対話の夕べ」
 9月15日(祝・月) 17:00開演、16:30開場
出演:Duo 101(大山平一郎・ヴィオラ、平岡雄一郎・ギター)
野沢正光(建築家)
会場:カニングハム・メモリアルハウス
定員:35名
 カニングハム邸は、都心に残るA.レーモンドによる貴重な木造建築です。日本の青少年の音楽教育に一生を捧げたカニングハム女史は、自邸の設計にあたり「音楽が美しく響く空間を」と依頼されたそうです。根津美術館の深い緑に寄り添う慎ましく静謐な空間で、ヴィオラとギターによるジャズ風デュオの演奏と、建築の話、そして芸術ジャンルを超えた対話をお楽しみください。
共催:一般社団法人Music Dialogue・一般社団法人住宅遺産トラスト
by noz1969 | 2014-09-16 12:57 | 日記

吉村順三記念ギャラリー 高樹町の家

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吉村順三記念ギャラリーの昨日からの第47回展示が「高樹町の家」。初日に出かけた。「高樹町の家」は奥村まことの担当。本格的和風。すでに家はない。解体の報があったのちにさとうつねおさんが撮影した写真の背景にはマンションばかりが写る。中村外二のしごと。いかに面白かったか、まことから何回もこの話は聞いているが図面を見ながらもう一度聞く。開口部の工夫。建具。まことの図面は2Bの鉛筆。転がしながら描くという。特に書き込み文字を見ると彼女の図面であること一目瞭然。羽仁シュレム邸もまこと。もちろんこちらも吉村順三図面集に収録されている。探してほしい。
今となってはこんな仕事はもうとても難しい。今回の展示は貴重。まこと本人は会期中いつも会場にいるとの話である。ぜひ見に行って話を聞いておいてほしい。9月中の土日13時から17時。維持費として500円。今回の住宅の500円のブックレットの入手も。学生は300円らしい。

http://www.yoshimurajunzo.jp/
by noz1969 | 2014-09-07 10:12 | 日記

FORTH BRIDGE

先日フォースブリッジを事務所のOB、Oさんが訪ねたことを書いたが その続報である。彼女が見たフォースは2011年、大掛かりな修復の仕事を終えた見違えるような姿であったことが判明した。最近手に入れたこの橋の今回の修復に関する本「FORTH BRIDGE restoring an icon」これがまったくすばらしい。今回の改修の実にすみごとな記録である。このような機会でしか撮影不能であろうと思われるアングルの数々の写真と塗装などの仕事に関わった人々の姿が見事に写されている。そして今回の作業がこの橋をまったく見事によみがえらせていることを写し取っているのだ。私たちが以前訪れた折にもこの橋の一部は塗装中であった。そしてミュージアムで購入したパンフレットの塗装屋の広告には「決して終わらない仕事」とあり笑ったが、それはあくまでメンテナンスのための作業であった。
今回の仕事はそれらとは違ったものであったのだ。今回の徹底的な仕事がここに記録されている。120年前の姿を超えているか、と思わせるほどもみごとだ。橋に取り付きながら作業するひとが橋の大きさを際出させている。
巻末にはこの作業に関わった数千の作業員全員の名前がある。一人ひとりをたたえるこうした記録の刊行はもっと私たちが考えるべきことではないか。作業の任務を個人名で確認する、組織に埋没させないことが仕事を本質的なものにするのではないか。責任と名誉はともに関わったすべての一人ひとりに寄り添う。その理解と合意がプロジェクトを本質的なものとするのではないか。プロジェクトの成否はここにあると考える。
企業に帰すことを当たり前とするこの国の復元のひどさを振り返る。もちろん設計もだ。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/1907945199/ref=oh_details_o02_s00_i00?ie=UTF8&psc=1
by noz1969 | 2014-09-05 13:34 | 日記

保立道久さんのブログからー国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ

保立道久さんのブログは311以降時折読んでいる。震災以降歴史の読解が大きく進化していると感じながら。以下9月2日「琉球新報社説、国連委員会勧告、沖縄は独自の民族的権利を持つ」である。ここに引用されている琉球新報社説は私たちが必ず読むべきものと思う。転載させていただく。


以下 保立道久さんのブログから

沖縄は独自の民族的権利をもつという国連委員会勧告がでた。

 私たちの世代だと、沖縄「返還」のときから、つねに問題となり、どう考えるかが問われていた問題である。日本に復帰するということは日本国憲法の下に「復帰する」ことだというのが、復帰運動の論理であり、そのなかで、沖縄の独自の民族的な伝統をどう考えるかは、当面の議論にはしえなかった。ただ、そのころ私は星野安三郎氏の沖縄の独自の民族的権利を強調する講演をきいたことがあり、その趣旨には了解できることが多かった。
 日本国憲法の下に復帰するというのは、もちろん、いまでも一つの重要な筋であることは変わらないが、しかし、他方で、沖縄は独自の民族的権利も明瞭となってきたように思う。
 琉球新報のような沖縄の代表的メディアが、「日本」への帰属・併合は、琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだと社説をかかげ、国連委員会勧告をひいて、「国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある」としたことの意味は重い。

 琉球新報の社説を下記に引用させていただく。

<社説>国連委員会勧告 国際世論を沖縄の味方に2014年8月31日

 昔からそこに住む人たちの意思を一顧だにすることなく、反対の声を力でねじ伏せ、軍事基地を押し付ける。地元の人たちが大切にしてきた美しい海を、新たな基地建設のために埋め立てる。
 国が辺野古で進める米軍普天間飛行場の代替施設建設は、海外の目にはそう映るに違いない。
 国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に対し、沖縄の人々は「先住民族」だとして、その権利を保護する
よう勧告する「最終見解」を発表した。
 沖縄の民意を尊重するよう求めており、「辺野古」の文言は含まないが事実上、沖縄で民意を無視した新基地建設を強行する日本政府の姿勢に対し、警鐘を鳴らしたとみるべきだ。
 国連の場では、沖縄は独自の歴史、文化、言語を持った一つの民族としての認識が定着してきたといえよう。2008年には国連人権委員会が沖縄の人々を「先住民族」と初めて認め、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2009年、琉球・沖縄の民族性、歴史、文化について固有性を指摘した。
 それに対し、国は沖縄を他県と同様に日本民族として、人種差別撤廃条約の適用対象にならないと主張している。
 沖縄はかつて琉球王国として栄え、他県とは違う独自の文化遺産、伝統的価値観を今なお持っている。明治政府によって強制的に併合され、日本の版図に組み込まれ、主権を奪われた。これは琉球の歴史から見れば、ほんの百数十年前のことだ。
 国は、他県ではおよそ考えられないことを沖縄に対しては平然と強いる。これが差別でなくて、何を差別というのか。
 歴史的経緯を踏まえ、国は人種差別撤廃委員会が出した最終見解に従い、真摯(しんし)に沖縄に向き合うべきだ。
 最終見解では、消滅の危機にある琉球諸語(しまくとぅば)の使用促進や保護策が十分取られてないことにも言及している。沖縄側の努力が足りないことは反省すべきだろう。
 自己決定権の核となるのがアイデンティティーであり、その礎を成すのは言葉だ。しまくとぅばを磨き、広め、自らの言葉で自分たちの未来は自分たちで決める権利を主張したい。
 国際世論を味方に付け、沖縄の主張を堂々と世界に向け訴えていこう。道理はこちらの方にある。

付記
琉球新報社説のHPは以下、時に応じ注目したい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
by noz1969 | 2014-09-02 13:22 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」

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展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」のお知らせ

このたび、神奈川県葉山町の「加地邸」(遠藤新設計/1928年竣工)を会場として、展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」を開催することになりました。

葉山の高台に建つ加地邸は、F.L.ライトの高弟である遠藤新が、建築、照明器具から家具に至るまで総合的に手掛けた極めて重要な住宅建築であり、隅々にまで意匠の凝らされた興味深い作品です。これまで、所有者の意向により、一切公開されてきませんでしたが、今秋に初めて、世代交代への準備として、本邸を公開することになりました。

この貴重な別荘建築が、地域において幸せに引き継がれていくことをめざし、本展覧会で、その第一歩を踏み出したいと思います。

http://hhtrust.jp/news/

https://ja-jp.facebook.com/heritagehousing
by noz1969 | 2014-08-29 11:17 | 日記

世田谷区役所、再生の模範として

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世田谷区役所の解体が画策されている。長崎市公会堂といい、なぜこれほどに昔のものを壊したがるのであろう。どこかがおかしい。大手のコンサルは決まって床のクラックなどを並び立て解体を誘導する。どうして歴史を大切にし、積み上げられた風景を素敵だ、と思わないのか。

改修され結果、何も考えていないひどい出来の駅で「きれいになったわね」との女性の声を聞いた。新しい=きれい とはなんという短絡であろう。「かわいい」ですべての評価が決まる幼児性とつながる不幸なのかもしれぬ。

戦後すぐに手がけた建築がそのままに使われている。痛みもあるがこの間の改修もひどい。放置されていることも問題である。

50年前の日本の姿は誰も覚えていない。すべては変わってしまっている。吉阪隆正の大学セミナーハウスも50年。当時の写真に写る柚木村の家々はすべて茅葺きであった。当時人口17万の世田谷区にもそうした風景があったはずである。その経済力の中で建設された区庁舎と区民会館は戦後の夢そのものであったのではないか。時間がたどれる重層した風景はきわめて大切な教科書であろう。改修し使い方を変え使い続ける、新しい区役所は其れを前提に考える。役所機能はすべて新しい建物に移せばよいではないか。必要という45000㎡は残りのエリアに建つのである。

小さなシンポジウムが企画されています。会場の都合で定員が限られていますが。参加ください。

9月10日(水)18:30から 
世田谷区宮坂3-13-13生活クラブ館地下一階カフェ&ダイニングmotomoto
JIA世田谷地域会 申し込み先 03-3439-4726(FAX)
                    skyland@jcom.home.ne.jp(E-mail)
by noz1969 | 2014-08-25 15:19 | 日記

砺波にて 付

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砺波で散居村集落を見のたが 中島家住宅の見学では砺波郷土資料館の方にお世話になった。住宅が資料館が管理運営し公開しているものであった。そして予想外の建築に出会う。郷土資料館の建築が、旧中越銀行本館の移築した壮大な擬洋風蔵造りのものであったのである。。以下に転載したが、長岡平三が基本設計、地元の大工によるものということだが、たしかに外見は蔵造りではある(ただし残念ながら移築、タイル張りに改修されている。本来は黒漆喰である)が、室内は壮大な二階吹き抜けの大空間であり、「伝統の土蔵の架構」では不可能と思われる架構である。詳細は不明だが木造トラスによるものか、と推測する。そうであれば長岡のかかわりは基本設計を超える詳細にわたるものであったのではないか、とも考えた。鏝絵による洋風のレリーフなど当時の職人の技が輸入された意匠を作っている。ところで長岡平三とは?

http://takaoka.zening.info/Tonami/Modern_Building/Tonami-Kyodo-Shiryokan_Museum.htm


全国でも五指に数えられる立派な土蔵造りの銀行建築
 中越銀行は、砺波地方の豪農や豪商によって1894年(明治27年)12月に設立されました。この建物は、中越銀行の本館として、当時の東砺波郡出町大字杉木新村272番地(現在の砺波市本町3-25、富山第一銀行砺波支店のある場所)に1909年(明治42年)7月に建てられました。総工費は、4万5000円でした。
 概要設計は、東京の建築設計技師・長岡平三が行い、実施設計と工事監督は地元の藤井助之焏(ふじい すけのじょう)が行いました。洋風を取り入れた木造土蔵造りで、一部にレンガを使用しています。屋根は破風の大きい入母屋で妻入り、三方に下屋を下ろし、後方にT字型に入母屋屋根を組み合わせています。前口16.3メートル(9間)、奥行き18.8メートル(10間)に正面玄関を設け、建築面積308.8平方メートル、軒高9.1メートル、総高14.3メートルとなっています。内部は吹き抜けの営業室を中心に三方をロビーで囲み、後方は一階に金庫室とその両側に応接室、二階は会議室になっています。化粧材は全て檜を使い、全体をコリント様式(アンカサス装飾)の彫刻でまとめています。建築当初の屋根は本瓦葺き、外壁は黒漆喰塗りでしたが、後に銅板本瓦棒葺き、スクラッチタイル壁に改装されました。
 中越銀行は、太平洋戦争中(1943年(昭和18年)7月)に一県一行の国策により、十二銀行、高岡銀行、富山銀行と合併し北陸銀行になり、この建物は北陸銀行・砺波支店となりました。
 1978年(昭和53年)の都市改造事業のために取り壊されることになりましたが、北陸銀行が建物および移築費を砺波市に寄付し、1989年(昭和54年)に現在の場所(チューリップ公園の一角)に移築復元されました。1982年(昭和57年)に砺波市文化財に指定され、1983年(昭和58年)4月に砺波郷土資料館として開館しました。
by noz1969 | 2014-08-16 17:43 | 日記

富山と仙台

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日月曜は台風の余波の中、富山であった。仕事であったが井波、砺波と岩瀬には立ち寄る時間をつくった。井波 瑞泉寺見学。石垣に一向宗の思い。砺波 散居村のミュージアムは始めての訪問。そこでお教えいただいた、旧中島邸は迫力があった。茅葺き200年ほど前のもの。公園内に移築、茅葺きの姿は偉容。。南と西に屋敷林を持ち田んぼの中に散在する独特の散居の形態は大きな東向きの切妻屋根いわゆる「あずまだち」である。が、本来はここで見るような急勾配 入母屋茅葺きであったとのこと。圃場整備が盛んに行われた40年ほど前にほとんどの家が切妻あずまたちの今の形に改修されたのだという。典型としてのあづまだち、入道家を見る。
翌朝 岩瀬へ。トラムの壁にdesigned by GKの文字 岩瀬の町並み 北前舟の経済力を彷彿。森家を見る。例により饒舌な解説付き。倉敷紡績の岩瀬工場閉鎖の折、この家が公共に寄贈されたことを聞く。大原家と岩瀬のつながりに驚く。隣は今も現役の馬場家である。解説に寄れば岩瀬一の回船問屋が馬場家、森家は第三位であったとのこと。その馬場さんと吉田鉄郎との縁。ここにくるといつもそれを思う。
火曜は仙台。帰省で新幹線は満席。進行中の建物の上棟である。あいにくの雨天ではあったがすがすがしい式典であった。木造平屋、比較的大きい、シンプルな架構の建築である。秋の終わりの竣工予定。
by noz1969 | 2014-08-13 14:47 | 日記

連休明けに

連休明けに 元所員Oさんが自宅に。帰ってきたばかりの英国旅行の報告に来てくれた。エジンバラから南下コッツウオルズなどを経てロンドン、という旅程。始まりは フォースブリッジである。ロンドンではキューガーデン、セントパンクラス、パディントン両駅、テートとミレニアムブリッジなど。改修後のセントパンクラスは未見だが 大方は私が薦めたものだ。久しぶりにその姿を見て私も再度見に行きたい気分。彼女からお送りいただいた写真のうち数葉をここにお見せしたい。Oさんの許諾を得ないままです、すいません。
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by noz1969 | 2014-07-28 13:06 | 日記