カテゴリ:日記( 310 )

新建築11月号

愛農の掲載があります。ご覧ください。
by noz1969 | 2014-11-14 12:50 | 日記

大分 竹田にて

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プロポの結果一次審査を通過 週末の公開二次審査で大分竹田にいた。残念ながら次点であった。無念。
ただ、竹田の町はとても良い町であった。ここにもっとかかわることができたら、と今も思う。まちは周囲を山に囲まれている。町に入るとき、町を出るとき、必ずトンネルを通る、これがとても良い。バーデンバーデンのことなど思い出す。荒城の月の岡城、これが驚くほどの高みにあることにも驚く。さまざまな施策の結果か、豊かに人が行きかう。

長く訪れたいと思っていた白水ダムにももちろん出かけた。豊かな森に真っ白に見えるダム、ダムを覆う水の膜がうつくしい。組石。左右の形状が地形との関係で異なり結果、水流が見せる姿も異なる。何より自然の中に響く水流の音、景観に音がある。これを見に行ったのだと思えばこれはこれで良しとするか。
by noz1969 | 2014-11-06 07:24 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」へ

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週末の土曜。好天。加地邸にいた。加地邸は地元の人々の作業によって中も外も見違えるほどであった。建物を覆う鬱蒼としていた木々も片付けられ庭からの姿が美しい。自発の企画と自発の運営、そして維持管理である。庭先のカフェもこうした運営による。カフェオレを飲みながら穏やかな気持ちですごす。
ここでちょっとした懸案につき待ち合わせの知人からレクチュァを受ける。何より良い気候、これに勝る環境は無い。
翌日曜、高校の知己から電話をもらった。「今日、誘い合わせ数人で加地邸に行った」という。とても良い印象であった、とのこと。
気候も良い。この週末にでも多くの方々のご来訪を。
by noz1969 | 2014-10-27 11:31 | 日記

新潟 博多 宇部 萩

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週末の強行軍。新潟は文科省の講演で。学校長寿命化は急務、これを各県の担当部局に知ってもらうための講演で話をした。新潟について知るところが少なすぎることをいまさらながら確認する。米どころの象徴か、関川村の渡辺家 佐藤家という豪農の家をぜひ見たいと思ったのだが、遠方であることと 目下解体修復中との情報もあり断念、しかし市内に北前舟に寄港地であることをしのばせる豪邸がありそれらのいくつかを見た。斉藤別邸,小澤家である。斉藤別邸は大正期のものであるとのことだが、当時黒松の林に建てられた大正期らしい和館で極めて面白いものであった。もっぱら迎賓館の趣、庭を見るための二階建てだが、これで新潟地震でもびくともしなかった。そのなぞを考えた。ただこの二つよりもっとすごい家があるとのこと。富山の馬場家のことなど考える。日本海側の豊かさについてもっと認識を新たにする必要がある。イタリア軒、ロシアチョコレートの店など港町新潟のハイカラにも興味がある。次回また訪れることとしよう。
翌日は「木の建築賞」二次審査のため宇部にいることが求められる。そのため博多に空路移動、博多泊とする。三加和の共同設計者Sさんと河庄で夕食。何度目かになるが、今回もじつに楽しかった。五十数年の間 こんなに変わらない商業建築も珍しい。おかみは三代変わったという。あのつながるベンチはどうも初代店主の創案であるらしいこと、床は取り替えていること、など聞いた。ただそれだけしか変わっていないということだ。何より満足な品々。
翌日木の建築賞審査会場へ。旧山口銀行の保存建物が会場、これも村野藤吾らしい。宇部の町は閑散としている印象。セメント産業の省人化が極端なのであろう。宇部興産の専用道路に通常の道路通ることが出来ない巨大トラックを走らせ大量の石灰石を運ぶ映像を思い出した。
二次審査は無事通過した。
翌日萩へのエクスカーションに参加、久しぶりのバス旅行。業界の特権、解体修理中の大照院を見学、重文である。市内旧山村家住宅見学、修復設計者の説明つきである。萩の建築家が取っておきを案内してくれる。今回の星五つは「お船倉」毛利の御用船の格納庫である。荒い石積みに丸太の梁がかかるスパン10メートルを越える大きな建造物である。。これが四棟並んでいたとのことだが今あるのはひとつだけ。であるがすごい。明治期の埋め立てで陸の中にある。残念。当時は湾曲する突堤に守られ静かな海面がありそこに四つのお船倉があったのだ。絵図がそのことを教える。この光景の復元が出来ないものか、などと夢を見た。ほかに明倫館などを見る。きわめてもったいないことであるが そんなわけで吉田松陰松下村塾などに立ち寄らない旅程である。実は萩は初めてである。ぜひもう一度来たい。宇部に戻り空路東京へ戻る。お疲れ様でした。
by noz1969 | 2014-10-15 11:11 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」この週末から

すでにご紹介した「加地邸をひらく-継承をめざして」がいよいよ今週末の4日,5日の両日から始まります。10,11月の週末と祭日が催行日です。住宅遺産トラストのHP、 FBなどをご確認のうえぜひ御来館ください。季節も絶好です。葉山散策をご予定ください。
by noz1969 | 2014-10-03 13:09 | 日記

那須 小さな週末住宅

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昨日那須の現場。小さいが一寸面白い週末住宅が別荘地に竣工間近である。外皮はスレートの波板。10年以上前に一度試したことがある。重ね代を避けて下地にポリカの波板の裁断したものを入れ押さえつけるディテール、久しぶりに再度試した。南面は全面シャッターつきサッシとしダイレクトゲインを期待したソーラーハウスである。サッシ内側の耐力壁は蓄熱部位となる。この構成は上遠野さんのあの自邸をモデルとしている。クライアントが面白がってくれると良いのだが。
by noz1969 | 2014-10-03 11:24 | 日記

検証 ソーラータウン府中

府中 東芝の門前に作られた16棟のソーラーハウスによる「ソーラータウン府中」は目下その性能の検証作業に入っている。東京都が首都大須永研究室に依頼し建設主体である相羽建設、設計者であるわれわれも会議に参加している。LCCM住宅、太陽電池搭載,もちろんOMによる暖房換気給湯を行う長期優良住宅として設計されている。モデルハウス一棟を除きすべての建物が居住者の方がいらっしゃる。
何とか夏季のエアコン使用を控えていただけるよう配慮はしたがなんといっても東京郊外の蒸暑である。サーモグラフィで撮影された外部の状況はいくつかの室外機からの廃熱でそこが真っ赤に染まっていることを示すものであった。周囲の植物による比較的低い温度の表示とのコントラストが痛々しいほどであった。高効率エアコンの設置はCASBEEの認定条件である。市の指導により屋外機の設置が緑道側にならざるを得なかったことにもよる。室内の状況を快適にすることとその結果の深刻さ。温暖化の根拠を絵で見せられた思いである。このいたちごっこをどのように片付ける方途があるのだろうか。
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by noz1969 | 2014-09-30 12:36 | 日記

後楽園にて

岡山でのJIA大会に参加、日曜に戻った。その朝、後楽園に行く、これが今回の楽しみであった。鶴を放つイベントに遭遇、多くの観客とアマチュア?カメラマンが見守る中、数羽の丹頂が低く飛ぶ。飼育が途絶えていた鶴は郭末若(本当は末に三ずい)によりプレゼントされ復活したとのこと、今日の日中の関係について思う。晴天の後楽園、中洲であることによるここだけの風景を堪能する。園内の田んぼはまもなく刈り入れだろう。茶畑は青々している。梅林もある。こうした農業生産が景観の一部になっていることも面白い。と思って解説のパンフレットを見ると歴代藩主池田候のころ、広々と広がる芝地のほとんどは畑であったとの記述があって驚く。芝の広がる印象深い庭園が!!畑であったのかと!芝となったのは明治から、とあった。と、驚きながらこの風景を改めて見ると池田さんの考えに一寸納得する。庭園には馬場がある。もちろん屋敷があり茶室があり能舞台があり八橋の架かる池があるから、遊興の場であったのではあるが、敷地のほとんどは農業生産のための場であり、藩士が乗馬などのトレーニングをする実用の場あったということになる。一寸物知りになった。ちょっと池田さんにシンパシーを持った。
by noz1969 | 2014-09-29 15:48 | 日記

ドミノで

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小金井で進行中のプロジェクト、戸建のドミノ住宅が上棟、昨日現場へ赴いた。子供がふたり、四人の家族のための家。ドミノの幾分の変形。屋根面の南側が登梁、北半分が水平梁という構成。このタイプはロフトが取れる上に広々としたスペースもあり、気持ちよさそうだ。竣工が楽しみ。
by noz1969 | 2014-09-24 12:19 | 日記

ムサビ建築50年

週末ムサビの建築学科の50年の記念の集まりがあった。ムサビの教師としての私の参加は2007年からだから新参者だが 私が高校を終え、大学受験を考えるときムサビの建築学科が開校、ちょうどそれが50年前であった。芸大受験のための予備校の同僚の何人かはここの第一期生である。今回の集まりでそのうちの誰かに会えるか、と思ったが果たすことはできなかった。会場は満員でありどこに誰がいるかはわからない。
ただその後のこの学校の卒業生、教師,OB等 何人かと楽しく話をした。建築を学ぶことが難しく多様になってきている。その中でムサビのような美術系大学での建築教育はいまだ、不思議な勢いがあるように思う。多勢が疲れている中での無勢の存在の意義、またはその潜在する力なのかもしれない。これはとても大きい意味があると思う。
生き生きと仕事をすることは何もマーケッティングに支配されるものではない。個が面白い、と思うことにこそ その力は発揮されるのだと思うべきである。紆余曲折はあろうがこの学校の建築教育に期待したい。一助になる覚悟である。
by noz1969 | 2014-09-21 19:55 | 日記