三重へ

ゆっくりと農業高校のプロジェクトが進んでいる。会議で高校のある紀伊半島の中心部へ赴く。近鉄線伊勢中川から大阪へ向かう路線はまったく山の中だ。時折現れる集落が美しい。瓦屋根のほか見当たらぬ。何度目かの訪問である。農業の衰退が言われるがしっかりとした仕組みを模索する人々がここにある。成果は数年先である。できる限り考えぬきたい。
今回は終了後にもうひとつの仕掛けをした。翌日曜日、奈良在住のK氏と待ち合わせ遅れた修学旅行をすることにしたのだ。室生寺、当麻寺どちらも長く訪れていない。奈良のそれも都心から離れた寺はどうしてか疎遠になり行きにくい。しかし気になる。それが 叶った。室生寺は比較的近い過去に訪れているせいだろう、記憶とそうたがわなかった。金堂がいい。台風で倒れ、五重塔を損壊した杉の切り株を確認した。奥の院まで登る。きつい、しかも登りきったところにそれといったものがない。「この苦労は今回が最後であろう」とK氏いう。同感であった。近傍のダニカラヴァンによる彫刻庭園に立ち寄る。おまけのつもりであったが、これが予想を超えてよかった。彫刻のできのよさに感心する。規模もほどがいい。
その後当麻へと向かう。車中、K氏が目の前の風景にまつわるこの地の様々な過去を話してくれる。この地の厚み、歴史に感じ入る。そして本当に久しぶりに訪れる当麻寺である。ここは一部は記憶のとおりであったが大分は記憶と大きく違っていた。伽藍配置のわかりにくさに戸惑う。わかりにくい間の抜けた配置に見える。起伏のある地形におおらかにあるせいなのかもしれない。ただそうであるとしたら今日付け加えられたできの悪い建造物が気になる。邪魔である。ただ昔からの建築は実にどれもすばらしい。特に二つの塔はすごい。久しぶりにこれを見ることができてよかった。本堂に架けられている例の曼荼羅図、江戸期の模写ではあるがこれも重要文化財であるという。本物が見たいがこれはこれからも叶わないだろう。門前でそばをくう。
その後今井町へ。伝建地区の整備が延々と続いている。昔訪れた今井の寂れた印象と大きく異なっている。ここでK氏の関わった建築を見せてもらう。ここでの改修の進捗は眼を見張るものである。K氏は「書き割り」を心配するが「それはそれでどう使うかだろう」とわたしは答えた。ここにある充実した密度をどのように人々に伝えるか、これが問われるだろう。家々にボランティアの方がいて説明をかってでてくれている。これがすばらしい。願わくばここを訪れたひとが数日滞在し様々な体験ができるそうした仕掛けがほしい。そうしたことが可能となる試みが始まりつつあると聞いた。それが可能となった折に再び訪れたいと思った。
by noz1969 | 2009-03-10 22:14 | 日記
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