三菱村

今日、逗子に行く。6年前の仕事のアフターケアである。現地で逗子在住の建築家Nさんに会う。ここでお会いして何の不思議もないのだが自作の前である。照れる。東京までの電車も偶然だが知人との同行となる。彼の話す実に面白い企画、それについてあれこれ話し合う。丸ビルで広島からの知人と合流。昼飯。そばを食う。20年前のこと、関わった人、など懐かしい様々を話す。
実はその前に幾分の時間があった。その時間に中央郵便局を巡り、三菱一号館の前までのトリップを行った。中央郵便局の現況は厳しい。どうしたものであろう。先日「重要文化財にする会」からのメールで大庇が撤去された、との知らせを受けている。仮囲いが厳重であり確認はできなかったが吉田鉄郎のこの建築がどの程度保全されることになるのか、大きな懸念が残る。ここに超高層を無理やりはめ込むためには現建物のファサードのみを仮面のように残すことしかあるまい。禍根が残る結果が見える。
抜けて仲通に出ると竣工間近の三菱一号館に出る。ここにあるのはディズニーランドのにおいのするコンドルの亡霊である。これが壊されたのは私が高校生であったときであろう。いくばくかの記憶の中にある時間を経たそれと「新築」されここにあるものは大きく異なる。今日半世紀を経てそれが再び亡霊のようにここに現れたのだ。このくらいのものを現前させることは屁でもないのか。ただし再現されたそれは不思議にリアルでない。なぜだろうか。後ろに控えるこれを成立させる根拠としての新築ビルの醜悪さがその意図を物語っているように思われる。
壊したものの価値が再評価されるときそれを再現すること、それは容易なはずはない。中央郵便局を半世紀後に再現する、思うだけでそれは悪夢である。以前にも記したが東京駅の三階部から上の再生がレンガタイルによるという、そのことに同様の危惧を思う。あまりにものんきすぎるのではないか。災害などによる再生についてはいたし方がない側面がある、ただ本物とする努力はここでも必須であるのではないか。
ただし経済的意図による破壊、それに基づく再生は論外であろう。一号館の破壊はその半世紀前の事実であり、中央郵便局は今日の事実である。オーセンティシイ、それは経過した時間がそこに存することにこそある。傷つき痛み、直され、尊重され、改修された時間、それが物語る様々な人々の時間、それが景観であり、歴史である。刷新され、芝居の舞台のような書割になっていく丸の内。
広島の友人を案内、銀座に出、「うおがし銘茶」へ、6年前の仕事を見てもらう。
by noz1969 | 2009-02-18 20:54 | 日記
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