三重 そして栃木

週末は三重。始まりつつあるプロジェクトに関わるイベント。大勢のひとだ。そこでプロジェクトの経緯とこれからを話す。私自身の自己紹介の場でもある。ここにある農業高校の改修計画がプロポーザルの形で公募され、知人にそれを知らされ私たちが応募した。ここからこの組織とのかかわりができたのである。プロポーザルには数十人の方々が手を上げたという。その中から私たちの提案が選ばれた、そうした経緯が昨年あったのである。
紀伊半島を名古屋から近鉄で下る、途中、中川という駅がある。そこから東に大阪を目指し伸びる路線、その車窓は行けども森である。どうして私鉄がこのような路線を引いたのであろうか?と思うほど人里から遠い。時折現れる小さな平地の駅、周囲の集落が実に良好な景観を作る。この路線がトレースするのは関西からの「伊勢街道」であるらしいことを聞く。豊かな景観の先に目指す「青山町」がある。ここに彼の農業高校がある。今回はその高校を有する組織の全国大会である。韓国にある兄弟のような組織からのゲストもある。様々な課題が見えるが、ここの高校生徒がとてもいい。彼らの穏やかな応答と立居振る舞いに私は心から期待してしまうのだ。彼らのそれを作るものは「農業の力」なのだろうか。ここで私たちに何ができるだろうか、考える。夕刻からの懇親会を名残を思いながら中座、名古屋へ向かう。別れ際、大阪在の同席の韓国の牧師さんからキムチのお土産をいただく。うれしい。
名古屋泊は翌朝栃木にいなくてはならない事情による。翌早朝起床。新幹線に乗る。東京で東北新幹線に乗り換え宇都宮駅へ。レンタカーを調達、「いわむら美術館」へ向かう。同時刻、東京、東村山、「木造ドミノ」をともに画策し作り出した協働者「相羽建設」、その社員、関係者一行はバス二台を仕立て総勢70数名が「いわむらかずお絵本の丘美術館」に向かっているのだ。11年を経た美術館、私は建物について解説を仰せつかっている。経緯と工夫に付き手短に話す。相羽さんは「もうそんなにたちましたか」と感慨深げにいう。ドミノで縁の深い大工は「私にもこんな仕事をさせてほしい」と実にうれしいことを言ってくれた。彼らを見送る。後、積み残されたこれからの課題、特に佐藤さんの農家、その維持改修に付き少し打ち合わせをする。道の駅で昼食。そば。上手い。道の駅には「絵本の丘の農作物も出品されている。絵本の丘農園、佐藤さんの切干大根、そして赤カブを購入、そして那珂川町産ののねぎ、イチゴを買い込む。お土産である。帰途につく。
by noz1969 | 2009-02-01 21:09 | 日記
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