歌舞伎座など

1月14日の朝日新聞朝刊紙面は数年の後、2010年つまり来年以降の社会がまったく新たに共有するこれまでと大きく異なる「価値」を予言的に示していると評価されることになるのかもしれない。「建て替え」という文字が「私の視点」という大型の投稿欄の四段の記事、そして文化欄の二箇所にあるのだ。「私の視点」では島田重光さんというマンション管理士が建て替えより、「スケルトンリフォーム」つまり躯体を残しそのほかを再生する手法の有用性を話している。われわれの考える「団地再生」と極めて近い主張である。文化欄では歌舞伎座のさよなら公演の写真とともに「歌舞伎座」の建物が解体されることへの疑問を米原範彦氏の署名記事として掲載している。タイトルは「歌舞伎座 建て替えで失われるもの」である。この記事は6段にわたる。
歌舞伎座の問題は東京中央郵便局と並んで今年が戦後社会が開発に明け暮れ短期のスクラップアンドビルドを繰り返してきたいわば「これまでの価値」を引きずり最後にとんでもないことをしでかした年として記憶されることを予感させる深刻な出来事である。街の記憶は様々な時代の景観がそこに並存することによる、もちろん技術はそのために様々に存在する。言ってしまえばどんな建築であれ、その気にさえなれば何年でもその命を延ばすことが可能であるはずであろう。一年以上にわたったロイヤルフェスティバルホールのミレニアムの大改修が頭をよぎる。
歌舞伎座についてはCOURRIERの二月号にもBBCニュースからの記事がある。「なぜ日本人はあの歌舞伎座をいとも簡単に取り壊すのか」というタイトルである。ここでは鈴木博之さんへのインタビューが紹介されているがここで鈴木さんは「安全を考えて、とは口実です」と述べている。
数十年前、私が学生の頃に解体された三菱一号館が「再建」された。電車の窓からチラと見ただけだが実見した人からは奇怪なものであったとの話を聞く。決してそれが本物ではないからだ。東京駅の三階部分の再生についてもレンガは「タイル」であるとのことだ。オーセンティシティはどこへ?ディズニーランドまがいの復元では歴史の重層は作れない。
世田谷区民会館、区役所の解体は是非回避したいものだ。
by noz1969 | 2009-01-16 11:35 | 日記
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