トレッドソン邸へ

吉村さんは1908年生まれ、今年で生誕100年を数える。トレッドソン邸は1931年竣工である。レーモンドさん初期の週末住宅であって、吉村が最初に担当した作品と言われている。また吉村の処女作とも。60年ほど以前の「建築」誌アントニンレーモンド木造建築特集にはトレッドソン邸について「当時吉村がレーモンドのために残した業績は大きい。日本建築の理解者と実践者とが協働作品を残した最初のものといえる」とある。が、トレッドソン邸が1931年に竣工しているところから言えば当時吉村は23歳、なんと若い協働者であろうか。23歳の折に竣工しているのであるから設計は二十歳そこそこであろう。
そのトレッドソン邸は今も健在であった。週末見学が叶った。丁度還暦、77年を経て、庇のないこの家が比較的湿度の高いであろう日光の杉林と苔の中で健全に保たれていることに心から驚いた。到底80年をまもなく迎えるとは思えぬ状態の良さである。所有は数回にわたり変転、しかしそのどの方も丁寧にこれを維持したのだろう。ほぼ原型のままであり室内は快適である。外壁は幅広のドイツ下見板、勾配のゆるい屋根、ライトの影響を感じさせる室内、窓割り。ここでは若き吉村は「建築」誌がいう日本建築の実践者という役割よりレーモンドの元でライト、そしてそれとつながるヨーロッパの住宅の系譜をスタディした、トレッドソン邸はその結果としての習作なのであろう。ただし引き戸によって個室が連続するプラン、比較的大きい開口部など吉村の意向があちこちに見られ、床下換気口に冬のための蓋があること、引き違い窓の固定とエアタイトためのディテールなどは彼の独自の工夫なのではないかとおもう。なんと早熟な建築家であろうか。
土地の所有が輪王寺であって変転しないことがこのように長く使い続けていることの一つの前提であるのかも知れぬ。が、長く慈しみ、手入れし使うことを習慣とする欧米の人を所有者としたこともあるのだろう。だが、われわれが短期に使い捨てる習慣を持ったのもそう遠いことではないはずではないか。
1930年のころは確か聴竹居、ドーモディナミカ、土浦亀城邸などが竣工した時期である。良き時間が少しだけ存在した大正デモクラシーの開花したころである。
楽しい時間であった。
e0079037_1432024.jpg

by noz1969 | 2008-10-25 19:52 | 日記
<< アーキニアリングデザイン展 Volkmar Pamer講演会 >>