神戸 芦屋

鹿児島行きの格安航空機の機内でRegionという地域誌をもらったのだが、そこに川崎正蔵という明治期鹿児島出身の人のことがあった。40を過ぎ、川崎造船をつくった人、という記事。今に続くコンツェルン、川崎重工業の創始者である。貧農の出、奉公からの立志伝中のひとであるという。先日神戸への所用があり調べていると この川崎正蔵の自ら建立の菩提寺に彼の自邸の庭にあった多宝塔があるとの情報を得た。重要文化財。何かの縁、と思い訪ねた。場所は新神戸の駅裏すぐ、といってよいところ。といってもいささか急峻な山道を行く。そこに目指す寺、徳光院はあった。川崎さんは造船所を今の京浜工業地帯の川崎とここ神戸に作ったという。大変な美術収集なども彼の後半生にあったが景気の波の中で散逸したという。廃寺の塔が彼の庭に解体移築されそれがここ彼の菩提寺に移されたということのようだ。彼の希望であったのだろう。原三渓のことなど ほぼ同時代、明治の起業家のひとびとの共通するところを思う。

目的はこれも新神戸駅そばの新「竹中大工道具館」にもあった。年末の28日に閉じる日韓中の大工についての企画展示が見たかったのと、新装なった館の様子それからその展示に興味があった。企画展は面白かった。当然ルーツを同じくする三カ国の技術の変遷とその違い、また共通するところが展示の眼目。ここでは島国日本の特異点が強調された展示のように見える。ただこれが宮殿、寺院などの「高級建築」に特化したものであることを思いながら、もっとこのテーマを民家などにまで普遍できたら面白かろう、と考えた。この特徴ある博物館の学芸員、彼らのこれからの活動を期待したい。
常設展、竹中の大工道具収集そしてその展示も名人上手についてのものになる。鑿、鉋、などこれらがきわめて鋭利な刃物であるが故、ほとんど名刀の面持ちで展示されているのがすごい。すごいだろう!といった風情。これはこれで本当にすごかった。展示もきれいすぎるほどきれい。

翌日 なんとなく相楽園に行く。ご存じだろうか、舟屋形(重文)という見たことのないものに惹かれて。相楽園は旧小寺家の屋敷跡。いまは市が管理している。小寺さんは江戸期この地の領主三田藩、その3人の家老?の一人らしい。公選後の最初の市長はこの末裔という。和風庭園の中 明治末期に建設されたハーフティンバーの本格的洋館がある。これが馬小屋(重文)。驚く。旧ハッサム邸(これも重文)が移築され保存されている。阪神大震災で崩れたレンガの煙突が庭に転がっている。クスノキの巨木、白松の巨木がある。白松は初めて見た。中国を原産地とするという。仙台のあの最中「白松が最中」私の大好物、を思い出す。舟屋形はもともと姫路藩主の舟屋形、舟遊びのための船、その上部が改造され茶室として使われていたものということだが、漆と金箔。牛尾さんのコレクションが寄贈された、と聞いた。メンテナンスが大変だろう。小屋の中にでも置くほうがよいのでは、と余計なお世話。何とも知らないものがまだまだたくさんある。

この小寺さんら3人の家老?のもう一人が松方さんらしい。先の川崎さんと松方さんの末裔が親戚であるということも知る。そしてあの松方コレクションの松方さんの先代であるrしい。何ともあの時代の人脈は狭い。

芦屋は言うまでもないが山邑邸の見物。加地邸と同時期に遠藤新が手掛けている。こちらは言わずと知れたフランクロイドライト手ずからのデザイン。たしか伏見の酒蔵の主が建てた別邸ということだが RC、斜面に沿うように建つ。詳細なディテール、オーナメントにちょっと驚愕。特に食堂のインテリアには驚愕。この時代の手間のかけ方と今日の手間を比するとあれが「建築」であり、こちらはただの建物であるのかもしれない。口が滑るが建物でもなく建屋かも。実は初めての訪問である。重文。修復はきわめて丁重。ただ 家具が違う。
by noz1969 | 2014-12-29 17:15 | 日記
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