新潟 博多 宇部 萩

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週末の強行軍。新潟は文科省の講演で。学校長寿命化は急務、これを各県の担当部局に知ってもらうための講演で話をした。新潟について知るところが少なすぎることをいまさらながら確認する。米どころの象徴か、関川村の渡辺家 佐藤家という豪農の家をぜひ見たいと思ったのだが、遠方であることと 目下解体修復中との情報もあり断念、しかし市内に北前舟に寄港地であることをしのばせる豪邸がありそれらのいくつかを見た。斉藤別邸,小澤家である。斉藤別邸は大正期のものであるとのことだが、当時黒松の林に建てられた大正期らしい和館で極めて面白いものであった。もっぱら迎賓館の趣、庭を見るための二階建てだが、これで新潟地震でもびくともしなかった。そのなぞを考えた。ただこの二つよりもっとすごい家があるとのこと。富山の馬場家のことなど考える。日本海側の豊かさについてもっと認識を新たにする必要がある。イタリア軒、ロシアチョコレートの店など港町新潟のハイカラにも興味がある。次回また訪れることとしよう。
翌日は「木の建築賞」二次審査のため宇部にいることが求められる。そのため博多に空路移動、博多泊とする。三加和の共同設計者Sさんと河庄で夕食。何度目かになるが、今回もじつに楽しかった。五十数年の間 こんなに変わらない商業建築も珍しい。おかみは三代変わったという。あのつながるベンチはどうも初代店主の創案であるらしいこと、床は取り替えていること、など聞いた。ただそれだけしか変わっていないということだ。何より満足な品々。
翌日木の建築賞審査会場へ。旧山口銀行の保存建物が会場、これも村野藤吾らしい。宇部の町は閑散としている印象。セメント産業の省人化が極端なのであろう。宇部興産の専用道路に通常の道路通ることが出来ない巨大トラックを走らせ大量の石灰石を運ぶ映像を思い出した。
二次審査は無事通過した。
翌日萩へのエクスカーションに参加、久しぶりのバス旅行。業界の特権、解体修理中の大照院を見学、重文である。市内旧山村家住宅見学、修復設計者の説明つきである。萩の建築家が取っておきを案内してくれる。今回の星五つは「お船倉」毛利の御用船の格納庫である。荒い石積みに丸太の梁がかかるスパン10メートルを越える大きな建造物である。。これが四棟並んでいたとのことだが今あるのはひとつだけ。であるがすごい。明治期の埋め立てで陸の中にある。残念。当時は湾曲する突堤に守られ静かな海面がありそこに四つのお船倉があったのだ。絵図がそのことを教える。この光景の復元が出来ないものか、などと夢を見た。ほかに明倫館などを見る。きわめてもったいないことであるが そんなわけで吉田松陰松下村塾などに立ち寄らない旅程である。実は萩は初めてである。ぜひもう一度来たい。宇部に戻り空路東京へ戻る。お疲れ様でした。
by noz1969 | 2014-10-15 11:11 | 日記
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