砺波にて 付

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砺波で散居村集落を見のたが 中島家住宅の見学では砺波郷土資料館の方にお世話になった。住宅が資料館が管理運営し公開しているものであった。そして予想外の建築に出会う。郷土資料館の建築が、旧中越銀行本館の移築した壮大な擬洋風蔵造りのものであったのである。。以下に転載したが、長岡平三が基本設計、地元の大工によるものということだが、たしかに外見は蔵造りではある(ただし残念ながら移築、タイル張りに改修されている。本来は黒漆喰である)が、室内は壮大な二階吹き抜けの大空間であり、「伝統の土蔵の架構」では不可能と思われる架構である。詳細は不明だが木造トラスによるものか、と推測する。そうであれば長岡のかかわりは基本設計を超える詳細にわたるものであったのではないか、とも考えた。鏝絵による洋風のレリーフなど当時の職人の技が輸入された意匠を作っている。ところで長岡平三とは?

http://takaoka.zening.info/Tonami/Modern_Building/Tonami-Kyodo-Shiryokan_Museum.htm


全国でも五指に数えられる立派な土蔵造りの銀行建築
 中越銀行は、砺波地方の豪農や豪商によって1894年(明治27年)12月に設立されました。この建物は、中越銀行の本館として、当時の東砺波郡出町大字杉木新村272番地(現在の砺波市本町3-25、富山第一銀行砺波支店のある場所)に1909年(明治42年)7月に建てられました。総工費は、4万5000円でした。
 概要設計は、東京の建築設計技師・長岡平三が行い、実施設計と工事監督は地元の藤井助之焏(ふじい すけのじょう)が行いました。洋風を取り入れた木造土蔵造りで、一部にレンガを使用しています。屋根は破風の大きい入母屋で妻入り、三方に下屋を下ろし、後方にT字型に入母屋屋根を組み合わせています。前口16.3メートル(9間)、奥行き18.8メートル(10間)に正面玄関を設け、建築面積308.8平方メートル、軒高9.1メートル、総高14.3メートルとなっています。内部は吹き抜けの営業室を中心に三方をロビーで囲み、後方は一階に金庫室とその両側に応接室、二階は会議室になっています。化粧材は全て檜を使い、全体をコリント様式(アンカサス装飾)の彫刻でまとめています。建築当初の屋根は本瓦葺き、外壁は黒漆喰塗りでしたが、後に銅板本瓦棒葺き、スクラッチタイル壁に改装されました。
 中越銀行は、太平洋戦争中(1943年(昭和18年)7月)に一県一行の国策により、十二銀行、高岡銀行、富山銀行と合併し北陸銀行になり、この建物は北陸銀行・砺波支店となりました。
 1978年(昭和53年)の都市改造事業のために取り壊されることになりましたが、北陸銀行が建物および移築費を砺波市に寄付し、1989年(昭和54年)に現在の場所(チューリップ公園の一角)に移築復元されました。1982年(昭和57年)に砺波市文化財に指定され、1983年(昭和58年)4月に砺波郷土資料館として開館しました。
by noz1969 | 2014-08-16 17:43 | 日記
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