関西へ 「箱木千年家」へ

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大分以前のことだが一時 あるデザインスクールで教えていたことがある。その折学生であった人との同窓会が週末京都であった。デザインスクールの建築科には他の大学で何らかの学業を積み卒業をし後にここに再度入学した、という人もいた。当時大学は闘争の余波を受け十分な教育を行う環境でなかったこともその原因であったのであろう。彼らと私との年齢差はごくわずかなものであった。久しぶりに大昔を懐かしく思った。
大阪泊 の翌日、懸案の「箱木千年家」を訪ねた。学生時代からだから半世紀の懸案であっていまだ見ていない住宅である。そのころの「箱木千年家」は写真によるものであったのだが驚くほど大きな一続きの屋根が印象深いものであった。ダムの工事に伴い以前の位置から70メートルほど移動、再築された姿は 室町期の部分と江戸期の部分に分離され中間部を埋めていた諸室が取り払われた姿になっている。考証の結果であり文句はないのだが、室町期の部分は当然ながら江戸以降は改修され江戸期なりの姿になっていたのである。それが室町期のオリジナルに復元されたということで、ここにあるそれはそれで見事にすごい。特に恐ろしく低い茅葺きの屋根とその内部の見上げるようなすがたには圧倒される。いわば大きな竪穴住居が地上1,4メートルほど浮き上がったものともいえよう。復元にあたった研究者には耐え難い面白さがあったのではないか。
ただ思うのである。考えてみれば 今の姿のように室町期のオリジナルと江戸期のオリジナルが並立して建っていたときは過去一度としてないのである。時間の中で改修が重ねられ姿を変えていた。その経緯をホゾの位置などを確認した。そうしながら二棟の姿を原型に戻したはずである。そうであるとすればこの家の600年ほどの永きにわたる変貌の時々のすがたもある程度正確に確認できそのような作業をされたのではないだろうか。その変化こそ興味深いはずである。その面白さをたどることができる復元の方法はなかったのであろうか。と思った。
ここにある今、がつまらないのでは決してない。じつに面白い一流の復元であることは言うまでもない。ただこの建築がたどった永い時空を空想する手立てがほしいと思った。
by noz1969 | 2014-05-26 12:01 | 日記
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