国大 卒業設計 講評会

昨日が卒業設計の講評会であった。24人 近年少なめであった設計による卒業生の数が今年大きく増えた。一昔前の数に復活した。その分スケジュールは長く朝から夜までの長丁場であった。
例年通り横浜を敷地とするものがいくつかあったが、自身の良く知る地方都市や故郷を敷地に選んだものが目立った。故郷を考えるのもは、いささか ささやかな景観にささやかな建築を造る、または直す、というものとなった。三保の半島の神社の周辺の修景、紀州街道沿いのいくつかの民家群の時を経て改修されるすがた、青梅街道に沿う町屋とその後背地の改修、川越の伝統町屋ブロックの改修、など。
他方 何人かの学生は良く知る都市の特徴的エリアを敷地とした。広島平和公園と基町団地の間の広大なエリアを公園とする、高崎競馬場跡地11ヘクタールの公園化、宮崎青島海岸、巨大ホテル跡地の再生、など。市街化調整区域内の農地、山梨の果樹園地、などを敷地とするものもこれに入るのかもしれない。
佃、生麦、墨田区の古い木密地域などを評価し手を入れるといういわば卒業設計の定番、これも例年通りある。
際立ったのは以下の三作品であった。名古屋の西部に残る長さ7キロに及ぶ産業遺産である運河をフロートし移動する建築と両岸の倉庫群の改修により、再生させようというもの。ハノイにある高層建築をハノイの町並みを作る建築言語で新たに積層するマーケットとして建て替えるもの。ソウルの大河ハンガンに面する捨てられた火力発電所跡をいくつかの島とし自然復元を計るもの。
ハノイのプロジェクトは歴史、街のサーベイ、演繹的に現れる姿と工業化の接続、プランの表と裏の構造など極めて説得力があるものであったし、ハンガンのプロジェクトも建築はほとんどないのだが 河川の底部にいたる構想が綿密であり今日の建築学科の学生に望まれるサーベイする力とその先に見る夢、その優れた成果であった。名古屋の運河のプロジェクトの夢も捨てがたいものであった。審査にかかわったものの二度目の投票の結果、第一位にハノイのプロジェクト、第二位にハンガンのプロジェクト、名古屋が第三位となった。一位、二位となった作品はともにそれらの国からの留学生のものであり、二人とも女性であった。
by noz1969 | 2014-01-31 12:00 | 日記
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