横浜国大 卒業設計講評会

昨日横国で学部の卒業設計の講評会があった。この大学での卒業設計が著す傾向についてはほかと比しても特に誠実で時代の課題に真摯に向かう顕著な姿勢を表すものがあるのではないかと私は思っている。だから参加が楽しみでもある。
今年、敷地が都市を離れ、または都市のただ中であっても荒廃と縮減に見舞われるエリア、それらを対象とするプロジェクトが目立った。言うまでも無く それらは現代が抱える難しい課題である、それでもあえてそれを課題としそれにポジティブに向かう、若いその姿勢その傾向を私は特に多としたいと思った。新潟の農場地帯が二例、青森二例、市街地と温泉地である。水害に見舞われることを常態とする高知が一例。稲城、相模原、東京近郊といえど乱開発化、混乱する里山エリアが二例である。都市を対象としたものも墨田区京島、そして荒川区の木密エリア、そして横浜寿町のいわゆるドヤ街を対象とするもの。後者、都市の課題の大きいエリアへの提案はここ数年の卒製のテーマとしてそれほど珍しくは無いのかもしれない。しかし前者の事例がこれほど多くあることは極めて珍しいのではないかと思う。そしてこれらどれもが極めて難しい課題であることは異存の無いところであろう。結果に仮に届かないところがあるとしても彼等はそれらの課題に果敢に取り組んでいる。しかも 面白そうに、ポジティブにそれら課題を引き受けて。
もうひとつ 注目したものがある。東海村にバイオマス発電所を作る、この地の特有の産物である「干し芋」を資源として、というプロジェクトがあった。本当に収支は合うのか?とも思うのだが、明らかに3,11が彼に選択させた課題に果敢に取り組んだ、作為にあふれたものであった。
こうした作品の射程は必ずしもその奥底にまで届くものではなかったといえるのだろう。しかし、これらの提案が講評するわれわれから様々な多様な言質を引き出したのは今日私たちが考えることごとにつながり私たちが共感する提示をこれらが持っていることに拠っていたことは言うまでも無いだろう。
結果として、最も多い票を得て最優秀に選ばれたのは 金沢の水路の改修をテーマとする建築的提案と言うより穏やかな土木的提案とでも言うべき、実に真っ当なものであった。私もこの提案を 推した。水路を拡幅、友禅流しを復活、雨季に水に覆われ、乾季には川原となる新しい水環境の提示。これを補強するコンテクストがこの提案の中身をより深いものとしていた。豊かな都市環境都市景観への修復を垣間見せるものだ。ここでもこれが新たな建築の提示ではなく景観の「修復」であることが改めて注目されよう。
建築はこれら前者が示す社会的課題と後者の提示する景観的環境的課題、この二つに積極的に答えを出す可能性を持つのではないか。短絡的にシニカルになることは無いこと、引き受ける覚悟とその可能性を彼等の提案は示し彼等はその価値を信じている、私はそう考え安堵している。
by noz1969 | 2013-02-01 21:42 | 日記
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