再び東京駅頭へ

昨日 休日であったが事務所に。用務が終了後 汐留へ昨日が最終日の 今和次郎の展覧会に出向いた。既に今回刊行されたカタログを見ていたし、「日本の民家」などの書籍や文庫本化されたものなどにより知るものも多くあるが資料のオリジナル、本物に触れることの興味深く驚きの時間であった。。その後帰宅のため東京駅方面に向かう山手線に乗る。東京駅に差し掛かるところで車窓から東京中央郵便局の姿が見えた。仮囲いの向こうに外壁工事中の部分が見える。正面向かって左側、ファサードが回りこむあたりである。明らかに新しいタイルを貼っている。これを確認することをもくろみ下車。目前にしたのは明らかに新しい躯体に新規のタイルを貼ると言うものであった。行われていたのはコンクリート下地にメタルのガイドを付けそれにタイルを引っ掛ける、まことに今日的施工である。この部分は一度コンクリート躯体を解体し修復した部位であろうか。但し使われているタイルは既に現れたファサード全体を白く極めて均一に覆うものとまったく同一である。つまりどこかにオリジナルの部分がありそれとの違いが見えるという部位が全くないのである。先日のきわめて悪い予感、危惧を確認することになった。「復元された」ファサードは全て新規に作られた、「フェイク」である。白々とした偽物である。本物の姿を借りているだけなおたちが悪い「詐術」のようなものである。保全されたような形を当初とりながら(確かに解体当時、ファサードは一時残され一見保全されているように見えるときがあった)このようなことであれば中に8角形の断面の黒い列柱があるはずもないではないか。東京の顔、東京駅の目の前の記憶の継承がこのようなことでタイルによるとはいえ「書きわり」で良いのであろうか?本物を知らない人々がこれを見て吉田鉄郎の仕事であるとおもう、そのことを嘆く。
東京駅の復元部がレンガタイルであり平滑であることも確認した。これもどうしたことであろう。これでよいのか、もっと誠実な手段はなかったのか。皮肉に見ればここでは明らかに「新築部」と「既存部」に違いが見える。既存部を尊重し新築部を明らかなフェイクとして作った、と見えるのだ。但し、これも東京駅という竣工後重文にしようと言うモニュメントをそのような意図で再現したとは考えにくい。とすれば「これでいいのだ」という復元設計者の明らかな「眼力」の結果ではないのではないか。ディズニーランドのような復元がまかり通る、このことが私たちの鑑賞力のなさ、審美眼の欠如、歴史に対する敬意の不足を表示している。
by noz1969 | 2012-03-26 16:24 | 日記
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