牛伏川フランス式階段工

土木学会が1995年、創立80年を記念して出版した「人は何を築いてきたか」という本がある。私の特に愛する書籍のひとつである。広く「土木」と考えていい人々の営為が取り上げられおおむね時間軸で掲載されている。そのひとつひとつが面白い。取り上げられている営為は先史時代の環状列石から今日のものに至る。各項目は写真と解説、それに所在地のわかる地図、データが要領よく記載され、旅行のおりに立ち寄るための格好の手立てと成っている。紹介されている「牛伏川フランス式階段工」はその中で特に行ってみたいところであった。今回それが叶った。
明治期から大正期の膨大な石組みはもちろんあくまでも手加工である。仕事は一つ一つ人により行われ、それによる景観はきわめてヒューマンだ。雑木林の中に穏やかな階段状の長い緩やかな滝が心地よい水の音を響かせている。階段工の始まるところにある説明図の写真を見るとこの穏やかな景観が下流のエリアにまで荒れ狂う土砂流出を繰り返す牛伏川をなだめ人々が作り出したものであることを知る。緩やかな階段に見える場所は写真の中では抉り取ら垂直に近い断崖のようにある。ここを手を尽くし膨大な石積みにより埋め尽くしたのだ。なんと30年をかけこれを作ったとある。
この営為はただ事ではない。人力によるものではあるがじつに巨大な土木工事である。しかしそれによる処方は漢方のような穏やかなものである。もちろん手入れは必要なのであろうがこの穏やかな処置は穏やかな維持でその機能を保つことが出来るものなのではないだろうか。われわれが知る巨大技術、スクラップアンドビルドは時に維持が難しく、それによる景観ががさつである。このこととの対比をどうしても考えざるを得ない。長く使い続ける知恵はこうしたものから学ぶとことが大きい。

散策しながら以前見た四国吉野川第十堰(よしのがわだいじゅうぜき)のことを思い出した。コンクリートで覆われ目に触れることがない堰の下には江戸期の吉野川の分流化工事の折に築かれた膨大な石積みがあると聞いた。それは青石と呼ばれるものであり堰は青く輝き一定量の水は逃す融通無碍なものとしてあったと聞いた。人々は石伝いに対岸に渡ったとも。無粋なコンクリートを剥がしてみたい、と思った。残念だが、先の書籍には第十堰は記載がない。現代の応急的被覆がこの顕彰を阻んでいるのだろう。
by noz1969 | 2011-12-21 14:12 | 日記
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