ヘラルドトリビューン福島関連記事1

福島のことは国内のメディアの報道に一定の制御がかかっていることは十分考えられる。海外での反応を注視したい。以下は野沢富士子の手によるヘラルドトリビューン紙に掲載された福島関連記事の翻訳である。記事が掲載されるごとに作業をしている。幾分遅れがちにはなるが本ブログに順次転載させていただく。

                               



2011年5月9日インターナショナルヘラルドトリビューン記事翻訳
ニューヨーク発信 記者名 Tom Zellelr Jr.

評論家によると米国原子力規制者は原子炉の安全性に関してはさいころを転がしているようなもの。

2007年秋イリノイ州にあるByron 原子力発電所において、ひどく錆付いたスチールパイプの掃除は作業員が金属ブラシで行っていた―このパイプは非常用装置に対して水を循環させるための一連のもの―しかし予期せぬことが起きた:それはブラシが配管を突き破ったのだ。

この漏水により2機の原子炉は修理のため12日間停止された。

原発の所有者であるExelonは長い間沢山のパイプが腐食によってその肉厚が薄くなったことを知っていた。しかし修理せずにパイプの安全に関する判断としては最低の肉厚幅を再三低減してきた。 そしてパイプ破損後Exelonは破損パイプの肉厚は0.76mmでそれは新品パイプのわずか10分のⅠ以下であっても十分だと述べた。

放射線を含む物質が漏れた形跡はないものの、専門家によれば原子炉事故によりある程度の本数のパイプが破裂することがあればそれは原子力大惨事になるとされ、その上工場はシカゴの西からわずか161kmしか離れていない場所の設置されている。

Exelon社の危険な決定がなされたのは米国NRC(Nuclear Regulatory Commission)アメリカ原子力規制委員会の現場調査員の目の前でであった。
パイプに漏水が起きた後も8年間に渡りNRCの査察官がこの件に関して調査結果を文章にしてこなかった、そして会社が満足できる基準値を下げ続けてきたことにも注意をはらわなかったとNRCの検査官の高官がその後の調査でそのように述べた。
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では会社の処罰はどうなのか。 それは2件の低レヴェルの違反によるけん責-NRCにとっては通常の気乗りのしない反応であるとByron原子力発電所の調査を後日行った前調査員のG.A.Mulley Jrは語った。
彼によれば会社の言い分はいつも“なにも起きなかった”で済まされるが、運にもよるが遅かれ早かれいつか大層な事に直面することになると言った。

評論家はNRCを悪気はないものの力不足の機関であるとし、かつまた原子力産業界と近しい関係であり見張り役であることを怠ってきたとしている。今ではこの懸念は福島第一の問題により緊急性が増大し、多くの専門家が自然災害に匹敵するものとして政府による手ぬるい規制があると言及している。

NRCは原子力の黎明期と比べ今ではより安全な操業がおこなわれているとしているものの、原子炉停止しばしば起こり会社が期間の提案する活動を実践するに当たり金と時間がかかりすぎる苦情をのべると、安全性に係わる専門家、連邦議会論者やNRC内部の監視者でさえ優柔不断の傾向ありと指摘する。
NRCの高官が職を辞した後で原子力産業から利益を得ていることも理由であるといわれ、過去何年にもわたり数十人もの人々が原子力産業やロビー活動を専門とする会社に職を得ている。

今日、アメリカにある104機の老巧化した原子炉は当初の40年の許可であったものを20年の延長使用をNRCに要請しているが、原子炉分解点検で緊急にシステムを見直すことを主張しているものたちもいる。

NRCの欠点で腹立たしいのには理由がある、それは1970年半ばにアメリカ議会が原子力エネルギー促進とその安全性を規制する役割を政府から切り離して行うことで前身のAEC(Atomic Energy Commission)で蔓延していた争いに解決をもたらそうとしたからである。

Peter A Bradford、かれは前NRCの長官で現在はバーモント法律学院で教鞭をとっているが、“なにも変わっていないと”述べた。その上、
“NRCはAECの規制に携わるものや規則や規約をそのまま導入した”とものべている。 彼いわく、原子力産業界は2005年のGregory B. Jaczkoの就任までは毎年影に日向に長官の指名を支援してきたと。 Jaczkoは2009年にオバマ大統領により任命されたが就任前はEdward J.Markey,マサセッチュセッツ州民主党の原子力に懐疑的な議員や現職の上院与党のリーダーでネバタ州選出の民主党上院議員のHarry Reidで同州での原子力廃棄物の保管に反対した元で働いた経験つんだ人間である。

Jaczko いわく、安全性に係わる問題にはより迅速に対処する必要があるといっている。しかしその反面自分を守ることもわすれなかった。“私が強く思うことは安全性に関して正しい決定をくだすべきは一人一人の規制当事者の判断によるものである”と語ったのだ。 

David Lochbaum、彼は前NRCの原子炉技術の指導者でありしばしばNRCを多くの場合さいころをころがしているだけの機関と批評しているとし、“Byronと福島の違いは運だけ”と発言した。ヴァーモント州のVernonには39年前建設のVermonnto Yankee原子力発電所がある。 ここにあるのは
日本で問題になっているのと同じ設計の原子炉がコネチカット川の近くに建ち2007年には冷却塔の一部が崩壊する痛手をこうむった。 2010年一月には工場の操業を司るEntergy社は地中に埋めたパイプから漏れ出したとみられる放射線トリチウムによる付近の土壌汚染と地下水の汚濁を検知した。
その数ヶ月前には州政府の政治家たちにそのような配管は存在しないと述べたばかりというのにである。 

この問題を重要視したヴァーモント州上院議員たちは2012年3月以降の同工場の操業を停止すべく決断した、これは州の2006年の法発動においての発電を継続することに反対する決定であった。しかし、日本において地震、つ波のおきる一日まえにNRCはそのほかの62機の原発とともに期限延長の許可を出したのだった。 今アメリカでこれが訴訟問題に発展している。

Lochbaum氏は“なぜあのようなところが期限延長になるのか”と言った。“なぜなら頼まれたからに違いない。NRCの興味は原子炉の操業を維持することしかないからだ”とも言っている。

若干の追加作業を命じたものを除くと、NRCは2000年に延長許可を与えて以来全てに対して容認してきた。

また問題に対処するうえで迅速性にかけることもNRCがかかえる、また別の問題である。

1975年のアラバマ州のAtensにあるBrown Ferry 発電所の火事で一つの原子炉の重要な冷却装置の電気配線の故障が思い起こされる。
この事件でNRCは危機感をおぼえ1980年には新しい火事に対処すべき規制を発動した。

しかしその後30年間、2度の内部調査によると防火のための欠陥および有効性にかける素材を認可した経緯もあるという。 これが示唆しているのは、材料が認可されたといえど初め言われたような機能のないものが山積しているという証拠も多数存在するのだ。

初期のころのものでThermolagというものがあるとMulley氏は言うのだがこの材料はわけの分からない研究所で不正にテストされたものであった。 “NRCのどの検査官も研究所やテスト結果を調べるようなことはしてこなかった”とこの件で調査依頼をうけた彼は述べた。

昨年NRCは355ページの報告書をつくりこの中で耐火問題は解決済と書いているが、多くの原発では規制に対して準拠しているとは言い切れない。

NRCは違反にたいして目をつぶることしか出来ないようだとLochbaum氏は述べる。 彼は今Union of Concerned Scientists (感心ある科学者団体と訳してよいのだろうと思うが)の原子力安全プロジェクトのリーダーをつとめている。“そうでもしなければアメリカにあるほぼ全ての原子炉を停止しなければならなくなるから”とも発言した。 

耐火素材の完全な失敗について問われたJaczko氏は、NRCは安全性にかかわるものはより迅速に規制すべきと述べた。そして“私はかねてからよりよいタイミングで規制をかけるべきと伝えてきた”とも。

しかし問題は複雑である。 “非常に複雑、技術的な問題が介在していて、最終的にはいくつかのケースにおいては大掛かりな工場改修が必要になるだろうと”語った。
by noz1969 | 2011-05-20 11:51 | 日記
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