このごろ

暗雲がたちこめている。少しも晴れぬ。新聞もTVも信用がならない。このうっとうしい気分は数年、いや数十年晴れぬのではないか、と思う、そのことによる二重のうっとうしさだ。様々な情報が飛び交う。それを風評というが風評を云々するのであれば納得できる情報を発信するしかない。メディアはそれができない。メディア自身がこの状況が想定外であり正確に対応していないからだ。われわれは風評の中から真を探すしかない。「自らの判断で沖縄に逃げた人のみが正しい選択であった」、という事態が今後発生することがまったく無い、そうした状況ではない。電池を余分に買った、ミネラルウオーターを箱買いした、そうした人をあれこれ言う資格はだれにも無い。
「原子力安全保安院」という組織は本来危険を伴うものであるからこそ「保安」が必要であるそのため十全の想定を用意し時により警告を発することを任務とする組織のはずだ。その組織自身が「原子力は安全である」という「信仰」の中にどっぷり漬かっていたのだ。「原子力安全神話」は東電自らが説き東電自らがそのドグマにはまり今回の事態を招いたということに他ならない。永劫に発熱を続け電力を発生する原子力は東電にとりこれほどうまいものは無い。これが安全であることを様々な警告を封じ、根拠無く自らそれを信じたのだ。彼らはその魔力の下で魔力の言うままに「スイッチ」「深夜電力利用」「オール電化」が喧伝し続けた。
原子力発電はここで必ず廃止させなければならない。東電の解体はもちろんである。水力、バイオマス、太陽光など再生可能エネルギーで20パーセントほどをまかなうドイツ、それ以上をまかなう諸国に遅ればせながら学ぶべきだろう。工夫はいくらでもあるはずと思おう。今までそれら工夫のすべてが「原子力安全神話」に抵触するものとして推進を阻まれてきた、そう考える。
東電はその「信仰」により、自らの顧客である国民に対しその国土に広大な「廃墟」を作り出して見せたのだ。現状の長くかかる処理に専念しなくてはならない。昨日までの不遜な独占は根拠を失っている。
by noz1969 | 2011-04-08 17:19 | 日記
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