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TACOS「エネルギー最小の家」セミナー
滝川薫 × 野沢正光 省エネ住宅に関するセミナーで講演いたします。 ふるってご参加下さい。 日時:2009年11月13日(金)開場17:15 開演18:00 場所:INAX GINZA 8F セミナールーム 定員:70名 申し込み先着順 無料 申し込み:下記ホームページにアクセスしてご応募下さい。 # by noz1969 | 2009-10-31 14:52
いわむらかずお絵本の丘美術館・絵本の丘フィールド・那珂川流域でサケや生き物の観察会を行います。
ご興味のある方やお子様連れの方は是非ともご参加下さい。 開催日:2009年11月7日(土) 会場:いわむらかずお絵本の丘美術館・絵本の丘フィールド・那珂川流域 〒324-0611栃木県那須郡那珂川町小砂3097 電話0287-92-5514 ファックス0287-92-1818 集合場所・時間:絵本の丘美術館にて9:30受付開始 募集人数:40名(要予約) 参加費:こども(4歳~小学生)1000円、大人(中学生以上)2000円 ※美術館友の会会員は半額です。 参加方法:参加希望の方は美術館へお問い合わせ下さい。※先着順
10月3日(土)に予定されていました団地逍遥「水戸地域の公営団地」ですが、都合により10月17日(土)に変更になりました。
又、集合場所も松戸駅西口より徒歩5分の松戸市民劇場前に変更になります。参加を希望される方はご注意ください。 参加人数にまだゆとりがございますので、お時間ご都合のつく方は、是非ご参加ください。 申込みは下記アドレスにメールにてご連絡ください。 E-mail:npodanchisaisei@jcom.home.ne.jp ![]() ~地域型でつくられた団地をしょうよう逍遥する~ 第1回「水戸地域の公営団地」のご案内 団地逍遥も第三期に入ります。今期は、東京から離れた地域を訪れます。第1回の団地逍遥は、水戸地域の公営団地です。昭和51年に入居開始された、六番池団地をはじめとするそのシリーズの団地を見ます。当時、茨城県の職員として設計に携わった増澤敬さんにお話を聞き、現状をフィールドワークします。参加人数を限定して行います。 ◆第三期 連続講座 地域型でつくられた団地を逍遥する 第1回水戸地域の公営団地◆ 集合場所:10月17日(土)AM8:30 松戸駅西口より徒歩5分の松戸市民劇場前へ集合 期間 :第三期を2009年10月から2010年3月とし、3ヶ所の住宅団地を逍遥します (ツアーは原則として現地最寄り駅集合見学、講演の後夕刻現地懇親会、その後現地にて解散となりますが、合理的な移動手段を考えます。) 費用 :テキスト代および講師謝礼分を現地で徴収します。一回2000円。ただし、NPO団地再生研究会会員はその半額(1000円)とします。(懇親会費等については会員、非会員を問わず、実費を負担していただきます。) また、今期の団地逍遥では、途中に懇談会を開催しながら、当時の事業を振り返り団地再生の実施に向けた議論も深めていきます。 連絡問合せ先:NPO団地再生研究会事務局 〒168-007東京都杉並区高井戸西3-3-5-101地域デザイン研究所気付 tel:03-5336-7033 fax:03-5336-7034 hp:npodanchisaisei@jcom.home.ne.jp ■見学スケジュール予定 08:30 松戸市民劇場へ集合 10:00 茨城県建築センター2階会議室 11:00 六番池団地へ到着、見学 12:00 会神原団地へ到着、見学 13:00~14:00 昼食 14:00~15:00 双葉台団地へ到着、見学 16:00~17:00 三反田団地へ到着、見学 17:00~20:00 東京へ戻り、解散 20:00~ 意見交換会へ自由参加 ■ゲスト講師予定 増澤 敬 氏 ●当時、茨城県職員 ●現在、株式会社 日立建設設計 技術顧問 ●六番池シリーズの公営団地設計に携わってきた
ご存知の方も多くいらっしゃると思いますがTOTO/東陶が出版する 「TOTO通信」という季刊誌があります。質の高いもので、中原洋という名編集者が企画編集をしています。主に建築家、建設会社に配布されているものです。ご連絡が遅くなりましたが、その最新号「夏号」が私の特集です。
TOTO/東陶のショウルームなどで入手可能と思われます。お手に取り、ごらん頂きたくご案内させていただきます。 なおWEB版もあり比較的簡単に見ることができます。こちらもごらんいただきたくご案内します。
2009年8月27日(木)の建設通信新聞にインタビュー記事が掲載されました。
↓画像クリックすると拡大表示されます。 ![]()
遅くなりましたが、6月に竣工した「世田谷の住宅」の概要がHP上にアップしています。ドミノで試みた架構方式を展開させたものです。付加断熱により性能の向上を図る、負荷の大きい東西壁面を屋根と同じ金属葺きとし一体化するなどし、栗林さんに習い24時間熱回収換気扇を床下経由熱搬送装置として使用してみています。野沢正光建築工房HP、WORKS、下段の住宅建築の項です。
大学が夏休みに入り暇ができるはずだが8月があわただしい。7月末に病状の連絡をもらい見舞いに、と考えていた小谷喬之助さんが8月早々に亡くなられた。ご存知だろうが、劇場建築を専門とするひとであった。もう以前、日大で定期的にお目にかかっていた。気風のいい人であった。前川さんとの共同の仕事の話などを教官室で楽しく聴いた記憶がある。吉田鉄郎についての富山放送製作のきわめて質の高いプログラムで内田祥哉さんとともに出演されコメントをされていた。それを懐かしく見た。その放映は昨年の春だから逝去は急であったのではないか。残念である。冥福を祈る。3日が通夜であった。懐かしい顔にあう。
5日に飯田市での環境省のエコハウスプロジェクトの第一次審査に立ち会う。飯田市を訪れるのは初めてである。戦後すぐの大火の後に作られたというりんご並み木の道が町のシンボル。人形劇フェスティバルの最中であったが審査のみで帰る。次回第二次審査の折には少しゆっくりしあちこちをみてみたい。翌6日、JIA環境建築賞の第一次審査であった。今年から難波和彦さんが加わる。幾分厳しい書類審査となるがJIAのほかの顕彰とのバランスもある。これから9月にかけ審査員は手分けして各地に出向き現地審査をおこなうこととなる。7日、豊田市での学校エコ改修のWSに立会う。思うところを話した。改修の小学校は敷地に特長がある。周囲の緑も豊かだ。少しでも先進的なよりよい提案がされることを期待したい。実に暑い。名古屋泊まり。携帯を紛失したものと思い込み大騒ぎをした。何のことは無い、かばんのそこに潜んでいた。続く8日は三重の山中へ、ゆっくりと進行中のプロジェクトが急にあわただしくなった。その会議であった。何とか上手くいくといい。 10日からの週は立川の現場を始めとしておおむねお盆休みである。事務所もエンジン停止。と言いつつ、中で一人飛び回る羽目になったスタッフがいる。彼は再び三重へ。そして突然飛び込んだ初めての打ち合わせにと駆け回った。 この間に私は「ニューエネルギー」という季刊誌の原稿を仕上げ「住宅建築」の原稿を推敲する。 終戦の今日は一日家である。裏側の窓を覆うゴーヤーの手入れをする。高く伸び過ぎた蔓を高枝鋏で撤去しようと勇躍作業をしたが,蔓にまぎれていたJcomのケーブルを切断してしまった。大掛かりな作業車が程なく到着、接続してくれた。これを機に久しぶりにブログに向かうこととした。たかがハウスキーピングもなかなか事前のデザイン、状況の把握が重要である(笑)。来週前半は北海道へ出向く。快適な気候の中で休暇を兼ねるつもり。
日本建築士会連合会会誌「建築士」8月最新号はエコ設計・エコマテリアル特集が組まれています。
「エコマテリアル、エコ設計、エコシステム」というタイトルで野沢正光の原稿が特集の巻頭に掲載されております。 書店で販売される刊行物ではありませんが、建築士会会員に配布されています。 2009.8 / 出版 社団法人日本建築士会連合会 ![]()
最新号Ahauが出ました。北国の集合住宅についての特集です。今回の特集は少し地味ですがこうした記事はこのメディアのほかにありません。稀有な存在ではないかと思います。以前からこの姿勢と編集、エディトリアルに敬服しています。依頼を受け著した私の短いエッセイが掲載されております。「長く使う、より良く直す」というタイトルです。団地再生についてのものです。手にとってご覧になって下さい。ぜひ直接注文してお買い求めください。
改めて言うまでもないのですが各地に様々な質の高い思索があることを思い知らされます。経済的に疲弊すると東京発のメディアはとたんにくたびれます。いかに厚みの無いものであるかを思い知ります。青森発Ahausも苦闘しているはずです。できる限りのサポートを!、と思います。 今回このブログでAhausの存在を知った人、特に建築関係者はぜひバックナンバーをそろえてほしい。そうする価値のあるメディアです。 Ahaus アーハウスNo.8 2009.7 / 980yen / 発行所・Ahaus編集部
TOTO通信の夏号が出ています。「環境を問う野沢正光さんの試み」という特集です。はじめに松村秀一さん、太田浩史さん、私の鼎談があり、豊田正弘さんが司会を務めまとめてくれています。それを受けケーススタディとして自宅、那須の週末住宅、木造ドミノが紹介されていますがそれぞれ伊藤公文さん、中原洋さん、加藤純さんの記事、写真は自宅を藤塚光政さん、那須とドミノを元藤塚さんのスタッフだった傍島利浩さんの撮り下ろしという構成です。自分のことなので照れますが、丁寧な写真、記事そして編集が際立ちます。自宅を藤塚さんに撮ってもらうのは三回目か四回目になるはずです。中原さん、大久保さん、坂口さんの編集チームが今回の特集を企画してくれたことに感謝します。このメディアは発行部数の極めて大きく設計事務所、工務店などに配布され、多くの人の目に触れるものです。既に数人の友人から反応がありました。是非手にとってごらんください。↓
週末の午後久しぶりに目白、吉村順三記念ギャラリーに行く。「湘南秋谷の家」についての展示である。(ちなみに会期は8月9日までの土日、午後1時から6時)この住宅はあの羽仁五郎、羽仁説子夫妻のための家である。担当が奥村まこと、なんと言ってもこれほどまことらしい仕事は無い、と言える住宅である。湘南の海にまさに面して建つ。竣工してほぼ半世紀たつが健在であるという。会場にまことさん。藤井君、そして行き合わせた稲田君たちとしばし歓談する。テーブルの上に当時使われた図面、掲載された新建築、(この新建築に宮脇さんのモビーデックが掲載されていた)そして当時まことがつけていた打ち合わせ記録ノートまである。暖炉の下に続く猫の通路のことがこのノートにある、と稲田君がいう。楽しい豊かな時間をすごした。
今年度の環境建築賞の公募が始まっている。事前他薦を問わず多くの作品がリストアップされ、われわれが今、試みる建築の姿が顕在することを期待したい。応募はもちろん建築家本人によることとなるが、この作品を推薦したい、という積極的な意思があればぜひ設計した建築家に伝え、賞への応募を働きかけてほしい。今年度から審査に難波和彦氏が参加する。期待するところ大である。時代は大きく変わりつつある。超長期住宅先導的モデル事業に見られるように環境的課題はいよいよ焦眉であり政策的誘導も顕著だ。昨年度の環境建築賞には環境省による学校エコ改修による事例が優秀賞に挙げられてもいる。保全、改修を含め多様な仕事がなされているものと思う。環境建築賞の意義は今後格段と高まるに違いない。多くの作品がここに集まるよう様々な手段による周知をお願いしたい。
気付くと今月は一度も書いていない。日常が思いのほか煩瑣であったことによるのかもしれない。立川の現場も佳境であり、ほかにもいくつかのプロジェクトが並行して進んでいる。その一つ一つのための会議、応答も毎日のようにある。月の半ばに世田谷の住宅の現場が竣工、いくらかの仕事を残し引越しとなった。。クリニックの工事契約、地鎮祭があった。ドミノをめぐる様々な仕事もここのところ頻繁である。
仕事のほかにも様々な事柄がある。手帳を見返す。園田邸での集まりが今月もあり平井千絵さんのフォルテピアノを聞き、茅ヶ崎の家の改修に当たった樋口さん等の話を聞いた(7日)。可喜庵での山越邦彦についての矢野さんの話があったのは13日、梅宮さん、矢代さん、仙波さん等、「山越研究会」メンバーもここに参加した。団地再生卒業設計賞の表彰式はその前日12日であった。ほかに相変わらず大学での課題のエスキスと講義が週に二日あり、今月はこのほかにムサビの大学院の学生の課題のエスキスもある。20日には日大の学生、50人超が「長池ネィチュアーセンター」を見学、他大学の学生にも知らせて話をした。週の初め22日には大阪でJIA総会、ここでは各賞の表彰式があり日帰り出席環境建築賞の話をしトンボ帰り。ほかに団地再生研究会の理事会が15日、東工大での小さなレクチュアは17日、深大寺でまちづくりの集まりに呼ばれたのは24日、ここでは曽根さんと一緒であった。昨土曜は夕刻事務所でムサビの最終エスキス。学生は戸惑いながら課題の趣旨についてきているかな、と言う感じか。この午後、オープニングに出席できなかったギャラ間でのガンポバエザ展を覗く。数年前、課題を見た学生数人に声をかけられる。みな社会人として楽しく仕事をしているとのこと。喜ばしい。ブックショップで「大きな声」を見つけた。坂倉事務所刊行の幻の私家本、私はそのコピーを持っているが、坂倉展を期に復刻されたものと言う。もちろん購入する。19日には匠美会があったのだがこれも出席できなかった。そういえば月初めに運転免許の更新があった。今月は誕生月である。月日は矢のように流れる。
昨日は近郊大移動であった。相模原の自宅からまずは町田へ、八王子を経由し立川へ行く。バスで立川市役所の現場に着く、ここが昼までの滞在地であった。打ち合わせ、現地での確認の後、昼飯を取りバスにのり再び立川駅へもどり、中央線特別快速で新宿へむかう。中央線の高架化は半ばまでできている。風景の激変にも慣れた。新宿で湘南新宿ラインに乗り換え今度は逗子に向かう。逗子駅前でバスに乗り次の目的地「逗子小坪の住宅」へ。ここの改修工事の状況を確認する。この住宅は昨年所有者が変った。新しいオーナーから住まいの手入れを依頼されたのである。これは私たちにとりとても嬉しい事態であった。今回の改修はほぼ竣工している。厨房裏にあったユーテリティは二十数年を経て改変されていた。竣工当時、木造の簡単なものであったことにより朽ちてしまった結果であったのだろう。これが今回、姿を変えて復元されたのである。旧の姿に近いものとして復元したことがなにより嬉しい。
その後、鎌倉近代美術館へ赴く。今日がプレオープン、あすからここ坂倉さんの代表作での「坂倉準三展」である。天候は幾分ぬれるが傘のいらないほどの曇天であったが、周囲の緑がぬれて美しい。南の池の水面と美術館のピロティがこの緑に囲まれてここだけの景色である。この場でのオープンパーティはなんとも気持ちのいい仕立てである。多くの知己と会う。もちろん展示も充実している。例の「戦建」、プルーベの木造版が庭に復元されている。帰途、国大で教えた現在坂倉事務所に勤めるW君と一緒になる。あれこれ近況を聞く。その後、鎌倉、大船、藤沢を経由して相模原に帰着。ぐるっと東京神奈川を一回りしたことになる。 「坂倉展」はここと7月からは平行して「汐留」でも開催される。「鎌倉」が比較的大きな建築、「汐留」が主に住宅を展示することになるということだ。こちらも楽しみである。
「半世紀を迎えた世田谷区民会館+区役所庁舎」Part 3
世田谷区民会館(1959年)と世田谷区庁舎(1961・1969年)は、ル・コルビュジェのアトリエに学んだ前川國男の設計により、時代の最先端のモダニズム建築として竣工しました.当時は、区民ホールだけでなく、結婚式場や図書館が併設されたシティ・ホールで、多くの区民が利用しました.しかし、築後約50年が経過し、世田谷区では、建て替えを前提に新しい庁舎の検討が進んでいます. 日本では、経済の活性化や利便性の向上により、景観が日ごとに変わりつつあります.欧米の歴史性を感じられる豊かな都市景観に比べ、25年、50年前の街並を想い出すことが難しく、また想い出そうという心も失いつつあるのではないでしょうか.明治時代、世界でもっとも美しい都市とも言われた東京.東京は.映画を撮影しようとしても、過去の街並がどこにもない記憶喪失の都市になってしまいました.早稲田大学特命教授の篠田正浩監督をお招きし「前川國男の1959年」について語っていただき、東京工業大学の藤岡洋保教授に区民会館区庁舎の建築についてお話しいただきます.そして、Part2に引き続き、これからの50年間の区民会館と区庁舎の望ましい将来像について意見交換を行います. 日時: 平成21年5月16日(土)13:30より 会場: 国士舘大学多目的ホール(世田谷区世田谷4-28-1) (小田急線梅が丘駅下車、徒歩15分/東急世田谷線松陰神社前駅下車、徒歩6分) 参加費:500円(資料代として) 申込不要(当日先着500名まで) 受付・開場 13:15 シンポジウム開会 13:30 司会:澤一郎 開会の案内とスケジュール 挨拶 13:35 小林正美(世田谷地域会代表) 前川國男の1959年 13:40 篠田正浩(映画監督・早稲田大学特命教授) 戦後の近代建築の好例としての 14:30 藤岡洋保(東京工業大学大学院教授 建築史) 世田谷区民会館・区役所庁舎 使い続ける可能性について 15:15 JIA世田谷地域会 休憩(20分) 15:40 区民会館区庁舎外観見学(予定) パネルディスカッション(意見交換) 16:00 司会:野沢正光(建築家) 閉会 17:45 主催 :(社)日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部 世田谷地域会 後援 :(社)日本建築学会 関東支部(予定)・DOCOMOMO Japan(予定) 連絡先:世田谷地域会事務局 (有)黒木実建築研究室 TEL03-3439-4190 FAX03-3439-4726 E-Mail:skyland@jcom.home.ne.jp ![]() ![]()
久しぶりに東村山本町のドミノ発祥の地へ。取材があり訪れる。訪れた家はこの地区に初めて建設され、長くモデルハウスとして使用された家、われわれが何度も立ち入ったいわばドミノのケーススタディウス№1である。ここは第五期の販売で住まい手が決まり最終の販売の後にあるじを迎えた。そして今、家(ホーム)として本来あるべき姿となっている。感慨が深い。「お邪魔します」と挨拶をし招き入れられる。居間にグランドピアノが狭苦しくなく納まっている。調度や飾られている絵画、書棚の本などがこの家の家族の好もしい個性を垣間見せてくれる。家とは本来そうしたものであろうと改めて思う。質の高いスタンダード、ドミノが求めたもの、その確認に来たのだ、と思った。2月の荒天の日であっても、ドミノの室内は17℃を下回らない、極めて快適である、とのお話をいただく。オーエムはドミノに至りまったく新しいフィールドに立ったのだ、との思いを改めて強くする。曇天ではあったが撮影を含め無事終了。帰途に着く。こうしたプロジェクトが各地で行われることを望む。ドミノがサステイナブルな住宅のトップランナーであることを確認する。
何もしない連休の予定であったが、29日、思い立ち東京女子大学へ行く。ここには一度来たことがある。ずいぶん昔、第一工房の施工中の現場を見せていただいた折だ。その折は工事中の建物のみにたち行った。敷地の奥に入るのは今回が始めてである。レーモンドの計画当時の建築のうちいくつかについて存続が危ういとのニュースがある。同窓会主催の園遊会が開かれ学内が公開される、との話を受け出かけることにした。時を経たキャンパスはさすがに緑豊かである。ただし今日のどこの大学もが抱える宿題がここにもあるように見える。受験生におもねる、新しいキャンパスへの動きだ。学習院大学で前川さんの建築が壊されその後に新たに建設されているいくつもの絶望的ポピュリズム建築群、相模原に新設された青山学院大学キャンパスの商業建築的な軽さ、などに比べればここの新築建物はましではあり、キャンパス全体は歴史と時間の積み重ねを感じることのできるものではある。だが、保存の危うい旧体育館周辺だけを見るとき、このキャンパスの将来を危ぶまざるを得ないと感じる。敷地、西から改築の波はひたひたと押し寄せている。高層の新しい校舎が立ち並ぶ。旧体育館はその中にある。先にも記したがこのキャンパスは第一工房の手になる時期があった。が、今、ここで展開する建築群は某大設計事務所の仕事である。
さすがに本館、を中心にしてチャペル、講堂のエリアは保全されるであろう。本館のインテリアは予想を超えて軽快な初期モダニズムであり素敵だ。ライシャワー館と称するものなど住宅規模のいくつかが点在するエリアがいい。ここのレーモンド建築はライトのにおいとチェコキュービズムのにおいがともにする。ほかににないもののように思う。建具がアルミに改修されているのは残念だがコンクリートの躯体、デコレーションは往時のままだ。複雑な気分のまま、ランシーのオーギュストペレの教会のコピーと言われるあのチャペルでしばし考える。 帰途、懸案の本むら庵で遅い昼飯を取る。ニューヨーク(一回だけ)、町田(今は無い)でここのそばを食べたことありだが本店は初めて。家路へ。 なにもしない予定が六日もまた出かけることになった。日本橋へ。三越。林寛治氏夫人アメリーさんのキルトの展覧会の会場へ赴く。日本の着物、織物がアメリーの眼により見直されここにある。その「眼」に驚かされる。ここで予想通り懐かしい人に会う。話が弾む。この展示は10日まで。必見である。この日もその後、遅い昼飯であった。人形町、「今半」でステーキ。
連休明け、久しぶりに「みるめ」に行く。オープンしてもう三年になる。今、彫刻家 掛井五郎さんの版画展が開かれている。掛井さんは調布在住。「みるめ」での版画展の知らせをうけてぜひ見てみたかった。とてもよい個展であった。曇天、ファサードの大きな高窓のスクリーンが開かれて散乱光の降る明るい場所になっている。こんなふうに使ってほしい、と思ったことが実現している。ギャラリー前の樹木が大きくなっている。三年は短く長いと思う。施工してくれた岡建のスタッフに偶然会う。こんなことがあるのかと思うが、トラブルがあり呼ばれて来ていたのだ。なんというタイミングであろう。ちょうどいい、と言うわけであれこれ話す。こんなこともある。「虫の知らせ」なのだろう。ご主人の入れてくれたコーヒーをいただく。美味しい。二階のカフェからの眺めを少し客観的に見る。掛井さんの個展は17日までである。ぜひ見てほしい。
園田邸での音楽と建築を楽しむ会が続いている。それに呼応し今月の「住宅建築」が園田邸を取り上げ特集記事にしてくれた。もう書店に並んでいる。私が文章を寄せ、園田夫人へインタビューをし、林さんが会の意図を話している。この機会にと私の事務所の圓山が家具の実測をしそれも掲載されている。盛りだくさんである。手にとって見ていただきたい。盛りだくさんの結果、文字が小さくなっている。字数を削減したほうが良かったなと思わせるページ構成となったが今更仕方が無い。
建築を作る事とそれを見ること、そして見て考えること、これがともに重く、しかし実に楽しい。言うまでも無くこれが深く連関してもいる。特に住宅を見ることのできる機会は極めて限られる、そのうえ残念ながらこれまで住宅の寿命は極めて短い。つくり考えるためにも建築が長く使い続けられ、いつまでもある、このことを是非、普通の事としたいと思う。
昨週半ば、横浜国大三年生の今年最初の授業があった。昨年の夏から改修工事に入っていた建築棟が装いを新たにしている。40年ほど以前に建築された建物はもちろん今日的要求にこたえるものではなかった。今回の改修が8階建ての校舎の南外壁すべてを緑で覆うものであったのは今日の課題を素直に表示しているといえるのではないか。屋上が利用可能になったのも多彩な場を作ろうという合意によるのだろう。内部も大きく改修されていた。壁面緑化はこの研究をするこの大学の研究者にとっての実験フィールドでもある。結果が期待される。
そして今日、芸大、大学院の授業に赴く。久しぶりの上野、荒天時折の雨、緑がまぶしい。もちろんこの春、初めて大学院からここに来た学生もいる。新しい環境で深く学んでほしい。歴史の重なるここで。美術系大学の建築学科が持つ優位は必ずある。そしてそれはキャンパスにある様々な刺激、特にそれに取り組む君たちと同世代の人たちにあるのではないか。彼らとの応答がきっとここだけの経験となる。
昨夕、世田谷区民会館集会室を会場に彦根アンドレアさんのJIA環境建築賞最優秀賞受賞と出版を祝うパーティがあった。八幡平のピーエスを訪れたのは昨年の夏の終わりであった。十数年を経た建築のこの賞への応募は初めてであり、経過した時間とこの建築が先んじて獲得していたスタンダード、この二つともに共感を思った。この建築を一冊に纏めた書籍もすばらしいできである。会場には友人が多数いた。アンドレアがこの世田谷区民会館で今回のパーティを催したことを素直にうれしいと感じた。区民が様々に工夫し地域での集まりを頻繁にし、集まりを楽しみ、コミュニケーションを図る、そうすることが公共の施設をより使い勝手の良い、親しみのあるものにする。そしてそれが改修の質を上げひいては使い続けることにもつながるのだろうとも思う。安易で拙速な「解体」を取りやめ、「再生」を選択する、そのために必要なのは使い手の意思であるのかもしれない。
文京区向丘にある宮脇檀の「船橋ボックス」が解体される。その前に一度、ということで今日公開された。竣工から34年ほど経つという。コンクリートの単純なファサードの中に木造の設えがある。スケルトン+インフィル、オープンビルディングの気配のある住宅である。エントランスからすぐに階段の吹き抜けがあり盛大なトップライトかrら光が降る。「ボックス」シリーズのひとつ。都市的環境にたいしコンクリートの殻で護り、内に木造を仕立てる、コンセプトに素直な姿が好もしい。跡地には中層の賃貸マンションが建つらしい。宮脇さんが没して10年が経つ。
この週末も関西であった。町田の鈴木工務店の主からの問いかけで、聴竹居を訪問することになったのである。この機会にと待庵、水無瀬宮燈心亭にも予約を入れてもらう。待庵は数十年ぶり、燈心亭も十年ぶりか。午前10時に待庵へ。われわれは前日乗り込んだが、同道の半田さんは当日5時過ぎに家を出て合流。
妙喜庵は書院と書院明月堂からなる。書院は重文。待庵はそこに付属する。言うまでも無いが利休の作。1582年、天王山の合戦のおり秀吉が作らせその後ここに移築されたという。国宝、二畳隅炉のわが国を代表する茶室である。 燈心亭は後水尾天皇が作らせたという茅葺きの茶室、重文、これは17世紀初頭のものである。ただし様は大きく異なる。秀吉対利休の緊張と武の台頭の中で文に逃避する天皇の好み、の極端な違いであろう。燈心亭は以前聴竹居に奥村夫妻を伴い訪れた折に奥村さんからの発意で立ち寄ったことがある。様々な草本を天井の装飾に使う。建具の下部の水引模様が目を引くがこれは唐来もの、南方から輸入されたラタンでつくられているという。久しぶりにこの二つの建築を観ることができ、よかった。 待庵を辞した後、大山崎山荘を見、昼飯を踏み切りの端にある新しい店で摂った。蔵を移築し店とし、母屋は土載せ屋根がある本格的木造、景観になじむ。テラスに石窯がある。安藤邦廣さんの設計であることを店の人に聞く。鶏肉のコンフィとサラダ、とりわけ石窯で焼いたパンがおいしい。 午後は今回の主なる目的地聴竹居である。ここはいまボランティアの手により管理運営されている。その方々の世話になり見学させていただく。私は何回もここを訪れているのだが、あらためて大工の仕事のよさに驚く。そしてこの家の異常とも思える電化ぶりを確認する。このことは先日上梓した「パッシブハウスはゼロエネルギー住宅」で触れている。分電盤の大きさは80年前でなくてもただ事ではない。ボランティアの手により巨木と化した木々が整理され風通しが改善されている。建物にとって良いことであろう、が、以前鬱蒼としていたところに巨大なマンションが見えるのは幾分困った。とはいえ早々にまた植物が繁茂するだろう。 先の燈心亭はその後午後3時からの訪問であった。燈心亭へはいくつもの鉄道道路河川が通るこの地の工場に囲まれた殺風景な道である。燈心亭見学の後、サントリー山崎工場へ何とか間に合いウイスキーのテイスティングをする。もちろんこの日初めてのアルコールである。その後京都市街で飯。一日が終わる。とても能率良く、山崎をぐるっと周遊する旅であった。半田さんの万歩計約14000歩。 実は鈴木さんと聴竹居を訪れることになったのは可喜庵で開催される「デザインサーベィとしての昭和建築家」,四回シリーズの講演会にこれが登場するからであった。講師は矢野和之さん、矢野さんは大学で鈴木さんの先輩に当たる。ご興味のある方は参加を申し込まれたら如何だろうか。 http://www.suzuki-koumuten.co.jp/KAKI-AN/kakian-top1.htm
ゆっくりと農業高校のプロジェクトが進んでいる。会議で高校のある紀伊半島の中心部へ赴く。近鉄線伊勢中川から大阪へ向かう路線はまったく山の中だ。時折現れる集落が美しい。瓦屋根のほか見当たらぬ。何度目かの訪問である。農業の衰退が言われるがしっかりとした仕組みを模索する人々がここにある。成果は数年先である。できる限り考えぬきたい。
今回は終了後にもうひとつの仕掛けをした。翌日曜日、奈良在住のK氏と待ち合わせ遅れた修学旅行をすることにしたのだ。室生寺、当麻寺どちらも長く訪れていない。奈良のそれも都心から離れた寺はどうしてか疎遠になり行きにくい。しかし気になる。それが 叶った。室生寺は比較的近い過去に訪れているせいだろう、記憶とそうたがわなかった。金堂がいい。台風で倒れ、五重塔を損壊した杉の切り株を確認した。奥の院まで登る。きつい、しかも登りきったところにそれといったものがない。「この苦労は今回が最後であろう」とK氏いう。同感であった。近傍のダニカラヴァンによる彫刻庭園に立ち寄る。おまけのつもりであったが、これが予想を超えてよかった。彫刻のできのよさに感心する。規模もほどがいい。 その後当麻へと向かう。車中、K氏が目の前の風景にまつわるこの地の様々な過去を話してくれる。この地の厚み、歴史に感じ入る。そして本当に久しぶりに訪れる当麻寺である。ここは一部は記憶のとおりであったが大分は記憶と大きく違っていた。伽藍配置のわかりにくさに戸惑う。わかりにくい間の抜けた配置に見える。起伏のある地形におおらかにあるせいなのかもしれない。ただそうであるとしたら今日付け加えられたできの悪い建造物が気になる。邪魔である。ただ昔からの建築は実にどれもすばらしい。特に二つの塔はすごい。久しぶりにこれを見ることができてよかった。本堂に架けられている例の曼荼羅図、江戸期の模写ではあるがこれも重要文化財であるという。本物が見たいがこれはこれからも叶わないだろう。門前でそばをくう。 その後今井町へ。伝建地区の整備が延々と続いている。昔訪れた今井の寂れた印象と大きく異なっている。ここでK氏の関わった建築を見せてもらう。ここでの改修の進捗は眼を見張るものである。K氏は「書き割り」を心配するが「それはそれでどう使うかだろう」とわたしは答えた。ここにある充実した密度をどのように人々に伝えるか、これが問われるだろう。家々にボランティアの方がいて説明をかってでてくれている。これがすばらしい。願わくばここを訪れたひとが数日滞在し様々な体験ができるそうした仕掛けがほしい。そうしたことが可能となる試みが始まりつつあると聞いた。それが可能となった折に再び訪れたいと思った。
今回は奈良北団地である。計画の当事者のお一人、市浦、小林明さんからレクチュアがある。1969年の計画5年ほどですべてが完成したと言う。電鉄会社により造成がすんでいた土地の上の計画であり計画が手をつける以前に起伏のある里山は大きく改変されていたようだ。住戸は標準設計の2dk、3dkによっているが住棟形式は特徴的である。三階にひとつのエレベータ停止、階と階の間、踊り場階に極めて長く続く廊下が設けられている。、建物は135度にクランクしながら続く。エレベータの利用効率から考えられた住棟形式と言う。郊外の中層団地と都市内の高密度な面開発、その中間的位置づけの「近郊高密度団地」の試みの最初の事例だという。住棟一階エレベータ乗り場付近に小ぶりなプレイロットそれに連続する中庭の整備が、配置計画の主題であった。廊下階のクランク部の空中にもにもプレイロットがあったという。それらは子供の減少と少年の溜まり場化、、自動車の普及耐震改修等により改修されている。立ち木も駐車場化に伴い大分切り倒されたようだ。小林さんも戸惑いを見せる。しかし独創な住棟配置はそのままであり、建物は極めてよく管理されていて当時の計画の意図を良く伝える。ツールーズミライユ、バイカー、バーミンガムなど当時のヨーロッパの団地計画へのシンパシー、それを色濃く感じる。改修されたとはいえ中庭の成長はすばらしい。これからの季節、緑の繁茂するころはもっと違う印象となるであろう。小林さんも言っていたが住み手の高齢化などの変化に伴う共用部に人々が集う場を用意するなどの機能のコンバージョンがもっとなされるといい。それがあれば賑わいのあるものとなるであろう。こうしたストックを積極的に改修、今後につなげていくこと、そのための仕組み、合意を考えたい。終了後玉川学園駅まで散策。藤森さん、「ニラハウス」に遭遇。駅前のカフェで歓談の後散会する。
「パッシブハウスはゼロエネルギー住宅」とタイトルされ、「竪穴住居に学ぶ住宅の未来」とのサブタイトルを冠した本を上梓した。昨日手元に見本版がとどいた。手前味噌ではあるが上出来のように思う。版元は農文協、百の知恵双書の第19巻目。このシリーズもちろん真鍋弘さんによる編集である。ちなみに表紙カバーは私がこのシリーズで2003年に出版した「住宅は骨と皮とマシンからできている」と同じ杉田比呂美さんによる。西方さんから拝借した御所野遺跡の復元竪穴住居をモデルハウス展示場に見立てた楽しいイラストである。
内容はこれからの住宅が抱える大いなる宿題と長く続く住まいという習慣、これらの両方を引き続き引き受けそれら二つをともに考えること、その多重であるがうえの面白さ、課題、そこを考え書き進めたのだが何とか私が今、思うことを著すことができたのではないかと思っている。もちろん一般の人々に読んでいただこうと考えての執筆である。極力わかりやすく平易な言葉で著したつもりである。3月始めには書店に置かれるのではないか。ぜひ手に取りページを繰っていただきたい。そしてぜひお買い上げを。 ![]()
22日は特別な日曜日であった。たくさんのゲストが我が家に押しかけたのだ。以前から教えている学生たちを招き、我が家を開くことは宿題のようなことになっている。「呼んでくれないか」、とのリクエストがある。今回もそうしたことを受けて数人に声をかけたのであったが、こちらも偶のことだからとあちこちまとめて、と思ったこともあり立錐の余地なし、に近いことになってしまった。幾分の目算はあった。それはこの機会に「東京中央郵便局」の窮状を知ってもらいたいということであった。私は先日周囲を仮囲いに覆われたそれを見たばかりである。そうだ「この機会に富山テレビの製作したあの番組を見てもらおう」と考えたのだ。私自身も久しぶりに見た。改めて実にレベルの高い一級の史料価値をもつ番組であることを確認、初見のときと同様涙腺が緩むおもいを持った。これほどの成果、これほど豊かな知性の営為、その産物をなぜ無きものにするのであろうか。思いはかれらに必ず伝わったであろう。そう期待したい。
後半は一昨年東工大での指導をサポートしてくれた中井君の執拗な質問攻め(笑)にたじたじとしながら楽しい時間をすごした。人が予想より多く幾分足りなかったようだったが食物はカミサンが作ってくれた。めったにあってもらっては困る一日であったであろう。多謝。
Fさんからメールをもらう。先日のブログについてのコメントであった。「いま、57?」とのタイトル、以下の内容である。私信であるが一部をここに転載させてもらおう。
野沢 正光 様 いつも、楽しく読ませていただいています。 三菱一号館、 煉瓦をあんなにきちっと積んでは、 現代の日本人の煉瓦造で、 明治時代の煉瓦造にはなるはずがない・・・ が、 三菱一号館の解体は、1968年 昭和43年では? 高校生? 歳のさばをよんではいけませんよ。(笑) ありがたい指摘である。コメントへの共感を寄せていただいたと思っている。 返事を出す。 おひさしぶりです。ブログを見ていただいている、冷や汗をかきます。 調べず書くとますます冷や汗です。一号館だけが残っている姿を僕が見たのが高校生、その後近づいていない、と言うのが事実のようです。訂正します。勘違いを記憶と思ってしまっています。 いま57だといいんですが、、、(笑) 野沢正光
今日、逗子に行く。6年前の仕事のアフターケアである。現地で逗子在住の建築家Nさんに会う。ここでお会いして何の不思議もないのだが自作の前である。照れる。東京までの電車も偶然だが知人との同行となる。彼の話す実に面白い企画、それについてあれこれ話し合う。丸ビルで広島からの知人と合流。昼飯。そばを食う。20年前のこと、関わった人、など懐かしい様々を話す。
実はその前に幾分の時間があった。その時間に中央郵便局を巡り、三菱一号館の前までのトリップを行った。中央郵便局の現況は厳しい。どうしたものであろう。先日「重要文化財にする会」からのメールで大庇が撤去された、との知らせを受けている。仮囲いが厳重であり確認はできなかったが吉田鉄郎のこの建築がどの程度保全されることになるのか、大きな懸念が残る。ここに超高層を無理やりはめ込むためには現建物のファサードのみを仮面のように残すことしかあるまい。禍根が残る結果が見える。 抜けて仲通に出ると竣工間近の三菱一号館に出る。ここにあるのはディズニーランドのにおいのするコンドルの亡霊である。これが壊されたのは私が高校生であったときであろう。いくばくかの記憶の中にある時間を経たそれと「新築」されここにあるものは大きく異なる。今日半世紀を経てそれが再び亡霊のようにここに現れたのだ。このくらいのものを現前させることは屁でもないのか。ただし再現されたそれは不思議にリアルでない。なぜだろうか。後ろに控えるこれを成立させる根拠としての新築ビルの醜悪さがその意図を物語っているように思われる。 壊したものの価値が再評価されるときそれを再現すること、それは容易なはずはない。中央郵便局を半世紀後に再現する、思うだけでそれは悪夢である。以前にも記したが東京駅の三階部から上の再生がレンガタイルによるという、そのことに同様の危惧を思う。あまりにものんきすぎるのではないか。災害などによる再生についてはいたし方がない側面がある、ただ本物とする努力はここでも必須であるのではないか。 ただし経済的意図による破壊、それに基づく再生は論外であろう。一号館の破壊はその半世紀前の事実であり、中央郵便局は今日の事実である。オーセンティシイ、それは経過した時間がそこに存することにこそある。傷つき痛み、直され、尊重され、改修された時間、それが物語る様々な人々の時間、それが景観であり、歴史である。刷新され、芝居の舞台のような書割になっていく丸の内。 広島の友人を案内、銀座に出、「うおがし銘茶」へ、6年前の仕事を見てもらう。
週末、銀座でセミナーがあった。「パッシブ&アクティブハウス」と題され低炭素社会の先進住宅設計と副題にある。一昨年のJIA環境建築賞、住宅部門で最優秀であった栗林賢次さんを招いてのものである。準備をしてくれた寺尾信子さん、そしてわたしが今回のコメンテーターであった。的確にわかりやすく栗林氏が自作を解説し、寺尾さんは訪れた印象とそこでの実測の結果について話す。寺尾さんの賢明なデータ分析がこのセミナーを実に説得力のあるものにしている。環境建築賞も実は寺尾さんのサポートによるところが大きい。私は栗林さんの「亀山」の出自、それとわれわれの考え実行してきたものとの連続について話す。様々な知見の集積そしてそれを踏まえる「予感」の大切さとそれを実証する事実の確認、そうしたことがまれに面白い結果を生む。「亀山」はそうした事例であろう。100人を越える参加者が今回の催しへの期待を物語っていたのではないか。会場には大勢の知己がいた。
終了後栗林氏はじめ数名で「うおがし銘茶」に行く。店の前であれこれと説明、店長が気づき出てきてくれなんとファサードを操作してくれた。一同声を上げてこれに答えていた。その後の懇親会も盛り上がる。終了の後、再び「うおがし銘茶」前へ。シャッターの下りた風情を鑑賞する。通りがかりの人に依頼し皆で記念撮影まですることになった。その後「三州屋」で二次会。日本酒に刺身、のどぐろなどを食す。銀座に三州屋のあることのありがたさを実感する。こうした催しを続けたい。寺尾さんと相談し今後の企画を考えよう。
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by noz1969 -BLOGINDEX- ライフログ
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