6月6日 講演のお知らせ「旅とデザイン」@可喜庵

6月6日東京都町田市の「可喜庵」にて講演を行います。是非ご参加ください。

-以下、掲載のHPより-
築百五十年の茅葺屋根の民家で環境・建築・インテリアの第一人者である講師からその研ぎ澄まされた身体で感じた話を聞く講演会です。テーマは「旅とデザイン」です。「旅」とは日常から離れることでありながら、戻る場所を魅力ある「新しさ」に立ちかえさせるものです。講演を通じてそこから私達の新しい暮らしのありかたを考えます。
連続講演会(全6回)講演日程:隔月(偶数月)第1土曜日開催
■第1回 2015年 6月6日(土)  「たびたびの旅」と「本」
建築家・野沢正光 / 野沢正光建築工房主宰
■第2回 2015年 8月1日(土)  「木の精を探す旅」
家具モデラー・宮本茂紀 / 五反田製作所グループ代表取締役
■第3回 2015年 10月3日(土)  「パッシブデザインの今昔の知恵を求める旅」
建築家・西方里見 / 西方設計主宰。
■第4回 2015年 12月5日(土 「千年の建築の旅」
写真家・藤塚光政 / 写真家集団HELICO主宰
■第5回 2016年 2月6日(土)  「建築を巡るマニアックな旅」
工学博士・深尾精一 / 首都大学東京名誉教授。
■第6回 2016年 4月2日(土)  「命を守る居場所をつくる旅」
建築家・赤沼國勝 / 女子美術大学名誉教授。

http://www.suzuki-koumuten.co.jp/kakian/3815

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# by noz1969 | 2015-05-26 10:56 | 講演

国大新学期

昨日から国大の授業開始です。三年生70人ほど。例によって課題の説明で始動。終了後全学年を通してのデザイン課題についての会議。一部、組み換え変更などが議論に。将来の学科の改変などにらみつつ。寒気も昨日は幾分和らぎ新緑の気持ちのいい一日、新しい年度の開始を実感。
# by noz1969 | 2015-04-10 11:22 | 日記

「加地邸をひらく 2015春」

四月五月の休日、加地邸の公開です。

昨秋の展覧会につづき、神奈川県葉山町の「加地邸」(遠藤新設計・1928年竣工)をひらきます。今回は春の葉山芸術祭参加企画として、加地郁子さんの織物作品、友人の潮田登久子さんの写真作品の展示をいたします。
住宅遺産トラストHPをご覧ください。

http://hhtrust.jp/news/
# by noz1969 | 2015-04-02 14:02 | 日記

FACEBOOK

先日来 FACEBOOKに手をだしました。いつの間にかメールで友達依頼が来ていたのです。以前FACEBOOKを開設しそのままになっていたことによるのでしょう。それではと、遅まきながら依頼にこたえ何人かの人と友達になって以降、なんとなくこの環境の整えをする羽目になりました。大変です。Iphoneの購入がそれに伴って発生、パスワード、IDが続々増えて何がなんだかコンランのきわみです。ただそれに伴い,旧友との思わぬ再会があったりと状況に変化があるのも楽しみです。電車内でみなが無言、何をしてるのか、と思っていましたが、今やGOOGLE検索やらFACEBOOKやら何やらで私も無言の乗客の一人です。
# by noz1969 | 2015-03-27 13:04 | 日記

吉岡賞

週末 横浜で食事会でした。横浜国大の卒業生三人組がめでたく2014年の吉岡賞を受賞、その内輪のお祝いです。国大で縁のあった教師たちが集まりました。三人組は「403」彌田徹、辻琢磨、橋本健史の三氏。なんと学部三年生のグループ課題での三人組がそれ以来ずっとグループで、ということでした。この課題の担当で相手をしたのが私であったということです。深夜の二次会まで付き合いました。
彼らの拠点、浜松での仕事ぶりをいつか見せてもらう約束をして分かれました。
# by noz1969 | 2015-02-02 14:47 | 日記

国大 卒製

昨日横浜国立大学の卒業製作の講評会でした。例年に劣らず力作が並びました。最近の傾向として学生が自身のふるさとや縁の深い場所を課題のフィールドに選定するケースが目に付くように思います。結果、過疎や人口縮減などの難問が立ちはだかることになるのです。建築するという行為がどちらかといえば「幸せ」の中にある行為であることを思うと震災などと同様、こうした問題に果敢にたち向かうことはいくつもの批評を生みやすいものなのでしょう。なかで瀬戸内 忠海の港、入り江、駅エリアを整備する提案に可能性を思いました。
昨年の国大では卒業設計でベトナムと韓国から女性の留学生二人が図抜けた成果を挙げたことを思い出しました。このインパクトが今年は無かった、との思いが終了後ありました。
# by noz1969 | 2015-01-30 13:04 | 日記

のこれ! 鎌倉近美

もうご存知かと思いますが、鎌倉近美についての県の見解が発表されました。さまざまな近代建築の存亡がうわさされる中、近美がこのままここにこの建築があり続ける可能性について一縷の望みが出てきたといえるのかもしれません。県教委がこの見解を発表したことに勇気付けられます。
とはいえ鎌倉近美は来年三月をもって閉館と決まっています。今年一年の間に近美をめぐるいくつかの催しが考えられているようです。積極的に参加しながら推移を注目しつつ見守りたいとおもいます。以下新聞記事です。

 日本の代表的な近代建築として知られる県立近代美術館鎌倉館(鎌倉市)について、県教委は23日、耐震補強により建物の存続が可能とする調査結果を発表した。建物は今後も維持される見通しとなり、県は敷地を所有する鶴岡八幡宮と建物の維持管理などについて協議を進め、存続方法を探る。

 同館は、老朽化や耐震基準を満たしていないことを理由に平成28年3月末で閉館、取り壊されることになっていたが、日本建築学会などから建物の存続を求める要望書が提出されていた。

 県教委は昨年8月から耐震調査を実施、震度6~7クラスの地震で倒壊の危険性があるが、柱脚補強で耐震性が向上することが分かった。耐震工事の実施費用は約2億1千万円が見込まれるという。

 国史跡である八幡宮境内は原則、大規模な改修工事はできない。耐震工事を行った場合、現在の建物基礎部分より深い部分を掘削する必要がないことが判明。鎌倉時代の地下遺構を損なわずに工事が実施できるという。

 同館は国内初の公立近代美術館として昭和26年に建設された。近代建築の保存に取り組む国際組織「DOCOMOMO」が「日本の近代建築20選」に選出するなど、高い評価を受けている。
# by noz1969 | 2015-01-26 15:13 | 日記

木造ドミノ研究会と 仙台のドミノ

金曜、「木造ドミノ研究会」の例会があり 多くの人と一緒でした。私は仙台、鹿児島で目下取り組み中の実験住宅などのことを少し話しました。建築はやっと姿を現したところなので実証や検証に延べ二年の期間がかかるのですが、この間になんらか中間的成果の発表や見学が出来るものと思います。その折はご参加ください。迎川氏が工務店の将来を熱く語るのを聞きながら、なにより着実な地歩を、と考えました。昨日は仙台の現場を確認に出向きました。
# by noz1969 | 2015-01-23 13:20 | 日記

三加和小、「熊本県木材利用大型施設コンクール熊本県賞」

熊本アートポリスにより選定され設計した「三加和小学校」(新建築2014年3月号掲載)が熊本県主催の「平成26年度熊本県木材利用大型施設コンクール」で「熊本県賞」に輝きました。グランプリです。協働で設計管理に当たった熊本チームなど関係者ともども喜んでいます。地域材、特に市場にある製材の活用を前提とした設計が評価されたと考えています。
私は昨年末に木の建築フォーラム主催「木の建築賞」の現地審査立会いで久しぶりに訪れたのですが、オーエム(屋根集熱太陽熱空気集熱システム=PV稼動です)の威力で教室棟も体育館も終日ほぼ室温17度を維持していました。特に教室棟についてはなんと昇降口が開けっ放し、という環境でです。数日前の夜間未明の外気温の最低値が-5度ほどを示していましたからこれは床下コンクリートへの蓄熱が大きく貢献しているのでしょう。
寒くない体育館の圧倒的な木材架構は審査員の方々にも特に印象的であったようです。皆さん長く滞在されたくさんの質問を受けました。断熱の徹底、特にポリカの五重層の開口部材などの装備も結果きわめて効果的でした。昨年の「建築技術」5月号に技術的詳細が記事化されています。ご覧ください。
# by noz1969 | 2015-01-20 11:38 | 日記

ムサビ 卒製

先週末土曜日 ムサビの卒業設計の講評会がありました。公開です。力作ぞろいでした。この学校の卒業設計は野外、室内に実大のオブジェ、空間を作るものが毎年数点あるなど個性豊かで面白いのです。今年はどちらかといえば建築のプロジェクトに光るものがありました。何よりかけたエネルギーがすごい。特に安倍くんの八戸のアイススケートリンクの集成材による架構模型は日本の卒業設計史上最大のものであったのではないかと思うほど巨大なものでした。周辺の野球場などを含んだ50分の一!なにせ 製図教室ひとつを一人で占めているのですから。
票の集まった野口君、こちらも幾分小さめながら一部屋を使ってプレゼンテーションを展開。こちらはリサーチがなんと弥生時代から説き起こすというもの。脱帽です。
# by noz1969 | 2015-01-20 11:00 | 日記

あけましておめでとうございます

新しい年の初め、あけましておめでとうございます。
新聞の新春の記事にピケティへのインタビューがありました。岩波の広告にはダワーと大江さんのコメントも。
なかなか何ともならない世の中です。課題が多い時代ですが少しでもましな社会になるようにしたいですね。

皆様にとり2015年がよい年でありますようお祈りいたします。

野沢正光
# by noz1969 | 2015-01-01 12:53 | 日記

新神戸駅周辺のこと

先日のブログの続きである。新神戸駅はきわめて特異な立地にある。どちらから進入してもトンネルを出ると駅がある。山の中の駅なのである。駅の北側が森だ。いつ行ってもこの森が気になる。見下ろすと渓谷である。流れが見える。。ほかの新幹線駅にない豊かさを見る。豊かな緑が光を受けて輝いている。神戸の入り口としてもっとこの立地を楽しい場所として生かせないか、そう思う。北の小さな平地に出られたら気持ちがいいだろうと思う。その割に建屋があまりにも素っ気ない。というか場違いなのだ。立地の特性、豊かさを全く考えていない。光の当たるそこに行きたいと思うが、かなわない。できの悪い工場のようなシェルターがそこにある。インダストリアルなそれであるのが悪いのではない、作為のなさが無神経なのだ。まあ、新幹線の駅の大方がそんなものではある。ただ新神戸駅は周辺のポテンシャルを取り込むと見違えるようになることが間違いがない。そんなことを思いながら駅周辺の徳光院、大工道具館をさまよったのだ。これらをもっと使えるのではないか。南のANAの閑散としたホテルコンプレックスのエスカレーターの駅に上るルート、これも利便としては意味がないわけではなかろう。ここが全く閑散としている、商業的に破綻していることがツーリストに見える。それがもたらす寂しさは神戸という都市にとりきわめて大きな負ではないかと思う。ここを含み領域を考えるべきであろう。老婆心ながら。
神戸入り口としての新神戸駅、駅舎のポテンシャルを生かした新たな都市計画、改修を是非お願いしたい。
# by noz1969 | 2014-12-31 20:03 | 日記

神戸 芦屋

鹿児島行きの格安航空機の機内でRegionという地域誌をもらったのだが、そこに川崎正蔵という明治期鹿児島出身の人のことがあった。40を過ぎ、川崎造船をつくった人、という記事。今に続くコンツェルン、川崎重工業の創始者である。貧農の出、奉公からの立志伝中のひとであるという。先日神戸への所用があり調べていると この川崎正蔵の自ら建立の菩提寺に彼の自邸の庭にあった多宝塔があるとの情報を得た。重要文化財。何かの縁、と思い訪ねた。場所は新神戸の駅裏すぐ、といってよいところ。といってもいささか急峻な山道を行く。そこに目指す寺、徳光院はあった。川崎さんは造船所を今の京浜工業地帯の川崎とここ神戸に作ったという。大変な美術収集なども彼の後半生にあったが景気の波の中で散逸したという。廃寺の塔が彼の庭に解体移築されそれがここ彼の菩提寺に移されたということのようだ。彼の希望であったのだろう。原三渓のことなど ほぼ同時代、明治の起業家のひとびとの共通するところを思う。

目的はこれも新神戸駅そばの新「竹中大工道具館」にもあった。年末の28日に閉じる日韓中の大工についての企画展示が見たかったのと、新装なった館の様子それからその展示に興味があった。企画展は面白かった。当然ルーツを同じくする三カ国の技術の変遷とその違い、また共通するところが展示の眼目。ここでは島国日本の特異点が強調された展示のように見える。ただこれが宮殿、寺院などの「高級建築」に特化したものであることを思いながら、もっとこのテーマを民家などにまで普遍できたら面白かろう、と考えた。この特徴ある博物館の学芸員、彼らのこれからの活動を期待したい。
常設展、竹中の大工道具収集そしてその展示も名人上手についてのものになる。鑿、鉋、などこれらがきわめて鋭利な刃物であるが故、ほとんど名刀の面持ちで展示されているのがすごい。すごいだろう!といった風情。これはこれで本当にすごかった。展示もきれいすぎるほどきれい。

翌日 なんとなく相楽園に行く。ご存じだろうか、舟屋形(重文)という見たことのないものに惹かれて。相楽園は旧小寺家の屋敷跡。いまは市が管理している。小寺さんは江戸期この地の領主三田藩、その3人の家老?の一人らしい。公選後の最初の市長はこの末裔という。和風庭園の中 明治末期に建設されたハーフティンバーの本格的洋館がある。これが馬小屋(重文)。驚く。旧ハッサム邸(これも重文)が移築され保存されている。阪神大震災で崩れたレンガの煙突が庭に転がっている。クスノキの巨木、白松の巨木がある。白松は初めて見た。中国を原産地とするという。仙台のあの最中「白松が最中」私の大好物、を思い出す。舟屋形はもともと姫路藩主の舟屋形、舟遊びのための船、その上部が改造され茶室として使われていたものということだが、漆と金箔。牛尾さんのコレクションが寄贈された、と聞いた。メンテナンスが大変だろう。小屋の中にでも置くほうがよいのでは、と余計なお世話。何とも知らないものがまだまだたくさんある。

この小寺さんら3人の家老?のもう一人が松方さんらしい。先の川崎さんと松方さんの末裔が親戚であるということも知る。そしてあの松方コレクションの松方さんの先代であるrしい。何ともあの時代の人脈は狭い。

芦屋は言うまでもないが山邑邸の見物。加地邸と同時期に遠藤新が手掛けている。こちらは言わずと知れたフランクロイドライト手ずからのデザイン。たしか伏見の酒蔵の主が建てた別邸ということだが RC、斜面に沿うように建つ。詳細なディテール、オーナメントにちょっと驚愕。特に食堂のインテリアには驚愕。この時代の手間のかけ方と今日の手間を比するとあれが「建築」であり、こちらはただの建物であるのかもしれない。口が滑るが建物でもなく建屋かも。実は初めての訪問である。重文。修復はきわめて丁重。ただ 家具が違う。
# by noz1969 | 2014-12-29 17:15 | 日記

火山の麓で

金曜と土曜 鹿児島と熊本であった。鹿児島はNEDOの実証実験住宅の現場の確認、太陽熱によって冷却を試みるほか、いくつかの新技術の試みを行う。鹿児島は言うまでも無く櫻島のそびえる地。夕日を受けて赤い山は少しではあるが噴煙を上げている。昨今のあちこちでの地震や噴火を思いながらそれに見とれる。
翌日熊本。阿蘇の外輪山の長く連なる風景はここだけの壮大な景色である。この景観はこの山が昔きわめて巨大であったことをあらためて思わせる。山の一箇所からまたしても噴煙が立つ。阿蘇の数万年に一度の噴火のことが新聞紙上に書かれていたことを思い出す。
熊本は三加和の小学校の「木の建築賞」現地審査への立会いである。もうひとつの候補である史跡鞠智(きくち)城にたつ休憩所にも立ち寄った。7世紀の建築を今日再現するという興味深い試みである。これは復元ではなく古建築の創作?である。この史跡は白村江の戦いの折の後方基地として築かれた山城であり、史跡として整備されている。掘立柱や、礎石を元に再現された建物が面白い。穴と石だけを頼りに上部を作り出す復元をみていると誰もがなにか一言言いたくなる。
三加和は室温安定。小学校だけに玄関の扉は開けっ放しであるのだが室温16度ほどを保っている。晴天の日の未明の冷え込みは零下5度ほどにまで低下している、20度近い温度差を保っていることになる。体育館も同様室温16度である。
# by noz1969 | 2014-12-22 13:56 | 日記

元興寺極楽坊 五重塔

国宝展 最終日の前日土曜夕刻 覚悟の上での東京国立博物館。通称「東博」。30分待ちは予想よりは短かった。が、中の人の数は予想通り、大変な混雑であった。確かに国宝を各地から集結させるという企画は人を呼ぶ。なんだなんだ、といった風情がある。一度にこんなにおいしいことってめったに無い!ブランドバーゲンセールに駆けつけるといった心地さえある。
私のお目当ては「元興寺極楽坊の五重塔」であった。元興寺には何度か行っている。が肝心の収蔵庫に出入りしたことが無い。というか、収蔵庫の存在を知らなかった。何よりこの五重塔についてはまったく知らなかった。現地に行けば いつでもば見られるのであろうけれど?何とかここ「東博」での晴れ姿をみてみたい、と思い出向いた。実物は高さ5、5メートルほど。実に良くに出来た塔であった。各地に作られる塔のモデルとして作られたらしいのではないか、とのこと。人ごみは塔を見るにはそれほど邪魔にはならず、ゆっくり鑑賞した。
元興寺極楽坊には懐かしい思いがある。学生時代の旅行で吉村順三さんからこの建築について話を聞きながら観たことが印象に残るのである。一本の溝に走る二本の障子のディテール。行基葺、先が細い筒状の瓦の屋根のこと、荒々しい床板のことなどである。次回は現地で五重塔と再会したい。ところでこの収蔵庫は公開しているのであろうか?
# by noz1969 | 2014-12-08 12:13 | 日記

代田の町家

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坂本一成さんの37年前の住宅 「代田の町家」の新しい住まい手のための改修が終了、一部の方を対象に公開した。実に丁寧な原状への復旧がなされた。もちろん坂本さんの監修による。工事は元バウ建設のスタッフによっている。鉄板の一文字葺きの外壁は旧に復しシルバーになった。一枚一枚取り外し 塗られていた色をはがし塗るという念の入った復旧がされている。中庭の雨か座に打たれた敷石も磨かれ光る。今日はあいにくの雨天あったが晴天の日に見てみたい。住宅遺産トラスト」のかかわりがこのような結果となり本当にうれしい。巷での保存、再生事例の多くが商業に蹂躙されている。都合よく改修されているのだ。それにつき我々自身の多くがきわめて無自覚である。改ざんは後に禍根を残すに違いない。「代田の町家」は小さい事例ながら そうではない本来のかたちをみごとに実現している。そうすることを喜んでくれたクライアントにこころから感謝したい。
# by noz1969 | 2014-11-29 14:00 | 日記

仙台

仙台で進行中の木造建築、ある建設会社の本社屋が竣工間近で今日出向く。あいにくの雨天。例により製材での架構である。かなりスリムなものになった。架構システムの合理化を山辺さんのチームとやり取りを重ねた結果である。効果をあげている。幼稚園などさまざまな中規模建築に応用可能ではないか。
木造ドミノ住宅をここを拠点に展開する。敷地内にはドミノのモデルが建つ。こちらはちょうど上棟を終えたところ。ここでゼロエネの実証実験を東大前研などをメンバーとするチームと二年間にわたり行う。復旧の一助になる活動が出来れば、と念じている。
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# by noz1969 | 2014-11-26 16:13 | 日記

スパニッシュチェアヌメ皮 御名御璽

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相模原に家を作った直後に購入したモーエンセンのスパニッシュチェアである。20年以上経つ。巨大なヌメ皮の座と背中、この経年の変化はこのいすの特徴である。大分いい色になったとともにあちこちにしみ様のものも目立っていた。革は裏側でベルト状になっていてバックルで長さの調整ができる。座の前方のこの部分が数回切れていた。二度ほど接着剤と糸で補修したが、今回また切れた。そのときのために新しい皮を発注済みであった。意を決して交換した。まったく新しいヌメ皮に違和感ありだが、そのうちまたあめ色に変化することであろう。
(写真左が脱ぎ捨てられた旧の皮である、右は新たな皮をまとったところ)
# by noz1969 | 2014-11-25 12:25 | 日記

田園調布鈴木邸と瀬田旧小阪邸

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週末 田園調布の鈴木邸のお別れ見学会があった。田園調布の開発時から建つ赤い屋根の住宅がついに除却解体ということだ。限定的に公開された時間に合わせ見学。もちろん洋風、設計者不明 田園調布駅舎と同じ建築家の手になるものか、との話もあるようだ。
ただこれが壊されるのは問題である。時代の証人。今後これを作ることは出来ないし仮に作られてもレプリカはレプリカでしかない。某住宅メーカーがこの家をコマーシャルの舞台としたという。そしてその同じ住宅メーカーがこの土地を購入開発する。壊すのである。なんという国、なんと言う話か。(写真左)

昨日は「世田谷トラストまちづくり」主催の連続講座で「住宅遺産トラスト」の活動について話す。私たちのほか清水建設の方が誠之堂など手がけられた保存移築について話す。興味深い内容であった。
会場は瀬田の旧小阪邸、国分寺崖線沿いは明治期以降別荘地であった。小阪徳三郎氏から寄贈され区が管理、公開されているもの。外観は和館だが離れのインテリアだけが洋風という珍しい趣向。こちらはきわめて健全に維持管理されている。(写真右)
住宅遺産トラストの仕事のこれからについて改めて考える。
# by noz1969 | 2014-11-25 12:14 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」シンポ

昨日 加地邸近傍の一色会館=森山神社の集会所で加地邸についてのシンポジウムであった。加地邸は土日祝日開催だが連日200から300人の来館者。シンポジウムも多くの方に申し込みをいただき お断りに苦労したということだ。津村さんの司会で進行。井上さんの話、藤森さん、水沢さん、内田さん、私のコメント。1920年代から1930年初頭の建築を中心とした事象にまで話が及んだ。その後加地邸にてレセプション。春に収穫した加地さんの庭の梅で作られたジュースで乾杯。歓談。開催を支えてくれた葉山チームに感謝。
# by noz1969 | 2014-11-17 11:10 | 日記

新建築11月号

愛農の掲載があります。ご覧ください。
# by noz1969 | 2014-11-14 12:50 | 日記

大分 竹田にて

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プロポの結果一次審査を通過 週末の公開二次審査で大分竹田にいた。残念ながら次点であった。無念。
ただ、竹田の町はとても良い町であった。ここにもっとかかわることができたら、と今も思う。まちは周囲を山に囲まれている。町に入るとき、町を出るとき、必ずトンネルを通る、これがとても良い。バーデンバーデンのことなど思い出す。荒城の月の岡城、これが驚くほどの高みにあることにも驚く。さまざまな施策の結果か、豊かに人が行きかう。

長く訪れたいと思っていた白水ダムにももちろん出かけた。豊かな森に真っ白に見えるダム、ダムを覆う水の膜がうつくしい。組石。左右の形状が地形との関係で異なり結果、水流が見せる姿も異なる。何より自然の中に響く水流の音、景観に音がある。これを見に行ったのだと思えばこれはこれで良しとするか。
# by noz1969 | 2014-11-06 07:24 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」へ

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週末の土曜。好天。加地邸にいた。加地邸は地元の人々の作業によって中も外も見違えるほどであった。建物を覆う鬱蒼としていた木々も片付けられ庭からの姿が美しい。自発の企画と自発の運営、そして維持管理である。庭先のカフェもこうした運営による。カフェオレを飲みながら穏やかな気持ちですごす。
ここでちょっとした懸案につき待ち合わせの知人からレクチュァを受ける。何より良い気候、これに勝る環境は無い。
翌日曜、高校の知己から電話をもらった。「今日、誘い合わせ数人で加地邸に行った」という。とても良い印象であった、とのこと。
気候も良い。この週末にでも多くの方々のご来訪を。
# by noz1969 | 2014-10-27 11:31 | 日記

新潟 博多 宇部 萩

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週末の強行軍。新潟は文科省の講演で。学校長寿命化は急務、これを各県の担当部局に知ってもらうための講演で話をした。新潟について知るところが少なすぎることをいまさらながら確認する。米どころの象徴か、関川村の渡辺家 佐藤家という豪農の家をぜひ見たいと思ったのだが、遠方であることと 目下解体修復中との情報もあり断念、しかし市内に北前舟に寄港地であることをしのばせる豪邸がありそれらのいくつかを見た。斉藤別邸,小澤家である。斉藤別邸は大正期のものであるとのことだが、当時黒松の林に建てられた大正期らしい和館で極めて面白いものであった。もっぱら迎賓館の趣、庭を見るための二階建てだが、これで新潟地震でもびくともしなかった。そのなぞを考えた。ただこの二つよりもっとすごい家があるとのこと。富山の馬場家のことなど考える。日本海側の豊かさについてもっと認識を新たにする必要がある。イタリア軒、ロシアチョコレートの店など港町新潟のハイカラにも興味がある。次回また訪れることとしよう。
翌日は「木の建築賞」二次審査のため宇部にいることが求められる。そのため博多に空路移動、博多泊とする。三加和の共同設計者Sさんと河庄で夕食。何度目かになるが、今回もじつに楽しかった。五十数年の間 こんなに変わらない商業建築も珍しい。おかみは三代変わったという。あのつながるベンチはどうも初代店主の創案であるらしいこと、床は取り替えていること、など聞いた。ただそれだけしか変わっていないということだ。何より満足な品々。
翌日木の建築賞審査会場へ。旧山口銀行の保存建物が会場、これも村野藤吾らしい。宇部の町は閑散としている印象。セメント産業の省人化が極端なのであろう。宇部興産の専用道路に通常の道路通ることが出来ない巨大トラックを走らせ大量の石灰石を運ぶ映像を思い出した。
二次審査は無事通過した。
翌日萩へのエクスカーションに参加、久しぶりのバス旅行。業界の特権、解体修理中の大照院を見学、重文である。市内旧山村家住宅見学、修復設計者の説明つきである。萩の建築家が取っておきを案内してくれる。今回の星五つは「お船倉」毛利の御用船の格納庫である。荒い石積みに丸太の梁がかかるスパン10メートルを越える大きな建造物である。。これが四棟並んでいたとのことだが今あるのはひとつだけ。であるがすごい。明治期の埋め立てで陸の中にある。残念。当時は湾曲する突堤に守られ静かな海面がありそこに四つのお船倉があったのだ。絵図がそのことを教える。この光景の復元が出来ないものか、などと夢を見た。ほかに明倫館などを見る。きわめてもったいないことであるが そんなわけで吉田松陰松下村塾などに立ち寄らない旅程である。実は萩は初めてである。ぜひもう一度来たい。宇部に戻り空路東京へ戻る。お疲れ様でした。
# by noz1969 | 2014-10-15 11:11 | 日記

展覧会「加地邸をひらく-継承をめざして」この週末から

すでにご紹介した「加地邸をひらく-継承をめざして」がいよいよ今週末の4日,5日の両日から始まります。10,11月の週末と祭日が催行日です。住宅遺産トラストのHP、 FBなどをご確認のうえぜひ御来館ください。季節も絶好です。葉山散策をご予定ください。
# by noz1969 | 2014-10-03 13:09 | 日記

那須 小さな週末住宅

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昨日那須の現場。小さいが一寸面白い週末住宅が別荘地に竣工間近である。外皮はスレートの波板。10年以上前に一度試したことがある。重ね代を避けて下地にポリカの波板の裁断したものを入れ押さえつけるディテール、久しぶりに再度試した。南面は全面シャッターつきサッシとしダイレクトゲインを期待したソーラーハウスである。サッシ内側の耐力壁は蓄熱部位となる。この構成は上遠野さんのあの自邸をモデルとしている。クライアントが面白がってくれると良いのだが。
# by noz1969 | 2014-10-03 11:24 | 日記

検証 ソーラータウン府中

府中 東芝の門前に作られた16棟のソーラーハウスによる「ソーラータウン府中」は目下その性能の検証作業に入っている。東京都が首都大須永研究室に依頼し建設主体である相羽建設、設計者であるわれわれも会議に参加している。LCCM住宅、太陽電池搭載,もちろんOMによる暖房換気給湯を行う長期優良住宅として設計されている。モデルハウス一棟を除きすべての建物が居住者の方がいらっしゃる。
何とか夏季のエアコン使用を控えていただけるよう配慮はしたがなんといっても東京郊外の蒸暑である。サーモグラフィで撮影された外部の状況はいくつかの室外機からの廃熱でそこが真っ赤に染まっていることを示すものであった。周囲の植物による比較的低い温度の表示とのコントラストが痛々しいほどであった。高効率エアコンの設置はCASBEEの認定条件である。市の指導により屋外機の設置が緑道側にならざるを得なかったことにもよる。室内の状況を快適にすることとその結果の深刻さ。温暖化の根拠を絵で見せられた思いである。このいたちごっこをどのように片付ける方途があるのだろうか。
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# by noz1969 | 2014-09-30 12:36 | 日記

後楽園にて

岡山でのJIA大会に参加、日曜に戻った。その朝、後楽園に行く、これが今回の楽しみであった。鶴を放つイベントに遭遇、多くの観客とアマチュア?カメラマンが見守る中、数羽の丹頂が低く飛ぶ。飼育が途絶えていた鶴は郭末若(本当は末に三ずい)によりプレゼントされ復活したとのこと、今日の日中の関係について思う。晴天の後楽園、中洲であることによるここだけの風景を堪能する。園内の田んぼはまもなく刈り入れだろう。茶畑は青々している。梅林もある。こうした農業生産が景観の一部になっていることも面白い。と思って解説のパンフレットを見ると歴代藩主池田候のころ、広々と広がる芝地のほとんどは畑であったとの記述があって驚く。芝の広がる印象深い庭園が!!畑であったのかと!芝となったのは明治から、とあった。と、驚きながらこの風景を改めて見ると池田さんの考えに一寸納得する。庭園には馬場がある。もちろん屋敷があり茶室があり能舞台があり八橋の架かる池があるから、遊興の場であったのではあるが、敷地のほとんどは農業生産のための場であり、藩士が乗馬などのトレーニングをする実用の場あったということになる。一寸物知りになった。ちょっと池田さんにシンパシーを持った。
# by noz1969 | 2014-09-29 15:48 | 日記

ドミノで

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小金井で進行中のプロジェクト、戸建のドミノ住宅が上棟、昨日現場へ赴いた。子供がふたり、四人の家族のための家。ドミノの幾分の変形。屋根面の南側が登梁、北半分が水平梁という構成。このタイプはロフトが取れる上に広々としたスペースもあり、気持ちよさそうだ。竣工が楽しみ。
# by noz1969 | 2014-09-24 12:19 | 日記

ムサビ建築50年

週末ムサビの建築学科の50年の記念の集まりがあった。ムサビの教師としての私の参加は2007年からだから新参者だが 私が高校を終え、大学受験を考えるときムサビの建築学科が開校、ちょうどそれが50年前であった。芸大受験のための予備校の同僚の何人かはここの第一期生である。今回の集まりでそのうちの誰かに会えるか、と思ったが果たすことはできなかった。会場は満員でありどこに誰がいるかはわからない。
ただその後のこの学校の卒業生、教師,OB等 何人かと楽しく話をした。建築を学ぶことが難しく多様になってきている。その中でムサビのような美術系大学での建築教育はいまだ、不思議な勢いがあるように思う。多勢が疲れている中での無勢の存在の意義、またはその潜在する力なのかもしれない。これはとても大きい意味があると思う。
生き生きと仕事をすることは何もマーケッティングに支配されるものではない。個が面白い、と思うことにこそ その力は発揮されるのだと思うべきである。紆余曲折はあろうがこの学校の建築教育に期待したい。一助になる覚悟である。
# by noz1969 | 2014-09-21 19:55 | 日記